第一章、魂を冒涜する者。第一話、地に堕ちた天使
よろしければ前作 ジーニアス・コンプレックス~やたらチート能力を授けようとしてくるちょろい転生の女神と捻くれたおっさんの片思い~ と前々作 魔族専門孤児院経営者の…マオーさまっ! も読んでみてください。
ナキリシス神聖王国領内。
ルピという名の小さな農村。
畑を耕す一人の青年がいた。
身長は180cm前後で、黒く伸び切った前髪で表情が良く見えない。くたびれた布の服を着ていた。
細いが引き締まった体で、鍬を熱心に振っている。炎天下ではあるが、肌は全く焼けていなくむしろ白目だ。
「おー、ベル。今日も良く働いてるなー。感心感心。だが…」
鍬を振るベルゼにそう呼びかける中肉中背の中年の男。タオルを頭に巻き、髭を蓄えている。
ベルゼとは対照的にちゃんとした作業着だった。いやベルゼの服が古すぎるだけかもしれない。
「『娘はやらない』ですよね?わかってますよアレフさん」
作業を止めずにそう返答するベルゼに、がはは!わかっているならよろしいと豪快に笑うアレフ。
「身寄りのない自分を拾ってくださった上に、こうして仕事まで貰えているんです。それだけで十分です」
アレフはこの小さな農村の中でも比較的広い敷地と、畜産も経営していたので人を雇い住まわせる余裕があった。
とは言え、ベルゼはアレフとは違う離れの建屋…というか掘っ立て小屋に住んでいた。元々余っていた倉庫を片付けて、人が住めるようにした…が、実際は人が住むような環境ではなかった。
「うむ。自分が使用人という立場を忘れるなよ?パメラにもさんざ言っているんだが、聞かなくてな。やれもっと給金を上げてあげてとか、新しい服をもっと買ってあげてとか、一緒の家に住まわせてあげてとか」
そう愚痴るアレフ。すると遠くの方から甲高い声が聞こえた。
「ベルー!!お昼にしよー!!…ってあれ?」
ランチバスケット片手に一人の女性が早歩きで近づいてきた。
身長は155センチほどで、16歳前後。スカートだがラフな格好だ。細身な身体で女性というよりは少女と言ったほうが正しいかもしれない。
健康的な肌色で茶色のロングヘヤーが肩まで届いている。
彼女の名はパメラ。
「おとーさん!また持ち場を慣れて!またベルになんか嫌味でも言ってたんじゃないの!?」
最初は機嫌が良さそうなパメラであったが、アレフを見るなりそう言いながら迫る。
「…いやー、別に?世間話してただけだよな、ベル」
そうベルゼに視線を向けるアレフ。
「ええ。特に何もありませんよパメラさん」
そうベルゼが笑顔で返す。前髪のせいで表情が見えずらいが。
ベルゼの返答にパメラは本当かなー?と目を細めた。だがその表情はすぐ変わり
「ま、それならいっか!じゃあみんなでお昼たべよう!」
と、可愛らしい笑顔に戻った。
アレフはなにか言いたげそうだったが、そのたびにパメラの目付きが鋭くなったのでなにも言えなかった。
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一日の作業が終了。
夜。
離れの掘っ立て小屋。
ベルゼの家。
狭い空間にくたびれたベッド。あとはぼろい木製の小さな机があるだけ。
狭いのでベッドが椅子代わりになっている。
ベルゼは机に置いてあるウィスキーをコップに注いだ。
そして味わうようにゆっくりと飲む。
(やはり酒は『人間』が生み出したものでもっとも至高だな)
そう思いながらくつろいでいるベルゼ。するとくたびれたドアからノック音が聞こえてきた。
「誰ですか?」
とベルゼは言ったが、訪問者の想像は大方ついていた。この時間にアレフやパメラは来ない。
ましてや身寄りのないただの使用人のベルゼに、新規の訪問者など滅多に来ないから。
「お邪魔しまーす。…って相変わらず小汚くて狭い小屋ですねー…ですけどそれだけにあなたの美貌が映えますよー『ルシフェル』さま♪」
ドアが開くとそこには一人のシスターが立っていた。
修道服は本来体のラインが見えにくいが、グラマラスな肉体のせいで出るところがはっきりと出ていた。
修道帽から出ているピンク色の髪が腰まで届いている。
身長は160cmほどで、奇麗と可愛らしいを両立している小悪魔的な美女。
「『ガブ』その名で俺を呼ぶなと言ってるだろ。…って俺もそうだったな。偽名は…アスタルト…だったか?」
アスタルトと呼ばれたシスターは、もー二人きりなんだからーと甘い声を発しながら、遠慮なくベルゼの横にドスンと座り顔を寄せる。
「いつも通り『ガブリエル』って呼んでください♪」
そう甘えてくるアスタルトにベルゼはため息をつき、ウィスキーをコップに注ぐ。
「飲むか?コップ一個しかないから、回し飲みになるが」
ベルゼが真顔でそう聞くとアスタルトがぶーと、頬を膨らませる。
「相変わらずの朴念仁っぷりですねー。こんな美女が体摺り寄せてきてるのに、何とも思わないんですか?それともあれですか?勃起不全ですか?」
アスタルトの失礼な物言いにもどこ吹く風で、ウィスキーを飲むベルゼ。
「ガブ。お前が可愛いのは認めるし、女性として魅力もあるよ。だから『そういうの』が目的なら他所にいけよ。お前なら食い放題だろ?」
つれない返事を聞いてはーと深くため息をつき、ベルゼから少し距離をとるアスタルト。
「やーですよ。ルシフェルさま以外の男とヤるなんて想像しただけで吐き気がします。…じゃあ、真面目な話でもしますか?」
ここでアスタルトはウィスキーの瓶を手に取り、やけ気味にラッパのみし始めた。
度数の高いアルコールなので、普通は急性アルコール中毒を心配するものだがベルゼは
「おい!?今月それしか酒ないんだぞ!やめろ!!」
と。さっきまでの余裕の態度が一変し、慌ててアスタルトの暴飲を止めようとした。
アスタルトの身体よりも酒の心配をしていたのである。
だが時すでに遅しで空になったウィスキー瓶をどんと机に置くアスタルト。
顔がほんのり赤くなっている。
「そんなに酒が好きならなんでこんな片田舎で、奴隷みたいな生活してるんですか!?明けの明星とまで呼ばれ恐れられたあなたさまが!」
ヒートアップしたアスタルトだったが、しばしの沈黙が流れ冷静さを取り戻し失礼しましたと謝る。
しゅんとしてるアスタルトにベルゼが優しく頭をなでる。
「…ガブ、明けの明星は地に堕ちた。そしてお前もそれは同様だ。『天使としての力』を『ほぼ』失った『我々』が『今』、何をすべきか」
ベルゼの意味深な発言にアスタルトの目に光が戻る。
「じゃあ、ここで奴隷みたいな生活をしているのも何か意味があると?」
アスタルトの疑問に頷くベルゼ。
「どうせ地に堕ちたんだ。それなら最下層まで行ってやろうってな。不思議なもので、天界にいたころよりずっと『いろんなこと』が見えてきたよ」
そうくつくつ笑うベルゼを見て、伸び切った前髪で表情が良く見えなったがその仕草は『ガブリエル』の知っていた『ルシフェル』だった。
アスタルトに笑顔が戻る。
「少し安心しましたよー。じゃあ天使としての『再起』は考えているんですね?」
ベルゼはアスタルトの問いに右手を見ながら答える。
「天使としては無理だな。だが『堕天使』としてなら…堕ちた際に手に入れた能力『魂を冒涜する者』これがカギになるか」
堕天した天使は神の力を失うが、代わりに悪魔の力を得ることになる。
ベルゼの場合『魂を冒涜する者』だった。
他者の魂を抜き取り、貪り、己の力とする。
醜悪な力だ。
吸収された魂は浄化すら許されない。
「そんな力があるんだったら、どうしてすぐ行動に起こさないんです?いっぱい魂食べて強くなればいいじゃないですか」
アスタルトの率直な疑問にベルゼはうーむと悩む仕草をみせる。
「脆弱な人間や低俗なモンスターの魂をいくら集めたところで。『あのころ』の強さになれるとも思えんからな。かといって上位モンスターを狩るには単純に俺の力が足りない」
天使としての力を失ったベルゼの肉体はほぼ人間と同じで、違いがあるとすれば歳をとらないという事だ。これはすごいアドバンテージだが、怪我はするし、心臓を貫けられれば死ぬ。
天使兵としての技量や技術は残っていたので、弓や剣に関しては超一流の腕をもっているが、上位や超上位モンスターに勝てるかどうかは疑問が残った。
そう考えこむベルゼを見てアスタルトは一つ思い出し、不機嫌そうな顔に変わった。
「があああ!強い魂ってので馬鹿『ミカエル』のこと思い出しちゃいましたよー!!あのクソが裏切りゃなきゃ今頃こんなことには…」
「ガブ」
「は、はい!?」
憤怒していたアスタルトに途端声のトーンが変わったベルゼが呼びかける。思わず姿勢を正してしまうアスタルト。
「お前の気持ちはわかるし、お前がそう思うのも仕方ない。だが俺の前で『ミカ』の悪口は言うな」
それにあいつはお前の姉じゃないかと続けるベルゼ。
「でも…『あれだけのこと』をしたのに」
ここでベルゼはアスタルトを抱きしめた。
「!!?ルシフェル…さま?」
予想外の事に顔面が真っ赤になるアスタルト。
「『何があっても』ミカはお前の姉だし『何があっても』俺はミカの事を『お前同様』愛している…だからお前の口からミカの悪口を聞くととても悲しくなる」
「…じゃあなんで抱いてくれないんです?」
「それとこれとは話が別だ」
別じゃないですよう…と涙を流すアスタルトだった。
その後。
落ち着いたアスタルトはいつものように愚痴をベルゼにこぼしていた。
「もー本当キモいんですよ~。私は宗教上の理由で男と付き合えないって言ってるのに、言い寄ってくる野郎が絶えない絶えない…最近はナキリシス聖騎士団の男が私の噂をきいて、わざわざこんな田舎まで口説きにやってくるんですよ?キモすぎです」
アスタルトは村一番の美人といってもいい容姿だった。それに加えて豊満な肉体。そしてベルゼの前ではこんなかんじだが、他者には恐らく猫を被った口調で話しているのだろう。
そんな彼女が人気が出ないわけもなく。
「それに関してはお前の設定ミスとしか言えないな。お前の容姿で且つシスターともなれば、そりゃそうだろうとしか。そんなに言い寄られるのが嫌なら、冒険者とかそういうので良かったんじゃないか?」
凄腕の女冒険者となれば、凡百のくだらない男では下手に言い寄られることはないであろう。
アスタルトもかつてはベルゼと同じ、天使としては最上位の熾天使級の天使だった。
現在は天使としての力はほぼ残ってはいなかったが、ベルゼ同様に天使兵とのしての技量があったので
剣や弓の扱いには長けていた。
「んー、今にして思えばそうかもしれませんね。あたし回復の祝福とか得意だったし、だからシスターって設定なら野郎に言い寄られなくて済むかと思ったんですけど」
逆に『そういうの』が『そそる』って連中が多いんですねー、と下種を見るような目になって話すアスタルト。
「ああ、『そういう意味』では。この生活も静かで悪い事ばっかでもないんだぜ?」
そういって笑うベルゼ。
「…」
アスタルトは知っている。
伸び切った前髪に隠れた、ベルゼの顔を。
同姓すら見とれてしまおう程の凛々しくも美しい顔立ちを。
それなのになんでこんなみすぼらしい生活をしているのか。
「…ルシフェルさまが『なんで』こんな生活をしているのかが、なんとなくですけど少し分かった気がします」
そうジト目をベルゼに向けるアスタルト。
「…やっぱりお前は賢い子だ」
と、くつくつ笑うベルゼだった。