贈り物と告白
最後の方が少し小声になったので、メリッサはよく聞き取れなかったが、とにかく自分に対して好意を持ってくれていることはわかった。顔がどんどん赤くなるのがわかったが、まだ話は終わっていないようだったので、何度も瞬きをしながらメリッサは一生懸命イズリーシュの顔を見つめた。
「この、飾り紐は。その‥市民の間でこういうものを贈るのが流行っていると、側仕の子に聞いて‥初めて、私が編んでみたんだ」
「ええ!?イズリーシュ様が!?」
メリッサは心底驚いた。確かに、恋人同士でお互いに編んだ飾り紐を贈り合い、切れる前に結婚しよう、という約束事をするのは王都の若者の間では定番のやりとりだ。手にあてられた時一瞬それが頭をよぎったが、まさかにイズリーシュはそんなことは知らないだろうと、すぐ頭から消えたことであったのに。
イズリーシュは少し顔を赤らめつつ、言葉を続けた。
「教えてもらいながら編んだんだけど、どうもあまりうまくできなくて‥この程度でも何とか形になった方なんだ。ちょっとみっともない、んだけど‥よかったら受け取ってほしい。宝石なんかの方がいいかと思ったんだけど、‥私の手で、何かあなたに贈りたかったんだ」
「イズ、リーシュ、様‥」
じわり、と涙がこみあげてくるのがわかった。
あんなに忙しい人なのに、贈り物なんて、買えば済むものなのに、この方は私を思って何度も飾り紐を編んでくださったんだ。
「あり、がとう、ございます‥嬉しいです‥」
そう、やっとのことで言ったメリッサに、イズリーシュは明らかにほっとした顔をした。
「よかった、こんな不出来なものじゃあ、って言われたら今度こそ本職の者に弟子入りしなきゃかなって思ってたんだ。腕に結んでいいかい?」
「お願いします」
メリッサは左手でそっと涙をぬぐった。鼻の奥がつんと痛くなる。嬉しい。これを贈ろうと思ったイズリーシュの、その気持ちが嬉しい。
これは、この気持ちを伝えなければ、とメリッサは思った。
「よし、できた。一応、あなたの髪色と私の髪色で合わせた糸にしたんだ」
少々いびつな飾り紐が巻かれた手首を、メリッサは見つめて微笑んだ。
「イズリーシュ様、嬉しいです。ありがとうございます」
メリッサは手首に結ばれた飾り紐を指先でなぞるように撫でた。ぼこぼこした編み目が愛おしい。この紐の前に何本の失敗作があったんだろう。
「私、怖かったです。最初にイズリーシュ様に求婚された時‥どうなってしまうんだろうって、不敬罪に問われるんじゃないかって」
イズリーシュは挟むように摘まんだメリッサの指から手を離さない。その指先が、少し震えているような気がする。それに気づいて、メリッサは左手を飾り紐からするっとイズリーシュの手に滑らせてその指先を握りしめた。
イズリーシュの顔に、さっと朱が奔った。
「ここに来てからも、怖くて、訳がわからなくて‥理由を伺って、なんで自分なんだ、と正直呪いましたし恨みました」
イズリーシュが震える手でメリッサの左手を握り返してくる。それをまたメリッサも握り返した。手の先に心臓が来たかのように、そこでどくどくと拍動しているのを感じる。
「でも‥イズリーシュ様の優しさやお気遣いに触れていくたび、‥怖さが少しずつ減っていって、侍女の皆さんや東宮の皆さんにも優しくしていただいて‥いろいろ勉強するうちに、イズリーシュ様の置かれている状況もわかってきて」
たどたどしく言葉を吐き出しながら、メリッサはふうと息をつき、眉を少し下げてイズリーシュを見た。
「すみません、うまくまとめられなくて」
「いや、いいんだ。メリッサの言葉で、素直な気持ちを聞かせてくれ」
イズリーシュのその言葉を聞いて、メリッサはすう、と深呼吸をした。
「イズリーシュ様の傍で、生きていこう、って思えました」
イズリーシュがぐっと握った手に力を込めた。
「あの、‥愛、なのかは正直まだわかりません、ですが‥私はイズリーシュ様が」
「待ってメリッサ」
イズリーシュが、両手でメリッサの両手を取り、握りしめた。そして言った。
「私に、先にきちんと言わせてくれ。‥メリッサ、私はあなたが好きだ。素直で努力家で、明晰なあなたを知るたびに惹かれていた。私とともに生きてくれ」
ほろっとメリッサの瞳から涙が零れた。
「イズリーシュ様、私も‥好きです。好きに、なっていました。‥この先、正妃を別に娶られたとしても私は」
もう我慢できなかった。イズリーシュはぐいっとメリッサの腕を引きその華奢な身体を腕の中に閉じ込めた。ほのかに花のにおいがする。メリッサから初めて手紙をもらった時にかいだ香りと同じだ、と思った。
メリッサはいきなり抱きしめられて驚き、戸惑った。少し離れた場所では護衛騎士や侍従侍女たちが見ているというのに。
イズリーシュはメリッサを抱きしめる腕にぎゅうと力を込めた。
「メリッサ、生涯私の妃はあなたしかいない。あなたの他に求めない。ここでそれを誓おう」
「イズリーシュ様‥」
メリッサはおずおずとイズリーシュの腰のところにそっと手を添えた。イズリーシュの腕の中は、とても温かかった。
庭園で飾り紐を贈られてからあっという間に十日が過ぎた。侍女たちはメリッサとイズリーシュが心を通わせられたことを、わがことのように喜び祝辞を述べてくれた。そしていつもにましてメリッサを磨き上げ、装飾品についての知恵を授けていった。メリッサもこれまで全く知らなかった貴金属や宝石、現在の宮中での流行、話題に上っていることなどを吸収していった。
この十日余りの間にも、イズリーシュはまめに顔を見せた。ほんの五分ほどしか滞在できない時もあり、またソルンの目を盗んでやってきては引きずられて帰っていくこともあった。そのように自分を気にかけてくれるイズリーシュに、メリッサは感謝するとともに愛おしいという気持ちも強くなっていっていた。
そして、メリッサも飾り紐を編んだ。イズリーシュが髪色に合わせて編んでくれたので、メリッサは瞳の色に合わせ、濃い紫と朽葉色の糸をもとめて編み込んだ。こういった飾り物を作るのは、庶民の間では当たり前であったので、メリッサの作った飾り紐は編み目もきっちりと揃っていて美しかった。
メリッサの部屋にイズリーシュが来てくれた時、はにかみながらこの飾り紐を差し出すとイズリーシュは呆気にとられた顔をした。
「え、メリッサ、この紐‥どのくらいで編んだのですか」
「これくらいですと半日もかかりません」
「え‥メリッサは器用なんですね‥」
何日もかかったうえ失敗もたくさんしたイズリーシュは、感心したような目でメリッサを見てくる。いや、こんなものすぐできる、と思ったがそう言えばイズリーシュの心を砕いてしまいそうなので黙っていた。
メリッサと同じように手首に巻いてやると、イズリーシュは頬を紅潮させて喜んだ。
「この紐が切れる前に、結婚式を挙げたいですね」
嬉しそうに紐を撫でながらそう言うイズリーシュに、メリッサも頬を赤らめながら頷いた。
そんな二人を、侍従侍女たちは生温かい目で見守っていた。
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