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あの日の続きを、ようやく

 ――普通科と亜人科が手を繋いでいる。そんな事実ひとつが、今の校内では嫌なくらい目立ってしまうのに。陽介は、私の手を掴んでいた。

 昼休みの廊下での一幕。好奇心だとか嘲笑だとか、色々な視線が私たちに向いている。それでも前を歩く陽介の手は、しっかりと私の手を掴んだまま。まるで今度は絶対に離さないといっているようで、「陽介」と困惑のまま伝えた呼びかけは震えていたかもしれない。

 陽介は止まらず、手を引いたまま屋上へと上がる。屋上へつながる扉を開くとパッと目の前が明るくなって、それから突然息苦しかった視界が広くなって、無意識に息が落ちていた。


 (いい天気……)


 雲一つない青空と、燦々の太陽。いつも食事は学食派のチヒロに合わせて食堂へ行っていたけど、たまにはこの屋上で食べるのも良いかもしれない。視線は自然に上を向いており、その先で陽介が足を止めたことに気付きもしなかった。


 「わ、ぷ」


 陽介の背中に顔が埋まる。一歩引いて鼻を押さえると、振り返った陽介は何してんだよっていつもの様子で笑い、私たちはようやくここでしっかりと目を合わせる事が出来た。


「大丈夫か?」

「う、うん……大丈夫……」


 おかしいな。別に衝突したことだって全然痛くないはずなのに、普通にしゃべる事が出来ない。落ちた視線が彷徨って、繋いだままの手を見てしまう。

 別に、これまでの人生で長く休んだ事だって初めてではない。小学生の時にはインフルエンザで一週間休んだし、中学生の時には「小さい子供がなる病気なんですけどねぇ」と渋い顔で言われながら溶連菌感染症で一週間も休んだ。その時も、陽介は第一声に全く同じことを言ってくれたけど、今みたいに気まずさを感じる事はなかった。

 意識し始めると、バクバクと変に心臓が鳴り始め、頭の中がゴチャゴチャとし始める。一体いつ手を離せばいいのか。タイミングすら逃してしまって、ジワジワと熱が高まるのを感じてただ手を握り返すと、それに応えるよう手が握り返された。


「竜子」


 穏やかで、真っ直ぐな言葉。なんだか、むしょうにお腹がこそばゆい。それを誤魔化すように、「そ、そういえば!皆も一緒にご飯食べるのかなっ」と声を上擦らせてこの場に一緒にきてくれたみんなを確かめるために顔を背けると、今度は握られた手が強く引かれて、陽介と向き合う事になった。


「竜子、話そらすなって」

「あ、ご、ごめん」

「……」

「……」


 沈黙。自分から、何かを言うべきだろうか。

 あの時のことは気にしなくてもいいよって?そんなの、気にしろって言っているようなものではないか。かといっていい天気だって言うのも明らかにおかしいし、幼馴染相手に思い出話なんてよくわからない。……どうしよう、いくら考えても最適案が出てこない。

 そもそも手を離す事だって出来ず、私はただ手を握られたままで黙ったまま。陽介を見ると、彼は眉毛をハの字にして呟いた。


「ごめんな、竜子」

「え?」

「……あの日、お前を守ってやれなくて。……追いかける事が出来なくて」


 ぎゅっと、握られる手が熱い。じんわり汗ばんでいるのは、私のものなのか、それとも陽介のものなのか。真っ直ぐと見つめる瞳は僅かに揺らいでおり、いつもよりも静かな声色があの時の後悔を語っているようだった。


「……ううん、仕方ないよ。だってあの時は、私が怪我をさせたって思っても仕方ないし」

「思ってねえよ、竜子が怪我させたなんて」

「え?」

「……思ってない。何年お前と一緒にいると思ってんだよ」


 力強く握られた手。その手はブルブルと震えており、「お前がちょっとの怒りで火傷をさせちまうんなら、俺は火傷だらけだよ」――そう語る声は、笑い混じりだったけれど、どこか切実なものだった。


(こんな陽介……初めて見る……)


 いつもの陽介なら、ごめんなって一言謝るだけなのに。

 その時、思い出したくも無いあの日の事が頭の中に蘇り、思い出していた胸の痛みが響きだす。でも、それと一緒に――

 

「……じゃあ私……陽介のこと諦めなくていいの……?」


 私は、思わず聞いていた。

 あの日の出来事が、亜人である私との恋愛が駄目だと烙印を押すものではないのなら。私はまた、堂々と陽介の隣にいることが出来るんじゃないかって。……ううん、それを肯定してほしかったんだと思う。尋ねた後、胸がいっぱいになって涙が出た。それを必死になって袖で拭おうとすると、陽介は掴んだままの手を引いて呟いた。


「……当たり前だろ。……というか、お前が俺のこと好きじゃなきゃ困る」


 ――心臓が跳ねた。


「へ……?」

「言っただろ、待ってほしいって」


(……え?)


「聞いてないが?!」

 

 その声は、思いのほか大きく響いた。


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