この傷と後悔と
夜中にふと目が覚めた。
暗闇の中で、自分の呼吸だけがやけに大きく響いていた。
胸が苦しくなるのは、きっと今日だけじゃない。
ここ最近ずっと、朝が来るのが恐ろしい。
テーブルの上にはスマホが伏せられたまま動かない。
通知はない。
ずっと前からない。
それでも癖みたいに画面を起こしてしまう。
そんな自分が情けなくて、また胸が痛んだ。
あなたの写真は、もう消したはずだった。
なのに、アルバムの空白を見た瞬間、
そこにあなたがいた時の温度だけが鮮明によみがえる。
消したところで意味なんてなかった。
消えていないのは、こっちの方だった。
部屋の隅に置いた丸めたままの毛布を見ると、
あなたがそこに寝転んで笑っていた夜を思い出した。
意味もなく喧嘩して、意味もなく泣いて、
でも結局あなたが先に寝息を立てて、
私はその横顔をずっと見ていた。
あの頃を思い出すのが、今はただ残酷だった。
昼間の自分は、まるで別の生き物みたいだ。
仕事をして、笑って、誰かに頷いて、
ちゃんと普通の人間を演じている。
でも夜になると全部剥がれる。
あなたがいなくなった空いた部分が、急に重さを取り戻す。
息をするだけで苦しくなる。
あなたが最後に残した一言が頭のどこかにこびりついて離れない。
「ごめん、もう無理かもしれない」
あれは別れの言葉じゃなかった。
助けを求める声だった。
なのに私はうまく聞けなかった。
受け止められなかった。
その事実が、今でも胸を刺す。
あなたがいなくなってからの日々は、ひどく静かだった。
街を歩いても、音はちゃんとあるのに全部遠かった。
笑い声も、車の音も、風のざわめきも、
まるで別の世界の出来事みたいだった。
音のある無音という言葉があるなら、それだった。
あなたを探すように、私は町中を歩いた。
知らない場所にも、あなたがいそうな気がした。
そんなはずないのに。
でも、探さないと胸が潰れそうだった。
見つからないことがわかりきっていても、探さずにはいられなかった。
夕方、川沿いを歩いていると、風が強く吹いた。
冷たい風だった。
その風の温度が、あの日あなたの手から離れていった瞬間の冷たさに似ていた。
思わず立ち止まった。
足も、呼吸も止まった。
「どうして私じゃだめだったの」
言葉が漏れた瞬間、喉が痛くなった。
こんなこと、あなたがいた頃には言えなかった。
言ったとしても、あなたは困ったように笑っていたのかもしれない。
その想像だけで、胸が締めつけられた。
帰り道、コンビニの明かりがぼんやり滲んで見えた。
涙を流していたのかもしれない。
気づく余裕もなかった。
ただ歩くことだけが、やっとのことだった。
家に戻ると、電気をつける気力もなかった。
暗い部屋の中で、あなたのいない空気が重く沈んでいた。
椅子に座ると、そのまま動けなくなった。
胸の奥が硬い拳で殴られ続けているみたいに痛かった。
あなたがいなくなった原因を探すたび、
自分にしか行き着かない。
もっと話せばよかった。
もっと聞けばよかった。
もっと、もっと、もっと。
いくら積み上げても遅すぎた。
その遅さがいちばん苦しい。
ふと、机の引き出しに入れたままだった封筒を思い出した。
開けられなかった、小さな手紙。
あなたから最後にもらったもの。
震える指で封を破った。
中には短い言葉だけがあった。
「君のことが嫌だったんじゃないよ。
ただ、自分のことが嫌になっただけなんだ。」
読み終えた瞬間、息が詰まった。
目の奥が熱くなった。
あなたはずっと戦っていたのに、
私は何も気づけなかった。
届かない声がそこにあった。
そして理解した。
あなたは私を置いていったんじゃない。
自分の痛みに押し潰されてしまっただけだ。
それでも私は、あなたに置き去りにされた気持ちを
どうしようもなく抱えて生きている。
胸が痛くて、苦しくて、
それでも今日も呼吸をし続けてしまう。
あなたがいない世界で。
あなたの痛みの続きだけを
私ひとりが抱えたまま。




