門前払いのあとに
「生徒会に入りたいって言われても……俺たちの任期終了はまだ先だし、何より今は定員オーバーで募集してないんだよな」
決意して二人で生徒会に入ることを決めたのに。生徒会室ではアッサリと断られた。
帰りのホームルームを終えた、六限目後の夕暮れ時。待ち合わせをして生徒会室へ向かった私と陽介は、これまでの経緯と一緒に亜人と人間の間にある種族問題をどうにかするために生徒会へと入りたい旨を伝えたつもりだけど、アッサリと断られてしまった。
「いいね」とほめるわけでもなく、「それは可哀そうに」と同情されるわけでもない、検討の余地すらないバッサリと切り捨てるような断り具合。あんまりにもアッサリしているものだから、適当にいなされただけではないかと思ったが……確かに生徒会室にある席は一席を残して埋まっている。
(一席空いてるなら一人くらいは入れそうだけど……でも、定員オーバーっていってたよね……)
あそこの、空いた席が気になって仕方が無い。
「あのう、そこって誰もいないんですか?」
分かりやすく指をさして訊ねると、私たちをバッサリ切り捨てた生徒会長が首に下げたヘッドフォンを頭に戻しながら言った。
「残念。あそこは園崎さんの席だ」
「え……園崎さん?園崎さんって、転入生のですか?」
「ああ。つい最近入りたいと言ってきてな。転入早々えらく気合が入ってんな~と思ったけど……俺みたいに内申点狙いはいるだろうしな。それにちょうど一席空いてたし許可をしたんだ」
つまりはそう、
「一足遅かったんだ……」
「ま、そういうことになるな」
笑い混じりの返答。
……彼らは、この間のことを知らないのだろうか。一学年全体で起きた亜人と人間との種族問題──あれだけ騒ぎになっていたら、いくら上級生の間でも少しの噂とか、火種になっていそうなのに。
そう思って辺りを見回したけど、そういえば、この生徒会室に亜人の姿がない。生徒会長も、それからほかの人たちもみんな陽介と同じ普通科のバッジを襟につけている。その瞬間、亜人が私ひとりしかいないことがなんだか異様に思えて、今回のことも私が亜人だからこその回答だったんじゃないかと少しだけ息が詰まった。
「あ……」
小さく漏れた音。異変に気付いたように陽介が私よりも一歩前に出ると、生徒会長・音成先輩を見て呟いた。
「あの、生徒会に亜人がいないのって何か制限でもあるんですか」
「いいや、特にはないな。……はは、まさか断った理由が種族にあると?」
「……じゃあ、どうして亜人の生徒会がいないんですか」
「さあ、生徒会自体は俺が一年で入ったときからいなかったからなんとも。……ただ、わざわざ人間ばかりのところには入りづらいものがあるんじゃないか。そこの東陽さんと同じように」
ギクリと心が揺れ動く。……図星だった。
唇を噛みしめるも、陽介はもう一度確認するよう言った。
「それじゃあ、種族が原因で断ったわけじゃないんですね」
しかし、音成先輩の回答は、意外なものだった。
「ああ。……いや、生徒会の席が空いていたとしても、お前らは入れなかったかもしれないな」
「え?」
「種族問題をどうにかしたい、間にある壁や差別意識をどうにかしたい。それは立派な考えだ。しかし──それを突然入ってきたやつが、具体的な取り組みも言わずに掲げたところで生徒たちは困惑するだけじゃないのか?」
「それ、は、でも、取り組みをちゃんと考えたら……」
「取り組みを考えたとして、それを実行するのは生徒たちだ。それを信頼もないお前たちが言ったところ、誰がついてくるというんだ」
「っ」
「俺だったら、生徒会は突然気が狂ったのかと思って──不満に思うだろうよ」
笑い混じりの、嘲笑にも近いその言葉。でも、確かに、それは的を得た指摘であった。
これまで生徒会に見向きもしなかったのに、とつぜん生徒会に入りたいと言って、亜人と人間の間にある種族問題をどうにかしたいと具体的な策もなく宣言をして。思い返せばなんとも無謀で幼稚な考えすぎる。
その指摘を受けた瞬間、怒りではなく恥で顔がカッと熱くなって心が震える。それは陽介も同じで、二人してどうすればいいかも分からず、ただ大人に怒られた子供のように立ちつくしてしまうと、音成先輩はフッと空気を和らげるように口元を緩めて、ゆっくりと背中を椅子の背に預けた。
「ただ、生徒会に入れてやれないのは本当に席が足りないんだ。悪いな。……でも、それでも何かしたい、動きたいっていうのなら、まずは全体に知ってもらえるように動いてみたらどうだ。例えば、何か部活動を作るとか」
「部活動、ですか?」
「ああ、亜人は人間と一緒に大会には出れないからな。スポーツ系の運動部は無理だが、例えばボランティア部とか、大会を持たないような社会貢献型であれば亜人と人間は関係なしに募集を募ることが出来るだろうし、良い事をすればその分おまえたちの良い噂となって帰ってくるだろ?」
「確かに……部活動でも良い成績だったら全体集会でも表彰されるもんね。それに、生徒会も募金活動とかしてますし」
「そういうこと。何か大がかりなものをするのなら、そういう地道な信頼集めや賛同者集めっていうものもしないとな」
重たかった空気が、少しだけ和らいだ気がした。
音成先輩の言葉はやけに現実的で、それでいて、どこか優しさがにじんでいる。
(意見を言われたときは、ちょっと怖い人かもしれないって思ったけど……)
視線を上げると、音成先輩は机に肘をつきながら、こちらをまっすぐ見ていた。
あの時の厳しさはもうなくて、ほんの少しだけ目元が緩んでいる。
(……この人、案外いい人なのかも)
「ボランティア部……あの、部活動だったら亜人が作っても大丈夫ですか?」
思いきって尋ねると、音成先輩は一瞬きょとんとしたあと、ふっと目元を細めて笑った。
「ああ、構わないよ。ただ、人数は最低でも四人は欲しいから……うん、そうだな。部活動に関しては俺も入る事にする」
「え?」
唐突な申し出に、一瞬だけ場が止まる。
「内申点、上がりそうだしな」
「うん?」
ぽかんとする私に、横から小さく笑う声が飛んだ。
「ごめんな。コイツ、良い大学に行きたいあまりに必死なんだよ」
顔も名前も知らないけれど、その人はどこか落ち着いた雰囲気をまとっていて──多分、副生徒会長だ。前に全体集会で見た気がする。
「失礼な奴め。俺はな、後輩を見守るために入部するんだよ」
「本当かぁ? お前、生徒会に立候補するために、えらく票集めを頑張ってたらしいけど」
「それはそれ、これはこれ」
交わされる軽口に、肩の力が抜ける。
ほんの数分前まで、生徒会ってなんだか遠くて冷たい場所だと思っていた。
けれど、今こうして真正面から話をしてくれて、少しでも協力しようとしてくれる人がいる。それだけで、ほんのすこし、この場所が──この学校が、変えられるかもしれないって、そんな気がした。
「ま、そんなわけでボランティア部を本当に作るのなら俺も入るから。少し考えてみるといい」
「……あ、は、はい!」
生徒会入りは失敗。
でも、代わりに残ったのは、たった一枚の紙と──ちょっとだけ、胸に残った熱だった。