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第五話、飲み比べ。

「それで?勝負の方法は?」


少しの時間が経過してすっかり冷静さを取り戻したヴォイドはアスタルトにそう問う。

勝負に勝ったら自分を好きにしていいですよと言ったアスタルト。それを聞いたヴォイドは最初浮かれていたが、冷静に考えれば勝負内容によっては勝敗の行方が知れないからだ。


「ん~。勝負を仕掛けたの私なので、ヴォイドさんが決めていいですよ?」


言いながら両手を合わせて頬に当て首を傾けるアスタルト。その表情は笑顔のままだ。


「………いいの?」


ヴォイドは思わず聞き返してしまう。それもそのはずでヴォイドは元凄腕の冒険者であり、現在はナキリシス聖騎士団の副団長だ。かたやか弱い(実際はちがうが)シスター。腕力勝負や体力が必要な勝負をけしかければ勝つことは容易である。


「いいですよ?なんだったらヴォイドさんが得意そうな決闘とかでも。………本当にそれでもいいなら」


本当にそれでもいいならというところで。アスタルトの笑顔が妖艶なものに変わった。


「…………!そういうことか。アスタルトちゃん可愛い顔して結構狡猾だねえ…でも益々気に入ったよ!」


そうアッハッハッハと豪快に笑うヴォイド。


「聖騎士団副団長の俺が力ずくでシスターを手籠めるなんてしたらいろんな意味で終わっちゃうからな。これは一本取られた。わかった!勝負の内容はアスタルトちゃんに任せる。…で、もし俺が負けたらアスタルトちゃんは何を望むんだい?」


ヴォイドは狡猾だと感じたところは、アスタルト自身から勝負を持ち掛けたから勝負方法はヴォイドに任せると言ったところだ。仮に最初からアスタルトがか弱いシスターということ傘にして、自分に有利な勝負方法を押し付けることをしたらヴォイド側も納得できるものではなかっただろう。

しかし結局のところ、どちらに転んだとて立場上ヴォイド側から体力勝負を挑むことはできなかったのだ。

ならば相手にわざと譲り、自身が勝負方法を決めることに無理矢理納得させるルートをとる。

アスタルトの頭脳が光る。


「んー、一つだけ何でも言う事聞いてもらいますね?あ、あと安心してください。ちゃんとヴォイドさんにも勝ち目のある勝負方法をもう決めてありますから」


アスタルトの妖艶な笑みが消え、にっこりとした笑顔に変わった。

ヴォイドはもう覚悟がきまり、どっしりと構え彼女の次の言葉を待つ。


「飲み比べです♪」


「………は?」




ーーーーーーーーーーーーー




辺りがすっかり暗くなり、ルピ村唯一の酒場に灯がつく。


「…別に嫌味とか偏見じゃないけどさ。シスターでも酒を飲むんだな」


そこまでの道中。暗がりをアスタルトとヴォイドが歩いていた。ヴォイドがアスタルト目当てで教会に入り浸っていたのは周知の事実なので、そこまで注目されることはなかった。そもそもアスタルトはガードが固いで有名なので、並んで歩いてるだけでは噂にもならないのだ。


「戒律に禁酒という項目はありませんから。…ああ、言い忘れてましたけどお代は負けたほうが全額持つということでいいです?」


笑顔でそんなことを聞いてくるアスタルトに、はあーとわざとらしくため息をつくヴォイド。


「そこは俺にかっこつけさせてくれよ。一応副団長だし金もそれなりにあるんだぜ?勝敗に関わらず俺が払わさせてもらうさ」


「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」


言いながら。くすくすと笑うアスタルトだった。




ーーーーーーーーーーーー



「いらっしゃい!!…って、アスタルトちゃん!?こんなところに何か用かい?」


ルピ村唯一の酒場。

アスタルトがその扉を開けると中年のマスターが文字通りびっくりしていた。


「こんばんわ店主さん。シスターだってたまにはやけ酒をしたくなるのですよ?」


とアスタルトはいたずらな笑みを返した。


「アスタルトちゃーん!それならこっちきて一緒に飲もうよ!」


「ふざけんな!俺と飲んだほうが楽しいぜー?」


「いやいや俺らの方が!」


と入るなり、出来上がった客の座った様々なテーブルから声がかかるアスタルト。


「…うふふ。残念ですが今日は先客がおりますのでまたの機会にさせてもらいますね」


と、手を振りながら上品な笑顔で丁寧に返すアスタルト。

先客という言葉に全ての客の注目がアスタルトの後ろに集まる。

ここまで人気のアスタルトを独り占めする先客。

本来であれば野次が飛びそうな状況だったが、思わぬ大男の登場に出来上がった客たちの声が止まってしまった。


「悪いなあんたら。でも今回はアスタルトちゃんと差し向かいで飲まさせてもらうぜ?」


そう自慢げな表情を見せながら入店する大男。

筋肉隆々な太い身体。だが金髪ロングのイケメンでややタレ目である。軽装ではあるが大きい騎士剣を腰にぶら下げている。

彼の名はヴォイド。


「店主さん、個室ってありませんか?」


店内が静まり返ったところでアスタルトが中年のマスターにそう問う。


「普通なら予約が必要だけどアスタルトちゃんなら特別さ。案内するよ」


マスターはそう言ってカウンターから出て奥の方を指さした。

ありがとうございますとアスタルトは頭を下げ、ヴォイドは手を上げて挨拶した。


奥の個室に向かう途中。


「あら?ルシ…ベルゼさんじゃないですか!こんなところで偶然ですね!」


二人用のテーブル席で一人で飲む男に声をかけたアスタルト。


「…!!?」


ヴォイドは驚愕した…いや他の客も同様だった。アスタルトがこんな無邪気に笑うのを見た時がなかったから。いや、普段から笑顔は見てはいたが。


なんかこう、心の底から喜んでいる感じ。


ヴォイド含めてすべての目がベルゼに集まった。

くたびれた作業着姿。前髪が伸び切って表情が良く見えない。細いが引き締まった矮躯。


「…アスタルトさん。『先客』の人が退屈そうにしていますよ?」


ベルゼはとても面倒臭そうに手を振った。そして何事もなかったかのようにグラスを口にする。


「もー、相変わらずつれない人です。…じゃあ行きましょうかヴォイドさん」


言葉とは裏腹に機嫌よさそうに再び歩き始めるアスタルト。

だがヴォイドはそこにとどまった。その表情は険しい。


「…おい。あんたアスタルトちゃんとどういう関係だ?」


ヴォイドの圧力にも、ベルゼはどこ吹く風でグラスに酒を注ぐ。


「別に?たまに教会で相談を聞いてもらっているだけですよ。………彼女、行っちゃいましたけど?」


ベルゼはそう答え、奥の個室を指さす。アスタルトはすでに個室に入ろうとしていた。

ヴォイドはそれを確認すると、軽く舌打ちをしてベルゼに言う。


「彼女は俺のものだからな、てえ出すなよ?」


そう睨むヴォイドにベルゼ以外の店内全員がいやそれは違うだろと心の中で突っ込んでいた。


「…男のジェラシーはみっともないですよ?」


「てめ…」


ベルゼの挑発につかみかかろうとしたが。



「ヴォイドさーん!!はやくこっちきて飲みましょうよ~!!」



奥から甘ったるい声が響いてきた。

ヴォイドはすんでのところでとどまり、わかったと返事をして個室に向かった。

ヴォイドがいなくなった後、他客がベルゼに絡んできた。


「なあ、本当の所アスタルトちゃんとどんな感じなんよ?」


ベルゼの肩をくみ、だるく絡んでくる。


「さっき言った通りですよ。それにナキリシス教のシスターは男と付き合えないので」


とまたも面倒くさそうに答える。


「…まあ、そうよなあ。いや、あんな無邪気に喜んでるアスタルトちゃん見た時なかったから」


と、ベルゼの答えを聞いて残念半分嬉しさ半分と言って去った他客。



(ガブの奴…小屋と教会以外で俺と絡むなって言ってるのに。…まあ、そういう所も可愛いんだけど)



そうグラスをカラカラと弄ぶベルゼだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーー




「それじゃ乾杯しましょうか?」


木製のテーブル。燭台が個室を照らす。ラム酒の瓶とグラスが二つ。アスタルトとヴォイドが差し向かい。


「その前に。アスタルトちゃんがベルゼって言っていたあいつってどんな関係なんだい?」


真剣な表情でそう聞くヴォイドに、アスタルトはにたあと嫌らしい笑みをした。


「知りたいですか~?そんなに?」


挑発するような言い方にもヴォイドは構わず頷く。

ヴォイド的にあれは看過できない。あの態度はどう見ても好意を抱いているようにしか見えない。


「じゃあ。それも勝負に勝ったら教えてあげます。………少しはやる気出ました?」


そう首を傾けるアスタルト。


「元からやる気Maxだよ。自分から飲み比べ勝負っていうからある程度は飲めるんだろうけど、俺も元冒険者だからな?酒は水みたいなもんさ」


そう言ってグラスに入ったラム酒を一気に飲み干すヴォイド。


「ん~楽しみです~」


そう体をくねらせたあとアスタルトもグラスを一気に空にする。



そして。



数時間後。



大男がテーブルに突っ伏していびきをかいていた。


「なーにが『酒は水みたいなもん』なーんですかねー?たかが10本ボトル開けただけなのに」


アスタルトは呆れた表情で寝ているヴォイドを見下す。

しかし本来であれば度数40パーセントの酒を10本あけたら大抵の人間はこうなる。むしろ普通だったら凄いと賞賛されることだ。

因みにアスタルトが酒に強いのには理由がある。

天使としての力を失い、人間とほぼ同じ能力しかないアスタルトだったが天使兵としての技量や技術は残っていたのだ。

人間は本来の力の十分の一程度しか出せない。リミッターがかかっているから。

だがアスタルトは天使兵としての技術で、リミッターの外し方を心得ている。

つまり。

全ての処理量を意図的に10倍まで引き上げることが出来る。

当然アルコール分解量も。

まあ、元々酒が強いのもあるが。


「…そのまま放置したいところですけど、ちゃんと介抱しないとですね。あーあ、今更だけどシスターって設定変えたいなあ」


そう愚痴りながら、個室の扉を開ける。


「店長さーん!ヴォイドさん酔いつぶれちゃったんで、このまま寝かせておいていいですか?あ、お代は彼が払いますので」


そう手を振るアスタルトに店長はため息をつきながらアスタルトに近づく。


「…そりゃラム酒20本も開ければそうなるよ。アスタルトちゃんを前にして舞い上がっちゃたかな?」


そういって苦笑いする店長に周りはざまあみろと言った声が聞こえてくる。実際はアスタルトも10本開けていたが、ほんのり頬が赤いだけでほぼ素面だった。飲み比べをした後とはとても思えなかったから。


「ご迷惑をかけます…。でも迷惑ついでに毛布を貸してくれませんか?彼…風邪ひいちゃいますから」


そうしゅんとするアスタルトに店内全員がそんなことないよと擁護する。


「アスタルトちゃんが気に病むことじゃないさ。毛布はすぐ持ってくるから、気を取り直して飲みなおすかい?」


マスターの誘いにせっかくですけどと答える。


「ちょっと急用を思い出したので。それではみなさん、なにかありましたら教会まで来てください。ナキリシス神はいつも私たちをお守りしています」


そう祈りをささげ、名残惜しそうな客を尻目にアスタルトは店を出た。


ーーーーーーーーーー



「あーベルゼさーん!やっぱり待っててくれたんですねー♪」


教会へ戻る道中。ベルゼが木を背もたれに立っていた。アスタルトは無邪気に近づく。


「ああ。あの男となにしてたんだ?」


そう歩き始めるベルゼにアスタルトは歩調を合わせる。


「なーんですかー?もしかして嫉妬とかしちゃってます?うひひ」


そういやらしく笑うアスタルトにベルゼはそりゃあなと言葉とは裏腹に余裕で返す。


「はーあ。まーったく心がこもってない返事ですねえ。…あれ、前に話してませんでしたっけ?ナキリシス聖騎士団員から言い寄られているって」


ああそういう事ねと頷いた。


「まあいずれにしても俺が悪いとはいえ、改めてお前が他の男と歩いてるの見ると…率直にむかつくな」


「だーからあの時らしくもない挑発しちゃったんですね♪安心してください私はいつだってルシフェル様一筋ですよ」


それはそれで困るのだが…と思うベルゼだったが、こういうどっちつかずな態度をする自分が悪いので何も言えなかった。


「あれの相手をしていたのは。あたしの目標のためですから」


そうアスタルトは満面の笑みをみせた。

















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