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奈落への置き去り

警告は、現実となった。 しかも、最悪の形で。


「ガアアアアアアッ!!!」


大気を震わせる咆哮と共に、巨木がマッチ棒のようにへし折れる。 舞い上がる土煙の中から姿を現したのは、全身が返り血で赤く染まったかのような赤毛の巨獣――『レッドベア』だった。


「ひ、ひぃぃっ!?」 「で、でかい……! 嘘だろ!?」


『暁の牙』のメンバーは、その威圧感に足がすくみ、後ずさりする。 全長3メートルを優に超える筋肉の塊。その腕の一振りは、鉄の鎧すら紙のように引き裂く威力を持つ。


「構えろ! 迎撃だ!」


ゲイルが震える声で叫び、剣を抜く。 しかし、その切っ先は恐怖で小刻みに揺れていた。


ベアが地面を蹴る。巨体に似合わぬ凄まじい加速。 前衛の剣士が盾を構えるが、ベアの剛腕がそれを真正面から叩き潰した。


「ぐあっ!?」


鈍い音と共に、剣士がボールのように吹き飛ばされ、木に激突して動かなくなる。 一撃。たった一撃で、前衛が崩壊した。


「魔法使い! 何してる、撃て!」 「む、無理よ! 速すぎて当たらない!」


パニックに陥るパーティ。連携など見る影もない。 レンはその光景を、ただ呆然と見ることしかできなかった。荷物持ちの自分には、戦う術がない。 (逃げないと……全員殺される!)


レンがそう思った瞬間、ゲイルと目が合った。 ゲイルの瞳には、恐怖と焦り、そして――冷酷な計算の色が宿っていた。


「……チッ、これじゃ全滅だ」


ゲイルは舌打ちをすると、きびすを返し、なんとレンの方へ駆け寄ってきた。 逃げるのか? いや、違う。レンは反射的に身構えたが、ゲイルの行動は予想を遥かに超えていた。


「悪く思うなよ、レン」 「え……?」


銀色の閃光が走った。


「あ……が……っ?」


熱い衝撃が右足を襲う。 レンが足元を見ると、そこから鮮血が噴き出していた。 ゲイルが、レンの太ももを剣で斬りつけたのだ。


「ゲ、ゲイル……さん……? なんで……」 「デコイが必要なんだよ」


ゲイルは酷薄な笑みを浮かべ、崩れ落ちるレンを見下ろした。


「魔物は弱い獲物、あるいは血の匂いがする獲物を優先して狙う。常識だよな?」 「う、嘘だ……待って……!」 「お前はここで死ぬ。俺たちが逃げる時間を稼いでくれ。それが『荷物持ち』の最後の仕事だ」


ゲイルはレンの胸を蹴り飛ばし、レッドベアの方へと突き出した。 血の匂いに反応したベアが、巨大な鼻をひくつかせ、狂ったような視線をレンに向ける。


「じゃあな、ゴミスキル!」


ゲイルは他のメンバーに「逃げるぞ!」と叫び、レンを置き去りにして森の出口へと全速力で走り去った。 仲間の魔法使いや回復役も、誰一人としてレンを助けようとはしなかった。彼らはレンを一瞥すらせず、我先にと逃亡した。


「あっ……あぁ……」


取り残された森。 レンは必死に這って逃げようとするが、斬られた右足が言うことを聞かない。 ズズッ……と体を一回引きずるたびに、激痛が脳を焼き、大量の血が地面を濡らす。


(死ぬ……嫌だ……死にたくない……!)


背後から、重たい足音が近づいてくる。 ドスン、ドスン、という振動が、地面を通してレンの心臓に響く。


熱い吐息が首筋にかかった。 腐肉の臭い。死の臭い。


レンが恐る恐る振り返ると、視界のすべてを覆うような巨大な爪が、天高く振り上げられていた。


「あ――」


声にならない絶叫。 振り下ろされる爪。


世界が、赤と黒に塗りつぶされていく。 痛みすら置き去りにして、レンの意識は深い闇へと落ちていった。

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