角が燃えるほど、好きなんだ
「あ、そんな噂をしていれば……あれ陽介と、一彌じゃない?」
同じように外を見ると、更間田とは少し離れたところにいるサッカー部の集団を見つけた。きょうはいつもよりも時間を短めにトレーニングだけするって言ってたし、時間的にもう少しで終わりなんだろうか。
一年生っぽい子たちがサッカーボールを拾って、網目状の籠に入れている。その中には二年にしてキャプテンになった陽介の姿もあって、彼は此方に気付いて大きく手を振った。
「ドラ美!あと十分で出るから、いつものところに集合な!」
大きく弾んだ声に、真っ直ぐに届いたその言葉。いつもなら胸を弾ませて返事をするところだが――。
……私、振られたんですけど?
その相手に一緒に帰ろうってどういうつもりなんだ。
どう反応をすればいいか分からずに無言でいると、陽介が不思議そうに首を傾げて、隣にいる頭一つ分大きな帽子の男――穂積一彌が此方を見た。
「ぴゃっ」
穂積と目が合ったマトチャが、ぢゅわ!と音を立てて溶ける。それによって教室内の湿度は一気に高まって「ちょっと雪見―、湿度高すぎるってー」と言われていたけど、こっちのほうがよっぽど可愛い恋をしている。
「なんだよ、一緒に帰らないのか?」
続いて、教室にいる私にむけて、少し大きめに言われた。一緒に帰らないも何も、私は振られたんですけど?後ろで、「ドラ美フっといて何いってんの?」と声が聞こえるけど、マジでそれなである。
なんでひとの告白を振っといて、いつも通り誘えるのだろう。
「……帰るけどさぁ……」
そりゃあ陽介とは幼馴染で、家も隣だ。それに、出会いなんて生まれた病院で、誕生日も同じである私たちは生まれたその時から一緒にいる。だから、例え振られたとしても、わたしたちには変わらない絆がたしかにある。
でも、私だって今日した告白は一世一代の告白で、昨日なんて眠れなくなるくらいドキドキしていたのに――。
でも、好きな人に誘われて、断れるほどのものもなかった。
「帰るんだけどさぁ……」
「なんて?」
「帰る!ちょっと待ってていったの、いつもの門のところで待ってるから……絶対来てよね!」
これが惚れた弱みってやつなんだろうか。この様子を見て数人からは「竜子って絶対悪い男に引っかかるタイプだよね」と言われたが、彼女たちは陽介のことを知らないんだ。
駆けだした足は止まらない。弾んだ胸に、踏みしめた地面。長い廊下を走ると、たまたま通りかかったゴリ先生に見つかって――
「東陽ォ!」
と怒鳴られて、ついでにドラミングまでされたけど、いまばかりは許してほしい。
だって、私は彼に会いに行くんだから。
重心を低くして、地を蹴るようにして走る。ゴリ先生だって体育教師なだけに足は速いけど、素早さなら私の方が上だ。こちらに向かって突撃してくるゴリ先生を交わして、それでもしつこく捕まえようとする先生の股の間を滑って前にとおり、先生を撒いて逃げる。
後ろの方ではゴリ先生がウホウホ怒っていたけど、わざわざそれを待つなんてことはしない。
下駄箱でローファーに履き替えて、校門まで走る。その頃には流石に息が切れてしまったが、その頃にはゴリ先生の怒声も聞こえなくなっていて、私は念のために校門の影に隠れると、そこでようやく息を吐き出して、胸を撫でおろした。
「はぁぁ……セーフ……」
十分待てと言われたのにそれを聞かなかった私は、当然待ちぼうけ。なのに未だに胸はドキドキとしたままで、走ったせいなのか、それとも陽介を待っているせいなのか、それとも両方なのか分からない。
それでもいつもと変わらない様子で彼がやってくるわけでもなく、此方を飲み込むように影が目の前を覆えば煩かった胸が静かに冷えていく感覚が、胸から広がっていた。
「ねぇ、きみ可愛いね。亜人?」
「え……」
「だーからいったべ?このあたりの亜人はみーんな此処にいくんだって!最近はもう共学になっちまったらしいけどな」
目の前には、数人の男が立っていた。茶髪で、ピアスの穴がいっぱい開いて、見るからにチャラそうな男たち。そのうちの一人は緑色の肌でやけに恰幅がよく、おそらくはオークだろう。
情報提供者なのかなんなのか分からないけれど、ヘラヘラと笑う様子が不快でしかない。
「亜人と人間との共同校なんて今時珍しいけど、まじでいんのなー」
「結構かわいーじゃん、亜人って個性的な分かわいい子多いよなー」
いや、人間の女の子たちも可愛いし。
こっちが個性的な分、控えめに見えるだけじゃん。
下世話な笑いとともに、無作法に此方へと詰め寄る男たちを睨む。
――そのとき、息を切らした陽介が合間に割り込んで男たちを見ることなく、私に笑みを向けた。
「悪い竜子、待ったか?」
完全無視なその言葉。それに今、竜子って――。思わず私までポカンとしてしまう。男たちも同じようにそれに驚いた顔を向けていたが、突然割り込むような形でやってきた陽介が気に食わないのだろう。
「オイオイオイ、なんだよ急に割り込んできてよォ」
「おれたちが声を掛けてるってわからねぇのか?」
ドスを利かせた声で男たちが一歩詰め寄ってくる。だが、陽介はまったく動じることなく、むしろ口元をわずかに緩めてから――ふいに、私の腰に手を回した。
「は?コイツは俺のなのに、遠慮する必要があんのか?」
その声は静かだけど、まっすぐで強い。
私の心臓が跳ね上がる音が、自分の耳にまで聞こえるくらい。
男たちは気圧されたように顔を見合わせ、ひとこと悪態をつくと、気まずそうにその場を立ち去った。
場に残されたのは、夕焼けに染まる私と、すこし息を切らした陽介だけ。
「……はー……一体なんなんだよ、不審者か?……で、お前は大丈夫か?」
「う、うん!」
そう答えた直後、陽介の視線がぴたりと私の頭に止まった。
「ちょ、ば……っドラ美、っ竜子!火!火!角が燃えてるって!!」
「えっ!?」
自分の角の先、見慣れた鱗の部分が――メラメラと燃えていた。オレンジ色の夕日を反射して、まるで焚き火のように。
「わああ、ご、ごめん!!たぶん、びっくりして……!!」
「……どうしたんだよ、角燃やすほど緊張してたのか?」
「え、あ、いや、そ、そんなことないってばっ!」
「……ふーん?」
笑いながら首をかしげる陽介の耳が、ほんのりと赤い。
夕焼けのせいかもしれない。けど、私は知っている。
あのとき、確かに陽介の腕の力が少しだけ強くなったことを。
「……ま、いいけどさ。ほら、一緒に帰ろうぜ」
「うん……!」
陽介はやっぱり優しい。だから人間とか亜人とか、そんなの関係なく陽介が好きだ。でも、どうしてフったのにこんなに優しくして、思わせぶりなことをするのだろう。思わせぶりな態度なんてよくないはずなのに、私の心は角が燃えるほどドキドキし続けていた。
この時の私は知らなかったんだ。あのとき、陽介の“好き”はもう始まっていたってことを。
そんなこと、気づかず私はただ、焦がれるように、必死で追いかけていた。
これは、人間の陽介と亜人である竜人である私が、種族を超えて付き合うようになるまでのちょっぴり切ない“すれ違いまくりの恋愛コメディ”である。