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死の淵での閃き

死ぬ瞬間、時間は止まって見えるという。 それは迷信だと思っていたけれど、どうやら本当だったらしい。


(あぁ、爪が……落ちてくる)


レンの視界の中で、レッドベアの巨大な腕が、まるで水飴の中を動くようにゆっくりと迫っていた。 死への恐怖が限界を超え、脳が情報の処理速度を極限まで引き上げた結果だった。


痛みはもう感じない。 ただ、右足の傷口からドクドクと熱いものが流れ出ていく感覚だけがある。 生命力が、地面に吸われていく。


(このまま死ぬのか?) (ゴミスキルのまま、誰にも認められず、囮として使い捨てられて?)


脳裏に、これまでの記憶が走馬灯のように駆け巡った。 『固定』しかできないと笑われた日々。 雑用を押し付けられ、泥水をすすった冒険者生活。 そして、ニヤニヤと笑いながら僕の足を斬りつけた、ゲイルの顔。


――ふざけるな。


心の奥底で、小さく、けれど強烈な火種が生まれた。


――死んでたまるか。 ――あんな奴らのために、僕の命を使ってたまるか。


強烈な「生への渇望」が、レンの意識を塗り替えていく。 死にたくない。生きたい。 そのためには、どうすればいい?


(血だ。血を止めなきゃ)


流れ出る血を止めろ。傷口を塞げ。 包帯はない。ポーションもゲイルたちが持っていった。 あるのは、僕のスキル『固定』だけ。


(コップが倒れないように固定する……いや、そんなチャチなイメージじゃダメだ)


レンは右足の傷口に意識を集中した。 噴き出そうとする血液の一滴一滴、その粒子の座標を、その場に留めるイメージ。 流れようとする液体を、個体のように強固に。


「――『固定フィックス』」


掠れた声と共に、魔力が奔流となって右足へ向かう。 その瞬間、奇跡が起きた。 噴水のように溢れていた血が、ピタリと止まったのだ。かさぶたができたわけではない。液体のまま、そこに見えない蓋がされたかのように、血液が空中で「固定」されたのだ。


(できた……!)


止血に成功した。だが、まだ終わりではない。 目の前には、振り下ろされる死の一撃――レッドベアの爪がある。


スローモーションの世界でも、爪は確実にレンの首へと近づいていた。 あと数センチ。瞬き一つ分の時間で、首が飛ぶ。


(止めろ。この爪を。この暴力を)


レンは血走った目で、迫りくる凶器を睨みつけた。 これまでは「触れている物」しか固定できなかった。 だが、今の感覚ならできる気がした。 対象は「物」じゃなくていい。「空間」そのものでいい。


僕の目の前にある、この空間座標を固定する。 そこには何物も侵入させない。絶対不可侵の領域を作る。


レンは残った左手を、迫りくる爪に向かって突き出した。


「止まれッ……!!」


魔力を総動員して、眼前の虚空に「定義」を書き込む。 そこは壁だ。そこは盾だ。そこは、世界の果てだ。


「『空間固定スペース・フィックス』!!」


ガギィィィィンッ!!


硬質な音が森に響き渡った。 肉が裂ける音ではない。まるで、高速で走る鉄塊が、見えない防壁に激突したような轟音。


「……グルァ?」


レッドベアの喉から、困惑の唸り声が漏れる。 その鋭利な爪は、レンの鼻先わずか数センチの空中で、ピタリと静止していた。 まるで、透明なガラス板に押し付けられたかのように。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


レンは震える手で、その光景を見ていた。 爪は届いていない。 生きてる。


(止めた……。Bランク魔物の攻撃を、止めたぞ……!)


脳を焼くような頭痛が襲う。魔力消費が激しい証拠だ。 だが、レンの瞳から絶望の色は消え去っていた。


「……なんだ、そうか」


レンはゆらりと、不気味なほどの落ち着きを持って上体を起こした。


「コップを固定できるなら……この世界にある『あらゆるもの』を固定できたんだ」


物理法則への反逆。 これまでゴミだと思っていた自分の能力が、実は最強の「盾」であり、凶悪な「矛」になり得ることに、レンは気づいてしまった。


レッドベアが、見えない壁に阻まれたことに苛立ち、再び腕を振り上げる。 だが、もう怖くはなかった。


「実験は終わりだ。ここからは――」


レンの瞳に、冷ややかな殺意の光が宿る。


「僕の番だ」

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