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第六話、破壊衝動

アレフ家では娘パメラと父親アレフの冷戦が続いていた。とは言ってもパメラが一方的にアレフと口を利かないだけで、アレフは流石に寂しそうにしていた。


「ベル。お前からも何とか言ってくれ。少しの間は嫌われるとは思っていたが、ここまで長引くとは思わなかった」


牛舎で牛に飼料を与えていたベルゼにため息をつきながらそう言ってくるアレフ。ベルゼは内心そりゃそうだと思っていた。それもそのはずでパメラの望まない縁談をアレフは強いているのだ。その上ベルゼ視点からもパメラはとても働き者だし、家事もちゃんとこなしているのだ。

それなのにパメラの言い分を全く聞かず問答用無用ではそうなるとしか。

縁談破棄とはいかないまでもアレフ側からなにか譲歩があってもいいと思うのが人情である。

しかしまあ、使用人の立場であるベルゼからはそんなことなどいえないわけで。


「…わかりました。それとは別に教会のアスタルトさんに話を聞いてもらうとかいかがでしょう?彼女を家に招いて仲介してもらえば…あるいは」


公表はされていないがアスタルトとベルゼは親密な関係だ。ベルゼの頼みであれば嫌々ながらも承知してくれるだろう。まあ、仮にベルゼ以外の頼みだとしてもシスターという立場上断るようなことはしないだろう。

ベルゼの提案にアレフはポンと手を叩き、目を見開き笑顔になった。


「そうか!その手があったか!あまり期待してなかったが存外にいい提案をするじゃないか。やはりお前はパメラには何も言わなくていいぞ?勘違いされてもこまるからな」


そう好き勝手を好きなだけ吐いてアレフは牛舎から去ってしまった。伸び切った前髪の奥に潜んでいた眼が軽蔑の眼差しをアレフの去った方に向けた。


(…他人の意見を採用しておいて礼も言わず、その上に言いたい放題…ね。家で一緒に夕食を摂ってから一気に本性を現したな)


少しの間があいて、ベルゼの口元が醜く歪んだ。


(だが、それがいい。醜悪であればあるほど面白い。人間と一緒にいると本当にいろんなことが学べるなあ…)


そう考えこんでいると牛たちが餌を催促するような鳴き声を上げた。


「…あー、ごめんごめん。餌やりの最中だったな。よーし沢山食べてろなー」


牛たちの様子を見てベルゼの歪んだ口元が収まり笑顔に変わった。もっとも伸び切った前髪でその表情は見えないが。

ベルゼは鍬で飼料を牛たちの前に重ねる。


「よしよし、お前たちは可愛いなあ…『ああいう』醜悪なものを見た後だと余計に尊く感じるよ…」


そう言いながらベルゼは元気に餌を食べる牛を撫でる。


「本当に…可愛い………」




「…………ぐちゃぐちゃに壊したいくらいに」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



教会。

さっそくアスタルトを連れてきてくれとアレフから指示されたベルゼはそこにいた。

教会はからは心地よいパイプオルガンの音色が響いていた。

アスタルトが流れるような手つきで鍵盤を叩いている。

修道服は本来体のラインが見えにくいが、グラマラスな肉体のせいで出るところがはっきりと出ていた。

修道帽から出ているピンク色の髪が腰まで届いている。

身長は160cmほどで、奇麗と可愛らしいを両立している小悪魔的な美女。

ベルゼは何も言わずチャーチベンチに座り、目を閉じアスタルトの演奏に耳を傾ける。


しばらくの時が立ち。


アスタルトの演奏が終わり、ベルゼに満面の笑みで一礼した。


「お粗末様でした♪」


ベルゼはパチパチと手を叩きそれに応える。


「…もっと聴いていたかったけどな。相変わらずお前の演奏は時間がたつのを忘れさせてくれるよ」


そう余韻を楽しむかのように目を閉じたまま話すベルゼ。もっとも伸び切った前髪でその表情は見えないが。


「ル…おっと。ベルゼさんが望むならいつでもどこでも奏でますよ?…でもなにか用があってここにきたんじゃないんですか?」


言いながら、手を前で組み上品な歩みでベルゼに近づくアスタルト。

ベルゼが座るベンチに少しの距離を離し座る。ベルゼとアスタルトは色んな意味で親密な関係だが、表向きには知られていない。


「…あー、ああ…そういやそうだった。でもなんか色々面倒になってきたな…もう一曲頼めるか?ガブ」


そう気だるそうにするベルゼに、にひひ~と悪戯な笑みを向けるアスタルト。


「どうしたんですかあ?私はアスタルトですよー。…らしくないんじゃないですか?」


そう首を傾けるアスタルトに、ベルゼはああそういやそうだったと頭をかくベルゼ。


「お前の演奏を聴いているとつい『昔』のころを思い出してしまうな…『あいつら』は今なにしてんのかな…」


閉じた目を開け、遠いまなざしをするベルゼ。

かつて天使長として天使たちを束ねていたころは、こうしてアスタルトの演奏に酔いしれていたものだ。

そうベルゼが思い出に浸っていると、アスタルトが笑顔のままベルゼの頬を強くつねった。


「いでで!?いきなり何するんだよ」


「…少しは気合入りましたか?感傷に浸るのは構いませんけど、投げやりなのはいけませんよ?」


アスタルトはそう言って頬から指を離した。

笑顔のままだが、血管が浮き出ている。それを見たベルゼは今度は自らの頬をぱんぱんと叩いた。


「…悪い。つい甘えちゃうなお前に…」


それじゃあ気を取り直して。とベルゼは続けた。


「アスタルトさん、ちょっとした頼みごとがあるんですが」


口調を変えたベルゼにアスタルトは最初の満面な笑みで応えた。


「はい。人助けもシスターの勤めなので♪」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アレフ家。

村唯一の教会であり唯一のシスターであるアスタルトは、当然アレフもパメラも知っていた。


「パメラさん。私とベルゼさんと3人で気分転換にピクニックがてら村を出て薬草を摘みに行きませんか?」


ベルゼから事情を聞いたアスタルトの提案はシンプルだった。ベルゼに好意を寄せているパメラなのだから外で一発ヤっちゃえば機嫌も直るだろうと。はっきり言って最低な提案だったものの、ちゃんと色々考えてますからと言われたののでベルゼはそれを黙認した。


「アスタルトさん…外はモンスターがいますので3人ではちょっと…」


ルピ村では外敵対策に塀で覆われている。これによりゴブリン等の低俗モンスターを防いでいるのだ。

その村から出て薬草を摘みに行こうと提案するアスタルトに難色を示すアレフ。


「大丈夫です。聖水がありますのでこの地域にいるモンスターでは手出しできませんから。それに魔よけの祝福も私は使えますので、下手な冒険者に護衛させるより安全です」


そうにこやかな顔で返すアスタルト。これはそのとおりだった。アスタルトはシスターの勤めでたまに都に赴くときがある。その危険な道中を女一人で毎回行き来していた。その実績はアレフも知っている。


「…ベルと行けるならいってもいいかなーあたしは」


パメラはずっと不機嫌そうな顔で頬杖をついていた。それでもようやくアレフに向かってパメラは口を開いたのだ。するとアレフは深くため息をついた後頷いた。


「パメラを頼みます、アスタルトさん。…ベル。お前もわかっているな?」


そうベルゼを睨むアレフ。


「…」


一瞬だけアスタルトの笑みが消えた。


「…アスタルトさん?」


「いえいえ。パメラさんは私に任せてください」


そう答えて。いつもの笑顔に戻ったアスタルトだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ナキリシス神聖王国。

ナキリシス城敷地内


『でわでわ。ナキリシス聖騎士団団長様をここルピ村に連れてきてくれませんか?一度お会いして話してみたかったのです。ナキリシスの戦乙女ヴァルキリーとまで評されたお方を』


飲み比べでアスタルトに負けたヴォイド。憂鬱な表情で団長専用執務室に向かうがその足取りは重い。

それもそのはずでいくら飲み比べとはいえ、女性に負けたうえなんでも言うことを聞くという約束をしてしまったのだ。

聖騎士団副団長としてあるまじき行為だし、その勝負を受けたのも下心ゆえだ。自身が優秀故にある程度の我儘が許されてはいたが、今回ばかりは何かしがの処分が下る可能性は高い。


(とはいえ…約束を破るなんてそれこそ騎士失格だからな)


執務室の扉の前でヴォイドはため息をつき、その後ノックをする。すると扉から高い声が聞こえてきた。


「どうぞ」


返事を聞きヴォイドが扉を開ける。


「あら?今日は会いに行かなくていいの?アスタルトとやらに」


いきなりのご挨拶にヴォイドはバツ悪そうに頭をかく。

ナキリシス聖騎士団団長、イグリッド・オルドヴァ。鮮やかな腰まで届く金髪で黒いチュニック姿。豊満なボディラインが目立つ。キリリとした表情の美人。


「…サボって会いに行ってたのは謝るよ。それにしばらく彼女に会いに行くのは控えるから、一つ頼みを聞いてくれるか?」


ヴォイドも黒いチュニック姿だった。聖騎士団は鎧の下に黒いチュニックを着ている。

ヴォイドの突然の頼みにイグリッドは呆れた表情を返す。


「…サボらない。そんなことは当たり前なのだけどね。まあいいわ。とりあえずは聞くだけ聞いてあげる」


ともすれば甘いように見えるイグリッドだったが、それは仕方なかった。どんな頼みかは知らないがそれを聞くことで、ヴォイドが真面目になってくれたら安いものだ。サボり癖が治ったら他団員の留飲も少しは下がるだろう。

ヴォイドは事の経緯を正直に話した。イグリッドは卓越した剣技もさることながら洞察力も優れていた。中途半端なウソは見抜いてくるだろうし、それならいっそ正直に話した方がまだ印象が良いと思う判断だった。


「…なるほどね。経緯はちょっとあれだけど、そのアスタルトって奴もただ者じゃないわね。あなたに飲み比べで勝つなんて…まあ、いいわ。どうせ遅かれ早かれ私も会いに行こうと思っていたから」


イグリッドの意外な返答にヴォイドは目を見開いた。


「団長も実は隠れアスタルトファンだったの?」


「あほ。私にそっちの気はないわ。あなたがその娘に夢中ならいっそ都の教会に移動してもらおうかと考えてたのよ。そしたらあなたも時間をかけずに会いにけるでしょ?」


最後に冗談ぽくサボらずにさと付け加えたイグリッド。

聖騎士団は教会から祝福の加護を得ている。それゆえに教会との繋がりは太い。その上聖騎士団団長ともなれば、末端のシスターの強制移籍など訳はない。


「そりゃあありがたい話だけど、アスタルトちゃんの意見を聞いてからにしてくれないか?彼女ルピ村が気に入ってるらしくてさ」


そう言いながら両手を広げるヴォイドにイグリッドは目を細める。


「…まったく、女性に対してここまで真面目なら私に対しても少しは真面目になってくれない?あなたのせいで他の団員からの愚痴がすごいんだから」


「まーまー、戦場ではあんたを命かけて守るから許してくれよな?」


そう冗談ぽくわらうヴォイドだったがイグリッドは分かっていた。冗談ではなく本当にその時がくれば自分の身代わりになってくれるのだろうと。

だからこそ、多少の悪癖があってもヴォイドを信頼していた。


「…頼りにしてるわよ?ヴォイド」


「…ああ。任せろ」









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