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信じてくれる手があった

 あの騒動から一週間が経ったのに、私はまだ寝込んでいた。

 ただ、亜人を受け入れてもらえないとか、陽介とは付き合えないんだって事実で泣いていたのは一日だけだったと思う。泣いた後はジンジンしたし、びっくりするぐらい声もガラガラに枯れたけど、不思議なことに人って永遠に泣き続けることは出来ないらしい。気付けば朝を迎えていたし、いつもと変わらないようにお腹がすいていた。

 だからあとの数日は不安定な精神がきっかけにおきた高熱を出してしまっただけ。これも、訪問診察に来てくれたお医者さんいわく、”ウイルスでもなんでもないから、寝ていれば治る”というの一日寝て過ごしていたのだが……携帯だけでも触った方が良かったのかもしれない。お見舞いに来てくれたチヒロとマトチャはなんとも心配そうな顔で怒っていた。


「ちょっとちょっとぉ、リュコってば連絡返してよー」

「全く連絡がなかったので、心配しました……あ、これ、お土産です」

「やー…だって、熱の時ってただでさえ体温が上がって能力が不安定になるからさー、暴発させて壊しちゃったら嫌じゃん」


 長い間寝ていたせいか、ベッドから身を起こすとパキパキと背骨から音が鳴る。それでもずっと眠り続けた体はいくらか軽くなったように思えて、お土産で持ってきてくれた白い袋を目当てにベッドから降りる。

 白い袋にはコンビニのシュークリームとスポーツドリンク。それにサイダーが一つ。それもサイダーは私のものではなかったようで「あ、それ私の」と言ってアッサリと抜き取られていく。


「おお……甘いの久し振りかも」

「なに、そんな具合悪かったの」

「熱が高くてさぁ……あ、ウイルス性じゃなくて心因性だから安心して」


 スポーツドリンクの蓋が硬くて開けられない。筋力が落ちているんだろうか。苦戦しているとチヒロがカシュッと蓋をあけて言った。


「心因性の方がよっぽど安心できないっしょ」


 ごもっともすぎる発言だ。

 これには愛想笑いしか返せなかったが、隣でこのやりとりを見ているマトチャの表情は険しい。その顔を見ていると、なんだか申し訳なくなって誤魔化すようにスポーツドリンクを一口飲んだり、それからシュークリームも一口食べておいしい美味しいといったけれど、どれも空回りしているようにしか思えなかった。


「……だってさぁ……私本当に傷つけてないんだよ……」


 長い沈黙の末、呟いた言葉は情けないくらい震えていた。

 あの時のことを思い出すと、枯れきっていたと思えていた涙がどこからともなく溢れてくる。口の中にあったシュークリームの柔らかい甘みは、砂をジャリジャリと噛んだように苦くなり、唇をかみしめたって涙を止める事はできない。

 こうやって再燃したように体の熱が上がり始めると、やっぱりあの時の出来事は私がやってしまったんじゃないかって言いきることも出来なくなって、ぎゅっと拳を握り締めると視界の端から伸びた白い手が私の手を掴んだ。


「分かってる、……分かってますよ、竜子ちゃんがやってないって」


 その手はひんやりと冷たくて、後から伸びてきた手は、ほんのりと暖かい。


「そうだよ。リュコがやったなんて、うちのクラスは思ってないよ。もちろん、私だってそう」


 感情がこれだけ揺らいでいるのに。もしかしたら同じように火傷をしてしまうかもしれないのに。二人は決して手を離さなかった。大丈夫だよっていうように私の手をぎゅっと握りしめてくれる手は力強くて。そうしたら、またどうしようもなく泣きたくなって私は二人の間に顔を埋めて子供のように泣きじゃくった。

 亜人として生まれて十七年。こんなに泣いたのは、何年ぶりだろう。そのとき、小学生の頃にも、亜人と人間が一緒にいるのは変だって言われて大泣きしたことを思い出して、同じような経験でも、たしかに私は傷ついているんだって理解した。涙が溢れるたびに思うことはあるけれど、チヒロもマトチャも同じ亜人という立場であるからか、決して私のことを馬鹿にすることなんてなかった。

 泣き止むまでにかかった十分間。そのあいだ聞こえるのは私の鼻を啜る音ばかり。あんまりにも鼻を啜るものだから、マトチャからティッシュを向けられて「はい、ちーん」と言われて、この年になってはじめてバブみというものを感じることになった。


「ずび……っちなみに、学校っていまどんな感じ?」


 落ち着いた頃合い。ティッシュをもう二枚ほど取って、今度は自分で鼻を噛むとマトチャはこんもり鼻かみティッシュが積もったゴミ箱を此方に向けながら言った。


「亜人科は、みんな竜子ちゃんが戻ってこないことを心配してましたよ」

「普通科は?私のせいで普通科からの偏見とか強くなったんじゃ……」


 沈黙。マトチャの瞳が揺れたのは、肯定ということだろうか。

 チヒロを見ると、彼女はサイダーを一口を煽り小さく息を落とした。


「そうだね、正直偏見は強くなったと思うよ。私たちを見るだけで陰口叩いてるって感じ」

「そっか……」

「でも、それも最初の二日くらいだったよ、そのあとはリュコが休んでるもんだから自分たちのせいなんじゃないかーとか、そういう罪悪感が出てきたみたい」


 今や、園崎さんを疑う噂もあるくらい。

 肩を竦めるチヒロの言葉は、いつになく乾いていた。


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