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未熟


「メリッサが倒れた?」

「はい」

何とも言えない、痛ましい顔をしたシュウェッテ卿から報告を聞いた時イズリーシュは驚いた。東宮付きの官長に、メリッサの事で何か変わったことがあればすぐに報告するように伝えておいたはずなのだ。だがそんな報告は何もイズリーシュのところへ上がってきていなかった。

「なぜだ、何か流行り病にでも‥」

「殿下」

シュウェッテ卿は不敬を承知で言葉を遮った。その厳しい顔つきを見てイズリーシュは言いかけた言葉を呑んだ。

「直ちに、東宮にお戻りいただきメリッサ様の様子を直接御覧になってください。そして侍女たちのお話をお聞き届けください。リッチェという侍女が詳しく事情をお話しできるかと存じます」

「‥それは、緊急か」

シュウェッテ卿は不敬ともとられかねない姿勢で真っ直ぐにイズリーシュの顔を正面から見つめた。

「今すぐにです。それがお出来になれないのでしたら、あの者は元の場所へ返すべきです」

真剣な表情でそう詰めてくるシュウェッテ卿を見て、イズリーシュは立ち上がった。そのまま東宮へ向かう。

彼女が困らないようにすべての手配を整えたはずだ。家族への知らせも面会も、彼女が望むようにと申しつけていたし、万が一体調が悪くなったりするようならすぐに知らせるようにとも申し伝えていた。

なぜ、を胸の中で繰り返しながら東宮へ急ぐ。

メリッサがやすんでいる部屋まで来て、ノックをした。すると中から侍女が扉を開けてくれた。

「ただいまお休み中ですので、お静かにお願い申し上げます」

小声で言う侍女に小さく頷いて、メリッサが寝ているベッドへ近づいていく。


その、あまりの変わりように愕然とした。


二か月前までの、あの怯えながらも元気がはちきれそうだった少女の顔はどこにもなかった。頬はこけ、目の下には濃い隈ができ、手足はやせ衰えて棒のようだ。布団の中にその身体が入っていることが嘘のように薄い。

言葉もなく、震えながらその顔を凝視していると、侍女が傍に寄ってきて控えた。侍女たちが連名で意見書を出したことも聞いていたイズリーシュは、強ばった顔のまま侍女に訊いた。

「何がどうなって、このような事態になったのだ」

侍女は強い目でじっとイズリーシュを見上げた。明らかにイズリーシュに対して怒りをこらえている顔だ。この侍女のこのような顔を見たことがなかったイズリーシュは、その気迫に少し身体を引いてしまった。

侍女はすう、と息を吸いこみ低い声で訥々と話し始めた。


まずもって、なぜ二か月も一切こちらに来なかったのか。

マナー教師たちの悪口雑言は王家の意思なのか。

平民のメリッサにはただでさえストレスの多い環境だったのに、なぜ家族にも一切会わせないのか。

食事がとれず痩せてきているとの報告をなぜ無視したのか。


そもそもメリッサを大切に扱おうという意思はないのか。


侍女が告げた内容は言葉こそ礼を尽くした慇懃なものだったが、その侍女からは怒りの炎がめらめらと燃え上がってきているようにイズリーシュは感じた。

実際、このような状態にまでメリッサを追い込んだ自分は何を言われても仕方がないのだろう。

だが、今の報告の中には聞き捨てならないものが多く含まれていた。

「待て。家族に会わせない、とはどういうことだ?すぐに連絡をして対面させるように申し伝えたはずだ。それにメリッサが痩せてきているという報告は受けていない。マナー教師たちの暴言もだ」


侍女は、初めてきちんと顔を上げてイズリーシュの顔を見た。まだ、疑っているような顔つきではあったが、イズリーシュが本当に解らない、という顔をしているのを見てため息をついた。その態度は無論不敬といえるものであるが、今イズリーシュは侍女を責める気にはなれなかった。

「‥‥皇太子殿下。東宮の管理責任者である官長はどなたが務められているかご存じですか?」

「アラゼン侯爵ではないのか」

そうすぐに答えたイズリーシュに対し、侍女はふっと顔を下げた。礼を失しないようにというよりは自分の顔を見られないように、という態度に見える。不満があるのだろう。

「言いたいことがあればすべて申せ」

「アラゼン侯爵は、ご自分のご息女を皇太子妃候補として推しておりました」

すぐに侍女は答えた。

イズリーシュはここに来てようやく気付いた。自分自身は、婚約者候補をすべて断っていたつもりだったので気にしていなかったが、貴族の中では誰を候補に挙げるかでかなり騒がしくなっていたことがあった。

今回、内々にではあるがメリッサを候補にすると周知したはずだ。‥それを面白く思わない筆頭がアラゼン侯爵だったのだろう。

だとすれば、メリッサを大切になど扱うはずがない。おそらく自分が指示したことは一切守られていなかったのだ。

「アラゼンが‥」


茫然と呟いたイズリーシュに、侍女は恐れげもなく噛みつくように言葉を継いだ。

「たとえアラゼン官長がメリッサ様にひどく当たられたとしても、時折殿下がご様子など見にいらしてくださったなら、ここまでの事態にはならなかったでしょう。‥殿下。不敬を承知で申し上げますが、メリッサ様を大事にお扱いできないのであれば、解放して差し上げてくださいませ。あまりにお気の毒です」

言い終わる頃には侍女の声は震えていた。この侍女は確かコンダール伯爵の娘だったはずだ。貴族の娘である侍女が平民の娘をかばってここまで言うということは、メリッサ自身の人柄をかなり買っていたのだろう。

そして、この侍女の言う事は、何一つ間違っていない。


イズリーシュはメリッサの顔を見つめた。このわずかな期間でここまで痩せ衰えた若い娘の顔色の悪さは、イズリーシュの胸に鋭い刃となって突き刺さった。

「‥‥私の未熟さのせいで、メリッサをひどい目に遭わせてしまった‥」

「そう、お思いでしたら」

「だが、メリッサを離してやるわけにはいかない。‥いかないんだ‥」

侍女は今度こそなりふり構わずイズリーシュの袖を掴み叫んだ。

「でしたら!でしたら殿下の全てをかけてでもお守りくださいませ!妃殿下になられる方お一人も守れないようでは将来殿下は‥」

「皇帝になどなれぬ、か?」

自嘲気味にそう言ったイズリーシュの言葉に、はっとした侍女は掴んでいたイズリーシュの袖を離し、数歩後ろに後すざって跪き頭を低く垂れた。

「‥出過ぎた事を申し上げました。いかようにも処分はお受け致します」

「よい。‥‥お前の言うことは何一つ間違ってはいない」

メリッサのこけた頬をそっと指先で撫でると、イズリーシュは振り向いた。

「皇太子妃教育の予定はすべてキャンセルさせる。お前たちはとにかく、メリッサが健康な身体に戻るように手配をしてくれ。メリッサの家族にどういう知らせが行っているのかなどは私が直々に調べる」

「かしこまりました。‥ご配慮ありがとうございます」

侍女は深く頭を下げた姿勢を崩さなかった。



お読みくださってありがとうございます。

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