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ふたりで、前へ

「じゃあ、ヘタスケくんはこれからどうするの?」

「リュコはきっと、待ってって言えば健気に待つよ。でもさ、待たされる方の気持ちは考えてる?」


 意地悪な物言いに含む、誠実を望んだ問いかけ。別に、チヒロは陽介に対して疑っているわけではないと思う。ただ、私と同じように明確な太鼓判的なものが欲しいんだ。彼女の問いかけには、まさかこのまま傷つけるんじゃないだろうなって疑いも滲んでいた。

 ……いったい、チヒロはどこまで把握しているのだろう。

 今までの話だって決して大きな声で言っているわけではないのに、全てを把握したような問いかけに少しだけ耳が熱くなる。でも、同時に陽介の意見も気になる。よって、視線は陽介に。チヒロを止めることもなく見つめると、陽介は頬を指先でかいて言った。


「分かってるよ、ちゃんと考えてる」

「へえ、例えば?」

「……まずは、生徒会に入ってみようかと思ってる」

「……はぁ?生徒会って」


 なんでそうなるの?って言いたげな声。

 確か意外な選択だ。その言葉には思わず私も「どうして?」と突っ込んでしまい、陽介は少しだけ視線を上にあげて、青空を見上げながら言った。


「……亜人と人間でルールや偏見が壁になってるなら、まず中から見てみようと思ってさ。……なんか、黙ってたらまた誰かが傷つく気がして。それに俺たちのルールを変えるっていうのなら、生徒会がピッタリだろ」

「でも、部活が忙しいんじゃ……」


 確かに、学校というのは小さな社会であり、国だ。その枠組みを作り替えるのであれば、生徒会に入る事はかなり合理的に思える。……でも、陽介はサッカー部のキャプテンだ。それに、うちのサッカー部はそれなりの強豪校で、土日だって忙しいはず。

 その状態で生徒会に入るって、負担ばかりが増えてしまわないだろうか。

 いつも日が暮れてからの帰宅ばかりで、隣り合った部屋は窓が開きっぱなしでも、彼は寝落ちていることも多い。そのたびに私は手を伸ばして窓を閉めていたのに、そんな彼が生徒会の仕事までしてほんとうに大丈夫なのだろうか。


「まぁ忙しいといえば忙しいな。でもサッカー部に入ってるから生徒会は駄目ってことはないだろ?もう卒業したけど、サッカー部の先輩で生徒会に入ってた人いたし」

「そうだけど……」


 陽介がやることは応援したい。けれど、どうしてこんなに胸がザワつくのだろう。変化が怖いのか、それとも何かが起こるのかもしれないと予感しているのか。

 だって、自分ひとりが我慢をすればこれまでどおり生活が出来るではないか。幸いなことに私と陽介はお隣さんで、学校以外でも会う方法なんていくらでもある。だから陽介が無理をしなくたって、彼が一緒にいてくれるというのならこれまで通りの生活でも私は十分に幸せだって思う。


「そう、だけど……」


 ……いや、本当は、陽介がまたあんな敵意に晒されるのが怖かったのかもしれない。

 子供なんて、足が遅いとか、肥ってるとか、そういうことだけでイジメになるのに、わざわざイジメになるだけの理由を作りに行くなんて。考えれば考えるほど、心の中でザアザアと木々が揺れる。兎に角ことばが濁るほど、心がザワめいていた。

 それは表情にも出ていたようで、陽介はチヒロと顔を見合わせる。しかし、陽介の決意は固い。おもむろに手を伸ばし、私の頬をムニーと摘まんだ。


「竜子、お前だけは俺を応援してくれよ」

「んぇ……でも……」

「色々思うことはあるかもしれないけどさ、俺はお前にだけは頑張れっていってもらいたいんだよ」


 お前が一番のサポーターなんだからさ。

 その言葉は穏やかで、いつもの顔に、少しのテレが混じっていた。

 でもどこか覚悟が宿っていて。胸の奥が、また熱くなる。


(そうだ……陽介は、この決断で自分の立場が悪くなるかもしれないって分かっていたはずだ)


 それなのに、こうやって言ってくれたのは彼の決意ではないか。

 そっと頬から手が離されて、陽介は私を見つめる。

 私も同じように陽介を見て、今度は私が陽介の手を握った。


「……私も生徒会に入る」

「は?」

「だって、陽介は私のために決断してくれたんでしょ?そんなの聞いたら、私だって行くしかないじゃん」


 亜人と人間の間にある偏見が問題なのであれば、動くべきは人間だけではない。当事者である亜人と人間。どちらもが動かないと。そして、陽介が私のために動いてくれるのであれば、私だって陽介に協力したい。

 唐突な発言に、陽介は一瞬だけキョトンとしていたけれど、彼はフッと息を漏らすようにして笑った。


「そうだよな、お前って昔からそういう奴だったよ」

「そうなの、私ってこういう子なんだよね」


 屋上を吹き抜ける風が、竜の尾のように軽やかに通り抜けていく。お互いに顔を見合わせて笑うと、ようやく改めていつも通りの私たちに戻れたような気がして、わたしちの影も、重なりあいながら、ゆっくりと揺れていた。


「ふたりで行こう、生徒会」


 そう言った声は、震えていただろうか。それとも、期待に満ちていただろうか。

 なんにせよ、今はもう怖くない。陽介が隣にいる。それだけで、少しずつ、世界が変えられる気がした。


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