第九話、ソウルディバウア(魂を冒涜する者)
「…さて。感傷に浸っている場合じゃないな。次の『確認』をしなければ」
ベルゼは未だ気絶しているパメラを再び担ぎ、牛たちの無残な死骸が並ぶ牛舎を離れ今度の目的地に向かう。
次の目的地。
それはアレフ邸。
ベルゼの雇い主のアレフが住んでいる家。勿論雇い主を助けるためにそこに行くとか言う、殊勝な目的ではない。
「け!!以外に頑丈な扉じゃねえか」
「だがもう少しで開くぜ?手間かけさせた礼に十分可愛がってから殺ってやるからな?」
アレフ邸についたベルゼは玄関前でオノを振りかざす野盗二人を確認した。
何度も何度もそれで扉を叩ききっている。
もうすでにボロボロで、扉が完全に壊れ野盗が侵入してくるのは時間の問題だ。
ベルゼはまたもパメラを降ろし野盗二人に近づいた。
「あ?何だてめえ。今忙しいんだよ。後でころしてやっから、今は逃げるのを許してやる………おっと良い物持ってるじゃねえか。おい、こんな家後回しだ」
一人の野党がベルゼの脇で気絶しているパメラに気付いた。
するともう一人の野盗もパメラが目に入り醜悪な笑みを見せる。
「おお!?ちょっと小便くせえがこの程度の村じゃ十分上玉だ!おいさっさと失せな」
ベルゼは聞くに堪えない野盗の言動を無視して無防備に、野盗に近づく。
「あ゛?いい度胸じゃねえか。そんなに死にたいなら望み通りお前を殺してから楽しんでやるよおおお!!」
そう叫びながら、野盗の一人が持っていたオノをベルゼに向かって切りつけてきた。
「!!!?な!?」
結果は。
ベルゼはものすごい勢いで迫ってきた野党のオノを片手で止めたのだ。
しかも柄ならまだしも刃の部分を指で挟んで止めたのだ。
本来であればこんな芸当は不可能だ。
だがリミッター解除できる圧倒的なパワーと、天使兵としての技量がそれを可能にしたのだ。
「ごっ!!?」
余った片手でアスタルトから貰ったナイフを野盗の首深く突き刺したベルゼ。
「てめえ!!?ばっ!!!??」
野盗の即死を確認後、野盗の持っていたオノを奪い、もう一人の野盗の首を速攻で切り飛ばしたベルゼ。
血しぶきが舞う。
「…こんな奴らをいくら壊したとて。少しも満たされないな…。まあ、多少の気晴らしにはなるかな」
持っていたオノを投げ捨て、再びパメラを担ぐベルゼ。
野盗の死体を尻目にアレフ邸に入るベルゼ。
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一方のアスタルト。
(まー、そんな上手くはいかないでしょうけど。出来るだけのことはしたいですからね)
アスタルトもリミッターを解除してもの凄い速さで走る。
目的地はナキリシス神聖王国。
「…って!?まじですかあ?タイミング良すぎッていうかあ、やっぱりルシフェル様ってもってますねー
うひひ!!」
遠巻きに二頭の馬を駆る騎士の姿を確認したアスタルトは急ブレーキをかける。
下品な笑みを見せた後、表情を直し、居住まいを奇麗に整える。
「…!?アスタルトちゃんじゃねえか!こんなところで一人でどうしたんだ?」
ナキリシス聖騎士団副団長ヴォイドだった。
筋肉隆々な太い身体。だが金髪ロングのイケメンでややタレ目である。純白の鎧を身にまとい、漆黒の馬に跨っている。
「…彼女が例のシスター?…ふーん、確かにあなたが入れ込むのもわからないでもないわね」
もう一人。同じく純白の鎧を身にまとい、白馬に跨っている。
流れるような鮮やかで美しい腰まで届く金髪。奇麗で整った顔立ち。
ナキリシス聖騎士団団長。イグリッド・オルドヴァ。
イグリッドは馬から降り、アスタルトに頭を下げる。
「お初にお目にかかります、私の名はイグリッド・オルドヴァと言います。この度はナキリシス聖騎士団団長としてヴォイドの数々の非礼を変わってお詫びさせていただきたい」
(…なるほどー。なかなか、いい女じゃないですか?私には及ばないですけど。こんなのが側にいるのになんでわざわざ私に付きまとうんですかねー………って今はそんな場合じゃないか)
アスタルトは真剣かつ焦った表情を作った。
「大変なんです!!?ルピ村が野党の集団に襲われているんです!それで助けを求めてここまで…」
「「!!?」」
イグリッドとヴォイドに戦慄が走る。
眉唾の情報が本当だったことに。
「団長!急いで正解だったな!こうしちゃいられなねえ!さっさとルピに向かおうぜ!!…っとその前にアスタルトちゃんを安全な場所まで送らなきゃか…」
「私も村に連れてってください!私回復の祝福を多少は使えるんです!!村の人を一人でも多く助けたいんです!」
そう真剣な表情を見せるアスタルト。
ヴォイドがなにか言いかけたが、イグリッドが遮った。
「もし本当に思っているならついてくるのは構いません。とはいえ、あなたを守りながら戦える容易な相手とは限りません。命を懸ける必要がありますが大丈夫ですか?」
アスタルトはイグリッドの問いに迷わず頷いた。
「わかりました。それならば私の後ろに乗ってください」
言いながらイグリッドは再び白馬に跨った。
アスタルトも続きふわりとイグリッドの後ろに飛び乗った。
「…」
「団長!いくら何でもそりゃ危険すぎるぜ!」
ヴォイドの懸念はその通りで、ただの野盗ならともかく相手は悪名高きゲイル盗賊団。足手まといをかばいながら戦えるとは限らない。
「…ヴォイド。あなたの目は節穴なの?この彼女は自身のお守りくらい自分でできるわ。…そうでしょう?アスタルトさん」
イグリッドの鋭い観察眼。こんなところで女一人で無事にいること。そして見た目ではわからない隙のない佇まい。そして馬に軽々と飛び乗る身のこなし。
アスタルトがただものではないと一目で気づいたのだ。
「ちなみにですが…。ルピ村から助けを求めるには、ナキリシスよりも隣町のクロスウェルに向かったほうが早かったのでは?」
「?」
ヴォイドはイグリッドの質問の意図が見えなかった。
(…はあ、勘のいいやつですねえ…率直にうざったいです)
アスタルトは表情が見えないようにして質問に返した。
「………買い被りですよ。それと焦っていましたから」
「…そうですか。まあいずれにせよ…急ぐわよ!ヴォイド!」
「お、おう!?」
こうしてルピ村に向かう3人であった。
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アレフ邸。
玄関はほぼ全壊ではあったが、家内は無傷だった。
ベルゼは気絶しているパメラを抱えながらアレフを探していた。
「アレフさーん!もし隠れているのなら出てきてください!」
アレフ邸の外では凶悪な野盗が暴れているのにベルゼは呑気にそう呼びかける。
クローゼットの扉が少しだけ開いた。
(…!!?ベルゼに…パメラ…!)
ベルゼとパメラだけなのを確認した後、クローゼットの中に隠れていたアレフがバンと勢いよく出てきた。
「ベルゼ!お前どうやってここまで来たんだ!?い、いやそれよりもパメラは無事なのか!?」
ベルゼにそう迫るアレフにふうと一息つきながら抱えていたパメラをおろした。
「寝ているだけですよ。時間が立てば目覚めます。それじゃあ、アレフさんの命令通りパメラさんを無事に家までお送りしましたので僕はこれで失礼します」
ベルゼは慇懃無礼な感じで頭を深く頭を下げた。その後これ以上は何も言うことはないと言わんばかりにアレフに背を向けた。
「お!?おい!!この状況でふざけるな!!!大体にして外で暴れていた野盗はどうしたんだ!?」
その場を立ち去ろうとするベルゼの肩を慌てて掴むアレフ。それはそうだろう。村がこんな状況で冷静沈着をこえて呑気ともいえる態度をとっているベルゼ。
「…ああ、家の扉を破壊しようとしていた野盗二人は僕が殺しましたよ。今まで黙ってましたけど僕って実は結構強いんです。………手離してもらえますか?気持ち悪いので」
「…!?」
振り返らずそう返すベルゼの背中から、素人でもわかるほどの殺気が発せられ気圧されたアレフは思わず手を離してしまった。
「そういや言い忘れてましたね、今までお世話になりました。今をもってここを止めますので、縁があったらまたどこかで会いましょう。それじゃあ」
そう吐き捨て、再び玄関に向かって歩き出すベルゼ。
「ま!まってくれ!?そんなに強いなら俺とパメラをここから脱出させてくれ!!今までの恩を忘れたわけじゃないだろ!?」
そう慌ててベルゼを止めるアレフ。ベルゼからすればとっくに恩は返し終わって、むしろお前の方が俺に恩があるだろと思っていたがとりあえず返答する。
「…この状況で二人も守りきれませんよ。一人だけならなんとかなるかもしれませんが」
「そ!それなら!俺だけでも助けてくれ!!一人だけなら何とかなるんだろ!?それにここ以外にも資産があるからお礼もたっぷりだすから!!」
アレフの醜悪な要望にベルゼの口元が醜く歪む。
(実の娘よりも自分の命を優先するか…。実に醜い。この女をこのままここに放置すればどんな酷い目にあうか容易に想像がつくのに………だがそれがいい)
ここでベルゼは振り返りアレフと向かい合った。
ここでベルゼは伸び切った前髪をかき揚げ、凛々しくも美しい表情があらわになった。
「その魂の穢れ…気に入った。お前を吸収してやろう。我が魂の一部になれることを誇りに思え」
「…何を言って…ぐがあ!!??」
ベルゼはそう言って、アレフの腹部に手刀を突きさした。アレフは苦しみもがくが逃れられない。
「…ソウルディバウア(魂を冒涜する者)」
ベルゼがそうつぶやいた瞬間、アレフの魂が抜き取られベルゼに吸収された。
手刀を引き抜いた後、アレフは白目をむきこときれた。
「…素晴らしい。これが醜悪な人間の魂の味…ここまで心地よいとは」
ベルゼの全身から邪悪なオーラが発せられる。
「…さて。溢れてくるこの力をさっそく試してみるか」
気絶しているパメラと息を引き取ったアレフの死体を放置しアレフ邸を出るベルゼ。
「俺の大切にしていた物らを壊してくれた礼だ」
「せめて苦しませずに殺してやろう」




