再びの招待
本日、15時に最終話を投稿致します。
皇帝夫妻との対面から約一か月後、イズリーシュとメリッサの婚約は帝国内外に告知され、メリッサが全くの平民であることも併せて伝達された。属国、同盟国は粛々と受け止めたようだった。各国それぞれに思惑があろうとも、この段階で何か動きを見せるほど愚かな国もないようではあった。
貴族社会では、既に噂として広がっていたものが確定された、という捉え方のようだった。無論、全くの平民のメリッサを自分たちの上に戴くことに不快感を示す貴族もいる。しかし、とりあえず今の段階ではメリッサの左腕に燦然と輝く『大翼の守護』が、そういった者たちを黙らせた。あの国宝が、このような形で帝室に入る者に渡されること自体、存命の貴族たちは知らぬことであったからである。
これは、皇帝夫妻の『メリッサを大事に扱う、背くものは許さぬ』という確固たる決心を示すものでもあった。
婚約披露式典の中の、高位貴族へのお披露目会では、皇帝ハズラーニが列席者を前にして、
「メリッサのような者が、皇太子妃となることで帝国自由民の考えや目線も国政に反映されることが増えるだろう。数多くの属国、同盟国を持つ帝国にとって、これは得難いものだと考える」
と言ってくれたことで、メリッサはその後の婚約披露式典がぐっと過ごしやすくなった。
メリッサの元には多くの貴族たちが立ち並び、どのような人物なのかを見定めようとしていた。だが、メリッサはイズリーシュや侍女たちの助けを得ながら何とか乗り切った。
各同盟国、属国代表を交えた披露式典では、様々な国の代表や大使たちと挨拶を交わした。中には無礼な振る舞いに及ぶ大使の国もあったが、それはそれとして覚えていればいい、というイズリーシュの言葉に従った。
カハータ公国のジェスリア公女も、また美しい装いで出席しており、メリッサへの個人的なお祝いの品だとして、見たこともないような大きく美しいカハータ鉱石を贈られた。
「属国になったけんいうてまあうちの国は何ちゃ変わらんやろう。うちが大公になるかはわからんばってん、うちはずっとメリッサ様の味方やけんね!」
ジェスリア公女は扇の陰でメリッサにそう囁いて、ばちっとウインクを見せた。
怒涛の勢いで通り過ぎた婚約披露式典が全て終わり、メリッサとイズリーシュが二人ともほっと息をついたころ、ササライからまた招待状が来た。イズリーシュはすぐにメリッサと話し合って日程を調整し、訪問する旨をササライからもらっていた紙に記して返信した。
「あの魔法力師の家に行くのは、気が進みません」
前回も空き地でぼうっと一時間以上待つ羽目になったソルンは機嫌悪くそう呟いた。横でリッチェも力なく頷いている。魔法導体車の中で、イズリーシュとメリッサは目を見合わせて、くすりと笑った。
「それは申し訳ないな。時間を決めて待ち合わせようか?」
「いいえ、私どもはあの場所でお待ちしております!」
やけくそのようにソルンが言うのを、メリッサは申し訳なく思いながらも笑みがこぼれるのを止められなかった。
隣に座るイズリーシュが、優しく手を重ねてくれている。手が触れあうだけで、こんなにも心が温かくなって安心できるのだ、ということをイズリーシュが教えてくれた。
導体車が、カンメル地区の広場に着く。相変わらず治安はあまりよくないように見える。だが、婚約披露式典が終わったばかりのその余波があるのか、小さな屋台を出しているものが以前よりも増えているように見えた。店が増えたのなら、そこで働くものも増えたということだ。多少なり、婚約が何かのきっかけになったのかも、とメリッサは人ごとのように考えた。
護衛騎士たちに守られながら、以前に訪れた空き地に着いた。今度は確信をもって、イズリーシュがメリッサの手を引き、柵の中に踏み入っていく。
と、すぐに場面が変わり、ササライの家の中に入っていた。
「おーい、ようこそ!どうぞこちらに!」
のんびりとしたササライの声が、居間の方から聞こえてくる。二人は顔を見合わせ、ゆっくりと居間の方へ向かっていった。
ササライは以前のように卵型の椅子に座って待ち構えていた。つやつやと磨かれたテーブルには薄いクリーム色のテーブルクロスが敷かれ、その上に今日は薄い桃紅色のティーセットが置かれている。以前訪れた時にはケーキスタンドにならんでいたのは焼き菓子が中心だったが、今日はたっぷりのクリームや果実で彩りよく飾られた菓子が中心に並べられていた。
また、今回はテーブルの中央に鮮やかな花々が活けられた籠も飾られていた。
ササライは二人に座るように目で促し、また魔法力でポットを動かしお茶を注いだ。しかし今回のお茶は色が真っ黒だ。そんな色のお茶は焙煎茶でも見たことがなかったので、メリッサは驚いた。
だが、イズリーシュは知っていたようでササライに尋ねた。
「これは、珈琲ですか?」
「おお、さすが皇太子殿下!海の向こう、ハイタイル法王国で流行り始めているんですよ。かの国は魔法力応用、活用については最先端ですからぼくも時々覗きに行くんです」
ササライはそう言ってすーっと珈琲の入ったカップを二人の前に滑らせた。そして、クリームと砂糖、蜂蜜などが入っている小瓶も滑らせる。
「初めて飲む方だと苦みしか感じられないかもしれませんから。お好みでこちらを加えてみてください」
言われてイズリーシュはまずそのまま一口飲んでみた。なるほど、確かに苦みはあるがその奥に爽やかな酸味もあり、口の中に豊かな香りが広がっていく。
「‥私は、このままでも好きです。何だか、頭がすっきりするような香りですね」
ササライはニコッと笑った。
「些少ですが、そのような作用もあるらしいです。ただ、飲みすぎると人によっては夜眠れなくなるらしいので、その点だけお気をつけてくださいね」
二人のやり取りを聞きながらメリッサもそっと黒い飲み物を口にしてみる。確かに何とも言えないよい香りがしたが、口に含むととてもではないが苦くて我慢できなかった。クリームポットを取って少し加えてみる。再び飲んでみるとずいぶんと口当たりがまろやかになった。が、まだ苦い。メリッサはそっと砂糖を二つ、入れた。
その様子を見ながら、ササライは声を上げて笑っていた。
お読みくださってありがとうございます。次回、最終話です。




