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理由と結果


「ああ、精霊が気まぐれに祝福(おくりもの)をすることがあるのさ。あんたもそれをもらっているようだ」

「不敬な!」

子どものぞんざいな言葉遣いに侍従たちが憤慨して遮ろうとするのを、イズリーシュは再び制する。そしてゆっくりと尋ねた。

「それは、私が見えている数字の事を指しているのか?」

「数字?‥ふうん。ちょっと手を貸しな」

そういって子どもはぞんざいにイズリーシュの手を握った。ぶわ!と何かが身体を覆う。あたりの数字の見え方が変わった。いや、周りの人々の額は白く輝いていて、何の数字も読み取れない。こんなことは初めてだった。

子どもはさっと手を離した。イズリーシュは眩暈がして少しよろめいた。

「殿下!」

「大丈夫ですか?!」

「おのれ不届き者め!」

侍従と護衛騎士たちが子どもを掴み上げた。だが子どもは平然としている。イズリーシュは頭を振りながらそれをとどめた。

「よい!やめろ!‥お前にはこれが何か、わかるのか?わかるなら、教えてほしい」

側仕えの者たちにしぶしぶ地面に下ろされた子どもは、気にしたふうでもなくじろりとイズリーシュの顔を見やった。

「わからない方が幸せかもしれないが。知りたいかね?」

「ああ、知りたい。ずっと気になっていたんだ」

真剣に言うイズリーシュの顔を見て、子どもはにやりと笑った。そしてイズリーシュの服を掴んで引っ張る。「耳を貸しな」というので、子どもの顔の近くにしゃがみこんだ。

子どもは耳の傍でささやいた。





「あの数字はね。子どもの数だよ。お前が一人で見えている数字は、その人とお前が番ったらできる子どもの数字を示している。‥お前はなかなか子どもには恵まれなさそうだね。‥お前が手を繋いだら、繋いだ相手と見えている人の間の子どもの数が見えるのさ。‥嘘だと思うなら、結婚している人間の手を握って伴侶の顔を見てごらんよ」


そう言って子どもは駆け出していった。護衛騎士たちが「待て!」と後を追っていったが、どこに消えたのやらその子どもの行方はわからずじまいだった。


子どもに言われた後、イズリーシュは結婚している夫婦に頼み込んで、片っ端から手を握らせてもらった。額に見える数字はすでに持っている子どもの数か、またはその後生まれた子どもの数と一致していた。自分の両親の手も握ってみたが、お互い「1」という数字だった。つまりイズリーシュの事だ。この後、両親には子どもは生まれないということである。


そして今まで見えてきた人々の額の0の意味を知って慄然とした。

自分には、子どもができない。

たった一人の皇位継承者なのに。

もう両親には子どもが生まれないのに。

ありとあらゆる人に出会ったが、0以外の数字は表れなかった。近頃帝国では魔法医学が進み同性同士でも子どもが授かれるようになってきている。イズリーシュ自身は異性愛者ではあったが、もしやと思って男性を見ても全員0であることに変わりはなかった。


そこまでイズリーシュが話した時、メリッサはがたがたと震え出した。この話の落ち着くところの想像がついたのだ。

「で、でん、か‥」

「うん。‥メリッサが、初めて0以外の数字を持っていたんだ。メリッサの額には、4とある。‥メリッサと結婚すれば私は四人の子どもが持てる」


メリッサはもう身体の震えが止まらなかった。

好きでもない、しかも皇族、将来の皇帝陛下と、子どもを儲けるためだけに結婚をしなくてはならない。

その現実が今、重く重くメリッサの心にのしかかってきた。

「ふっ、ううっ」

喉が詰まる。息ができない。なのに涙だけがとめどなく溢れてくる。

「メリッサ」

「い、いや、いやああ!」

悲鳴をあげて泣き叫んだ。もう不敬だなんだということは頭から抜け落ちていた。

なぜ。

なぜ自分が。

こんなこと昨日までは想像もしていなかったのに。

メリッサは息ができなくなるまで泣き叫び、過呼吸気味になってきた。イズリーシュは必死になだめようとしたが、イズリーシュの言葉はメリッサには届かない。仕方なくイズリーシュは侍女を呼んで医師を手配するように言い、その場を去った。

「ごめんね、メリッサ」

との言葉を残して。



あまりの衝撃と驚きで、メリッサは過呼吸になり医師らが急いでやってきて色々と手当てをしていった。

鎮静剤も投与され、今は落ち着いている。侍女が温かいハーブティーを持ってきてくれて、それを飲めばまた少し気持ちが落ち着いた。

侍女は下がらずに微笑んだまま、少し離れたところに控えている。

普段であればとても話しかけられる身分ではない(侍女は貴族子女がなっていることも多い)のだが、心細くなったメリッサは思わず小声でその侍女に話しかけていた。

「あの‥すみません」

「はい、何でしょうメリッサ様」

様付で呼ばれて心臓がひっくり返りそうになる。十八年の人生で様付で呼ばれたことなど一度もないのだ。

「あの、ただのメリッサです!」

「いえ、殿下の婚約者となられるお方ですから。‥私のことはリッチェとお呼びください」


侍女の口から婚約が決定であるかのようなことを言われ、また沈んだ気持ちになる。‥‥本来であれば喜ぶべきところなのだろう。だがメリッサにとっては、皇太子殿下との婚約は死刑執行と同じような響きでしかなかった。

「リッチェ様、あたし平民で、何の知識も教養もないんです」

リッチェは微笑んだ。

「これから身につけられれば問題はないかと存じます。私のことはどうぞリッチェとお呼び捨てくださいませ」

メリッサは一瞬口ごもった。こんな、見るからに貴族子女といった風情の美しい侍女を、自分が呼び捨てにできるとは到底思えなかった。

「り、リッチェさんと呼ばせてください‥あの、殿下は‥本気なんでしょうか、あたしのような‥」

リッチェは少し困ったような顔をしたが、柔らかく返事をした。

「これまで殿下は、どのように勧められてもご婚約を承知なさいませんでした。‥ですがメリッサ様との婚約に関してはご自分から各所に動かれて婚約の手続が滞りなくできるよう、既に手配を始めておられます」

「えっ‥」



お読みくださってありがとうございます。

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