恋してすみません、ドラゴンです
「陽介のこと、好き!」
この告白は、一世一代の告白だった。遠くで響く、チャイムの音に、窓から差し込むオレンジ色の夕焼け。此処で告白したら絶対に叶うって言われている桜の木の下で言った言葉は、震えもなく真っ直ぐに届いたはずだ。まさに、シチュエーションも、ロケーションも最高なその一瞬。
心臓がバクバクと、飛び出るんじゃないかってくらい煩い。でも、陽介もその言葉に驚いたように瞬いたあと、私を見てフッと息を漏らすように笑っていった。
「ありがとな」
「……でも、ドラ美は亜人だから無理だろ」
一世一代の告白が、アッサリと、そりゃあもうアッサリと終わってしまった。
積み上げたジェンガが傾いて、ガラガラと崩れていくような感覚。足の感覚もなくなって、正直どうやって教室に戻ってきたか覚えてない。それに、陽介になんといって別れたんだっけ。ただ、告白の結果を待つ友人たちがあんまりにもキラキラとした目で此方を見るものだから、私は机に突っ伏して声を上げた。
「東陽竜子!高崎陽介に、フられましたぁ……!」
その瞬間、オオッと声をあげるのは二人。同じ亜人科のクラスメイトである雪見マトイと鎌手チヒロ。この二人は高校に入学してからの友達で、目尻に浮かんだ涙をマトチャが白い指先で掬うと、涙が宝石のように凍り付く。
パキンと涼やかな音と割れ落ちる涙。そのとき目尻に触れたヒンヤリとした指先は心地良くて、甘えるように白い手に頬を寄せると、マトチャはヒンヤリとした手で頭を撫で、そして笑った。
「ふふ、お疲れさまです竜子ちゃん」
「あーん……ありがとう……雪女のすべすべヒンヤリおてて……」
人間だけの普通科と同じように、亜人科には色々な亜人が居る。
私は竜人で、マトチャは雪女。この様子を見て呑気にケラケラと笑うチヒロは鎌鼬で、ほかにもメデューサの目巳出由佐とか、透明人間の中葉透子とか。
個性溢れるこの亜人科は、それなりに仲良しで、賑わいのあるクラスだ。
しかし、その一方で――人間と亜人の恋愛はいささか懐疑的であるらしい。
「ほらぁ、人間と恋愛なんてするもんじゃないってドラ美」
ドラゴンのメスだからドラ美。別に可愛くもないあだ名をつけたのは陽介なのに、気付けば多くの友人からはそう呼ばれていた。ただ、その発言には意義がある。
だって、人間と恋愛なんてするもんじゃないっていうけど、世の中的には多様性を認めて亜人と人間も関係なく仲良くしましょうと言っているし、この学校だって私たちが卒業するタイミングで亜人科と普通科が同じになるという話だ。
何より、うちのパパはドラゴンで、ママは人間だ。そして、その子供の竜人である私が、人間と亜人が恋愛できるって決定的な証拠ではないか。
もんにゃりとしていると、チヒロがぽつりと呟く。
「……でもさ、最近亜人って注目されてない?ナンパされる亜人女子、多いらしいよ」
「うそ、マジで?校門前で?」
「そうそう。先生たちも注意してるって。特に下校時が多いんだって」
「……ドラ美、気をつけなよ?その赤い髪とか角とか、ちょっと目立つし」
急に現実的な話をされて、思わず口を閉じてしまった。
でも、関係ない。私は私で、陽介が好きなんだ――。
「もう、ほっといてよ!人間とか亜人とか関係なく、私は陽介がいいの!」
頭の上でユラユラと蛇を揺らす由佐に向けて、改めて少し強い口調で言い放つ。
すると、隣に立つ透子が、ヒラリとスカートを揺らして近くにあった窓へ手をついた。
透明な窓ガラス指紋の痕が映り、それがツツツと横へと滑る。体は見えないけど、窓を開けようとしているようだ。
「陽介くん、確かに恰好いいよね」
「で、でしょ!」
「でもぉ、透子はサラマンダーの更間田くんがいいけどなぁ~」
一拍。
透子は透明人間で、いま見えるのは彼女が身につけた衣類だけ。だからどんな表情で言っているかは分からないし、ひょとしたら小悪魔的に、此方にマウントを取っているのかもしれない。だって、可愛い声で言ってるけど、そもそも――
「いや、更間田と付き合ってたよね?」
その瞬間、透子は胸元にあるリボンを揺らしながら言った。
「うふ、惚気たいだけかも~♡」
な、なんてやつだ……!
傷心中の私にラブラブアピールで塩を塗るなんて。ダメージ具合でいったら由佐よりもよっぽどタチが悪い奴ではないか!なんでいましがた振られてきた相手にそんなこと出来てるの?!惚気たいのは分かるけど、もっといいタイミングってものがあるじゃない!
透子が窓を開けると、ザアッと風が吹き抜けてほんの一瞬だけ太陽に反射したように透子の姿が見える。てっきり此方を馬鹿にしていると思ったのに、その瞳は真っ直ぐに更間田を見ている。
「更間田くん!」
彼女が手を振るうと、更間田が尻尾を揺らして此方に手を振るう。その瞬間、長い睫毛の奥にある瞳は慈しむよう瞬いて、恋する少女が頬を緩める。その姿を見てしまうと、今まで思っていたことを到底言うことは出来ずに口を噤むと、マトチャとチヒロが言った。
「……でも少し意外でしたね、陽介くんが竜子ちゃんを振るなんて」
「本当だよねぇ。だって相手は陽介でしょ?勝率百パーセントだと思ってたんだけどなー」
なんだか確信めいたような口ぶりだ。
「ええ、どうして?」
うう、正直そう言ってくれるのは嬉しい。
だって両想いに見えてたってことじゃない。少しだけ下心をもって訊ねると、マトチャとチヒロは顔を見合わせたあと破顔して笑った。
「だあって、陽介っていーっつもリュコに世話焼いてんじゃん」
「ええ、そうかなぁ。普通じゃない?」
「そうですよ、この間だって雪見大福を一つあげてたじゃないですか」
「でもそれはいつものことで――」
「いい、リュコ。普通はね、雪見大福を一個ちょうだいっていわれても、あげないのよ」
それはつまり、愛じゃよ……。
チヒロが右手と左手を作って、ハートマークを作る。
そうかなぁ。本当にそうなのかなぁ。だって、私が陽介に言われたら「二つしかないのに?!」って言いはするけど、どうしてもって言うんなら、あげないことはないと思う。……多分。