ⅲ 懐かしの魔女
「ジーク!ジークじゃないの!」
うるさく鳴く木の間から走って出てきたのは、確かに片目の魔女だった。
醜い老婆の姿をしているが、それは実は仮の姿なのは私と当時の騎士団員数名しか知らないことだ。
「森の精霊たちがジークが来たと言うから、走ってきたんだよ」
「ハハ、箒は忘れたのか」
「ああそうだった、箒で飛んできたらもっと早かったねえ」
見にくかった老婆は、挨拶のハグをした瞬間に音を立てて目も覚めるような美しい美女に姿を変えた。
さらさらと音を立てて肩を滑り落ちるプラチナの金髪と、昔ジークと目の色がお揃いだと喜んでいたアイスブルーの瞳、シワのない陶器のような肌、人形のような完璧な曲線を描く鼻。
昔と寸分違わない絶世の美女は魔女のエリザベス、通称リズだ。
「リズは昔と何も変わらないな。私は老いたよ」
「何を言ってるんだい、ジークも昔と何も変わらないじゃあないか」
そしてさりげなく自分の唇を押し付けようとしてくるリズをヒョイとかわす。
「なんだい、口吸いくらいしてくれてもいいじゃないかケチ」
「娘に聞いたんだが、最近は口吸いじゃなくてちゅーとかキスとか言うらしいぞ」
「まだあの女のことが忘れられないのかい?もう30年になるんだろ」
リズの質問には答えずに微笑むと、リズは顔を赤くしてお茶でも飲んでいくかい?と聞いてきた。
ありがたく言葉に甘えてリズが住んでいるという森の奥の小屋まで行くと、外からのボロボロの外見とは異なり、中は小さいながらも暖炉が燃え、香の良い匂いが立ち込め、趣味のいい木のテーブルにはお菓子が所狭しと並べられ、素晴らしく穏やかな空間が広がっていた。
「驚いたな。朝早いのに」
「ジークが来たと精霊が教えてくれたから急いで魔法で片付けたのさ。お座りよ」
「懐かしい、これは俺たちが大好きだったウサギのパイだ」
出されたお茶も一口齧ったパイも記憶と何も変わっていない。
「ジークの部下たちは来てないのかい」
「もう騎士団は退職したんだ。60になったし、子供も巣立ったし」
「だから剣を持っていないんだね」
「残りの人生は世界中あちこち旅して回ろうと思っている」
ズ、とお茶をもう一口啜る。
温かくて美味しい。
「あの時はボンクラ王太子だと思ったけどさ、アイツが王になってからこの国は随分平和になったね」
「天下をボンクラ呼ばわりするなんてリズくらいだよ。…まあそうだ、この国は、ニンフベルクは未だかつてない平和を謳歌している。私も平和になった国で春は花を見て、夏は海を見て、秋は栗を食べて、冬は雪を見るような暮らしがしたいと思って、王都を出ることにした」
「ジーク…」
リズがそっと手を乗せてくる。
「でもあんなにジークを頼っていたボンクラ王やファザコンの子供たちがよく一人旅なんて許したもんだね」
「いや、実は言ってないんだ」
「え?」
「昨日の朝、置き手紙を置いてケンと出てきた」
「えっ?」
少しは親離れしてほしい、というジークの希望が子供達に読み通りに伝わっているとはとてもリズには思えず、森の奥で1人十字を切った。




