友に
「私は‥未熟です。なまじ、環境のせいである程度色々できましたから、自分は『できる』人間だと思ってきました。ですが、‥未熟だと思い知った。どうか、私に今後も助言をしていただけませんか?帝国魔法力師団にでなくとも、何か職位を作りますから、ぜひ皇宮に‥」
「殿下」
言い募るイズリーシュを制するようにササライはその言葉を遮った。その言葉の調子と表情に含まれる厳しさに気づいたイズリーシュは、はっとした少し身体を引いた。
「野にあるからこそ、見えるものもあります。そして‥ぼくを必要とする場所は皇宮ではない。ぼくは、結構この辺りでは頼られている存在なんですよ?」
ササライは少しおどけたように言って、ぱちりとウインクしてみせた。イズリーシュは、また自分の浅薄さに気づいて少しばかり顔を赤くした。自分本位にものを考えてしまう癖というのは、なかなか抜けないもののようだ。
イズリーシュは身を引いたまま、少し頭を下げた。
「浅慮でした。申し訳ありません」
ササライはふふっと笑った。そしてメリッサの方を向いて言った。
「さあ、メリッサさん、追加のお菓子も是非食べてください。せっかく友人を招いたのにお菓子も食べてもらえないんじゃ悲しいですよ」
「あ、はい!」
メリッサは頷いて、ケーキスタンドから菓子をサーブした。少し迷ったが他に人もいないので、イズリーシュの皿にもいくつか菓子をサーブしておいた。そしてカトラリーを使って食べ始める。
「‥とても美味しいです!スグロのパイですか?今はスグロの時期ではないのにすごいですね」
「ええ、少し遠くの土地から取り寄せてみました。喜んでいただけて嬉しいですよ。ほら、殿下も召し上がって」
促されたイズリーシュは、素直に自分の席に戻り、サーブされている菓子を口にした。濃厚な果実の甘みと菓子のコクが口いっぱいに広がる。
「確かに美味です。ありがとうございます」
ササライはまたふふっと小さく笑い声をあげた。メリッサを見れば、完璧なテーブルマナーで茶と菓子を口にしている。いかに、これまでメリッサが頑張ってきたのかがその所作を見てもわかる。イズリーシュはその事にも感謝しなければならないのだ、と思いメリッサに言った。
「メリッサ、作法は完璧です。私の‥帝国のために日々努力をしてくださって、ありがとうございます」
メリッサは驚いてフォークを置いた。イズリーシュの顔を見れば、慈愛に溢れた表情で優しく自分を見つめてくれている。これまでの皇太子妃教育を頑張ったことが、その一言でも報われたような気がした。無論、おさめなければならないことは作法だけではないのだが、今はイズリーシュの言葉が嬉しかった。
「ありがとう、ございます‥」
イズリーシュはメリッサに微笑みかけてから、またササライの方を向いた。
「ササライ殿、‥時折、あなたにお手紙など差し上げてもよろしいでしょうか。あなたのご意見を伺いたい時もありますし‥」
そこまで言って、イズリーシュは少し恥ずかしそうに下を向いて言葉を切った。そして、言おうか言うまいか、という態度をしばし見せてから、思い切ったように顔を上げてひと息に言った。
「わ、私もあなたの友人に加えていただければと思いますので!」
ササライは目を丸くして、きょとんとした顔をした。一瞬、イズリーシュの目を見て、それから大声で笑い出した。
「あははは!いやいや、殿下随分と素直になられましたねえ!」
イズリーシュは顔を真っ赤にして下を向いた。我から望んで友になりたいと言ったのも思ったのも初めてだった。ササライがメリッサの事を友人と言っていることにもやもやしていたのはおそらく嫉妬だったのだろう。しかし、こうやって言葉を交わしてみて、自分もその中に入れてほしいと思ってしまったのだ。
といっても、自分から友人を求めたことがなかったので、何とも直截なものの言い方になってしまった。
ササライは目のふちに浮かんだ涙を右手で拭いながら言った。
「ええ、わかりました。僕のところに届けられる手紙用の紙を差し上げておきましょう。‥まあ、ぼくも案外忙しいですから、いつでもお返事を差し上げられるかはわかりませんが」
そう言ってササライは右手をすっと高くあげた。すると、どこからともなく小さな紙の束がその手の先にやってきた。ササライが右手を振り下ろすと、その紙の束はすーっとイズリーシュの前のテーブルの上に着地した。
「メリッサさんとお二人で分けてください。その紙を折りたたんで、ササライ、と書いてくださればぼくのところに飛んできます」
そう言ってササライは優しい微笑みを浮かべた。
その後、一時間ほどメリッサとイズリーシュはササライと語り合って過ごした。腹蔵なく、知識の深い者と心ゆくまで語り合う喜びをイズリーシュは知った。メリッサは学んだ知識が、会話を理解し考察するのに役立っていることや会話の中に活かされていることに感動して、もっともっと話を聞きたくなった。
この一時間余りは瞬く間に過ぎた。ササライの部屋にのどかなカウベルのような鐘の音が響いた。
「ああ、そろそろお時間です。おつきの方々も随分気を揉んでいるようですし、そろそろお開きにしなければ。メリッサさん、殿下、楽しい時間でした」
ササライはそう言って右手をさっと振り、テーブルの上のティーセットを全て消した。そして、柔らかく微笑んで二人を見た。
「言葉を尽くさなければわかり合えないことはたくさんあります。かといって、言葉を尽くせば必ずわかり合えるという訳でもない。人というのは難しいものです」
「そう、ですね‥」
イズリーシュはこれまでの来し方を思い、ぽつりと呟いた。メリッサは黙って二人のやり取りを見守っている。
「ですから、あなた方のように育ってきた環境や価値観が違う方々は、お互いに歩み寄る努力を怠ってはいけません。怠れば‥不理解と不和がやってきます。ま、それでもいい場合もあるかもしれませんが」
少し意地悪げな笑みを浮かべたササライに、メリッサは慌てた。努力を怠るな、と言われていることはわかった。
「あの、努力、します。言いたいことを‥言えるように」
「私も、メリッサの言葉や、気持ちに耳を傾けるよう努力します」
イズリーシュもそう言い添える。
ササライは、また右手を高く上げた。
「では、また機会があれば、お目にかかりましょう」
「殿下!」
「メリッサ様!!」
突然、空き地に戻ってきた二人を、侍従侍女、護衛騎士が安堵して取り囲んだ。ソルンはまだ顔色が蒼白だ。
「で、殿下‥ご無事で何よりでした‥」
「心配をかけたな、ソルン。‥しかし顔色が悪い」
「生きた心地がしませんでしたよ‥」
思わず砕けた言葉になっている、この長年の付き合いの侍従の姿に、イズリーシュはふっと笑った。
その横では、ソルンに負けず劣らず蒼白な顔つきになっていたリッチェが、震える手でメリッサの手を握りしめていた。
「よかった、よかったです、お戻りに、なられて‥」
「リッチェさん、随分お待たせしてしまったようで、すみませんでした」
「いえ!いえ、そんな‥」
リッチェの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「さあ、帰ろうか。‥メリッサ」
イズリーシュは一同に声をかけて、それからメリッサの傍に近づいた。そしてすっと右手を差し出す。メリッサもその手を取って歩き出した。
護衛騎士に先導されながら歩く二人の姿に、ソルンとリッチェは思わず顔を見合わせた。
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