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その一歩は誰のために

 宣言通りに登校を果たした火曜日。意外にも、学校は落ち着いていた。

 燦々と降り注ぐ明るい陽光に、軽やかな足取り。休んでからは涙が出る事も多かったし、チヒロやマトチャにまで甘えてしまった。でも、自分で登校を決断したからなのか思いのほか自分の気持ちは前を向いてスッキリとしている。

 それに、亜人科のみんなは立ちあがって駆け寄って心配してくれたし、ゴリ先生だって騒ぎの事を口にしたけど決して私ひとりを責めることはなかった。

 勿論、普通科からの視線はトゲトゲしているし、心ない噂話も聞こえる。だから今までどおりってわけではなかったけど、決してひとりで矢面に立たされる雰囲気ではなかった。


「東陽竜子いる?」


 ただ、一つ変わった事があるとするならば、亜人科に普通科が訊ねてきたことだろう。


「へ……陽介?」


 時間は昼休みに入った頃合い。

 この亜人科に、普通科がやってくることはない。だから、陽介の来訪はこれから食堂に向かおうか。教室で弁当を食べようかと動き出した亜人科が動きを止めるほどのインパクトがあり、私はポカンと口を開く。

 どうして陽介が、わざわざここに?それも一人で。


 陽介は私がどのあたりの席なのかを知らない。そのせいで後ろの窓際にいる私を見つけるまでに少し時間がかかっているようだったが、目が合うと「見つけた」って顔で少し表情を和らげるものの、陽介ひとりに向けられる亜人科の視線は決してやさしいものではない。


 ――普通科がやってきた。それも、あの騒動を引き起こしたうちの一人だ。

 ――どうして普通科が亜人科のクラスに?


 亜人科と普通科は元々仲が良いとは言えない関係性にある。すりガラスになっているのだって、元々は普通科の反応が悪いことからそうなったと聞いているし、教室だって端っこで少し離れている。学校社会と言うなかで、亜人科は冷遇されているのだ。だから、特に禁止されているわけでもないのに、亜人科は普通科の教室へは行かないし、普通科も亜人科の教室にはいかない。


 お互いに、「どうしてアイツが?」と思われる事を避けていたんだと思う。――そして、やっぱりそうなってしまった。亜人科たちの眼差しは、陽介を異物として見ていた。ひょっとしたら、敵とすら思っていたかもしれない。


「っ陽介!」


 椅子がガタガタッと音を立てる。今ある雰囲気を和ませるためにも、わざと音を立てたつもりだが、その視線が陽介から離れる事はなく、――なにか一段と厳しくなったような。

 メデューサのギャル・目巳出由佐(めみでゆさ)が私の前に立つと陽介を睨んだ。


「え~ウケる、普通科の奴がなんでここに来てんの?」


 嘲笑い、不機嫌さを滲ませた言葉。髪の役割を持つ紫色の細い蛇たちはそれぞれが意志を持って動き、陽介に対しては鋭い牙を見せて威嚇している。――し、由佐としても牽制の気持ちはあったと思う。しかし、陽介は怯む事はなく真っ直ぐに由佐を見た。


「飯、誘いに来たんだよ」


 その声は落ち着いている。

 その一方でその落ち着いた声も、あれだけの騒ぎを起こしておいてノコノコとやってきた陽介に対して、由佐は良い感情を持てないのかもしれない。由佐が向ける瞳も、言葉も敵意に満ちていた。


「はぁ?アンタのせいでドラ美が傷ついたんだけど?」


 無言。

 周りの視線もひときわきつくなり、思わず立ちあがって「由佐!」と言ったけど、由佐は私の手を力強く掴む。


「行かせるわけないじゃん。だって、アイツのせいで……ドラ美が」


 由佐の声は震えていた。それは心配というよりも、後悔に近いものがある。声色で牙をむいていた蛇たちも、由佐自身も今にも泣きだしそうな顔で私を見ている。


「ずっと心配だったんだよ。あの時、私たちは何かできたんじゃないかって」

「すぐに出る事だって出来たはずなのに、こうやって声を上げることだって出来た筈なのに」


 後悔を滲ませたその言葉。その時、みんなが立ち上がって出迎えてくれた朝のことを思い出した。……そうか、あの時の問題は私だけの問題ではないんだ。

 たまたま私がそうなってしまっただけで、亜人科であれば誰でもそうなっていたのかもしれない。だから亜人科は仲間を守るためにも表に出るべきだったと。守ってやるべきだったと――多分、そう思っているんだ。

 私がそっと声をかけると、由佐の指がビクッと震えた。

 私の腕をつかむ手には、怒りとも違う、張り詰めたなにかがこもっていて──

 でも、それがいま、崩れそうになってるのがわかる。


「ムカついてたの、あいつにも、自分にも……! ずっと……!」


 由佐の目が潤んでいた。蛇たちも陽介をにらみ続けてはいたけど、もう牙はむいていなかった。

 彼女の怒りはきっと、私を守れなかった自分自身への怒りだったんだ。教室の空気がしんと静まりかえって、皆が目を伏せる。──でも、次の瞬間。


「はーいはいはい、ストップ」


 間に割って入ったのは烏だった。

 いつも飄々としてる彼の声が、少しだけ真面目な響きを持っていて、空気がふっとやわらぐ。


「目巳出も心配してるのは分かるけどよ、東陽が嫌がってないのならお前の暴走になっちまうって」

「でも……」


 由佐が悔しそうに唇を噛む。


「お前が心配してるのは、また普通科が東陽を傷つけるんじゃないかってことだろ?じゃあ、陽介側には俺が見張りで回るよ。あとは……鎌手、雪見、お前も間に入ってくれるか?」

「え、あ、うん!」

「わ、わかった……!」


 チヒロとマトチャたちが頷いて、緊張がやっとほんの少しだけほぐれはじめる。


「な? これなら二人きりにならないし……いいだろ?」

「……まぁ」


 蛇たちはまだ静かに威嚇していたけど、彼女自身の力が抜けたのを私は感じた。握られていた腕から指がするりと抜けて、視線を落とす彼女の代わりに、蛇たちがグッと身を伸ばして私の頭を撫でた。


「……またドラ美のこと泣かしたら許さないから」


 小さな言葉。由佐が、陽介を真っ直ぐに見つめて言う。

 陽介も真っ直ぐに由佐を見つめて頷いた。


「……ああ、もう二度と泣かせない」


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