表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

そんなの私が一番分かってる

 絹糸のような細い黒髪が揺れて、白魚のような指が品良く口元へと向かい、クスクスと笑う。長い睫毛と黒真珠のような瞳。その下の黒子や、通った鼻筋、ふっくらした口元までが、完成された美しさだった。

 まるで彫刻品みたいだ。 敵対しているはずなのに、その美しさに見惚れてしまった。

(ああ……そっか、)

 彼女がそこに立っているだけで“絵になる”理由がわかった。

 その瞬間、自分が廊下に立たされている状況も、ぼんやりしすぎて癖がついた髪も、全部が恥ずかしく思えて、たまらず彼女から視線を逸らした。

 代わりに陽介のほうを見ると、彼は図書館で借りたらしい数冊の本を抱えて言った。


「それで、ドラ美は何やってんだよ。お前のクラスも移動教室だったのか?」


 ナイス、ナイスだ陽介! 良い質問です!

 そんな私の脳内グッジョブに気付かない彼は教室内を見るが、普通科とは違って廊下側にあるガラスは乳白色の曇りガラスになっている。だから生徒の影や室内の明るさは分かっても、具体的に何をやっているかまでは分からない。

 ――それでも、特に移動教室ではなさそうだ。そう推察した陽介は、教室の中を覗こうとして、ふと息を落とした。


「……しかし、曇りガラスってなーにやってんだかわかりづらくて不便だな」

「まぁ、普通科は透けてるもんね。いいなぁ、そっちは」

「いいかぁ?別に透けてるだけだろ」

「透けてる方が解放感があるっていうかさ……まぁ昔、“見た目が怖い”とかって理由で、こうなったらしいから仕方ないんだろうけどさ」

「あー、そんな理由だったっけか」


 その会話に、隣で静かにしていた百合子さんが軽く微笑んで口を開いた。


「でも、そういう“区切り”って、案外いいと思うわ」

「え?」

「だって、見えない方が余計な摩擦も生まれないもの。お互いの平和のためには、ちゃんと“壁”があった方がいいと思うの」


 一見、穏やかな物言い。

 でも、どこか線を引くような響きと眼差しに、私は少しだけ胸がざわついた。


(園崎さんって、もしかして………)


 言いかけたその時。私の表情に気付いたのか、陽介が言った。


「で、結局ドラ美は何してんだよ」


 沈黙。

 その話に戻ってしまうのか……。


「……ええと、ゴリ先生に立たされた」

「ゴリ先生?」

「あ、えっと見た目がゴリラの……」


 そこまで言って、陽介はブハッと噴き出した。


「お、お前まじか……!立たされたって……!っひ……っしょ、小学生でもねーのに……!」


 一応は授業中だからと、声を出すのはギリギリ我慢しているらしいけど、肩がプルプル震えていて、見ているだけで妙に腹立たしい。……これだから、私は言いたくなかったんだ。

 ムッとした表情を作って、陽介を見る。でも何がいちばん悔しいって、こうやって笑うところもちょっと嬉しいなと心が浮ついてしまうところだ。――これが、惚れた弱みってやつなのかな。

 私は陽介の袖をクイと引っ張って、彼の顔をこちらに向けながら、ぼそりと呟いた。


「陽介だって……女の子にデレデレしてるくせに」


 ピタ、と空気が止まる。

 園崎さんの視線が、すっと私に向けられた。


「……は?何が」

「べーっつにい?ただ、そう見えただけ」

「……ははあ、さてはお前変な勘違いしてんな。……というか、お前あんなこと言っときながら俺のこと信じられねえの」


 少しだけ不機嫌な声。

 いや、というか私はフラれたんですけど?


「え、あ、いや信じられるとか、信じられないとかそういう問題じゃなくってっ、」


 言葉に詰まった声はなんとも弱弱しくって、それでいて情けない。

 それでも今ある感情をどうにか言葉にしなくてはいけないと思った。


「……っ、だ、だれだって人がデレデレしてるところなんて見たくないでしょっ!」


 先のとおり、いまは授業中だ。だからこのやり取りも限りなく声を押さえたものだったが、思ったよりも語気が強いものだったかもしれない。だってそうでしょう。私は陽介にフられたんだ。それを逆手に言われても、嫌としか言えない。

 子供じみた我儘でしかないが、それでも幼馴染を相手に嘘をつくことは出来なかった。

 でも、その答えが出るまえに、この空気を切るように、百合子さんが声を上げた。


「わ……もしかしてドラ美さんは、私と陽介くんが付き合ってるって思ってるの?」

「え?」

「実はね、よく言われるの」


 どことなく嬉しそうな声色。百合子さんは笑った。

 百合が花咲くような、美しい顔で。

 けれどその笑顔は、どこか、わざとらしい。


「やっぱり、人間同士だと……そう見えるのかしら」


 棘を感じるその言葉。その時ようやく抱いた違和感が気のせいではないのかもしれないと思えた。しかし、そうは思ってもコンプレックスを真っ直ぐに突き破るようなその言葉に、言葉が出ない。

 ――人間同士。その言葉が、私と陽介の間に線を引くように感じられた。


(“人間同士”って……)


 さっきまで平気なふりをしていた自分が、急にちっぽけな存在に思えて、胸の奥がひりつく。

 たしかに、私は“ちがう”。そんなの、自分がいちばんよく知っている。でも、そうやってさらっと言葉にされると、まるで自分がここにいちゃいけないみたいに感じて――。

 当たり前のように言われたその区別に、返す言葉が探すうちに百合子さんは一歩、私に近づいてきた。

 それから陽介には聞こえないくらいの小さな声で、けれどしっかりと、私だけに届くように言った。


「……私ね、陽介くんのこと、いいなってずっと思ってたの」

「え……」

「でも、好きになってもいいのか、ずっと迷ってたの。……だって、亜人のあなたが彼のそばにいるから」


 その声色はやわらかくて、まるで告白とかじゃなく同情を吐くようで。彼女はたぶん嫌味くらいの意味でいったのだと思う。けれども、私と陽介は幼馴染で、言葉が聞こえなく立って、私の表情が変わるだけで何かあったと察したらしい。


「悪い、園崎。ドラ美と話していいか」


 そう言って手のひらを私と百合子さんの間に差し込んだ瞬間、指も隙間から見えた百合子さんの瞳がスウと冷たくなって――そして「あっ」と後ろに下がった百合子さんが何かに躓いたように体勢を崩した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ