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申し訳ありませんが、結婚してください  作者: 命知叶


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タシーナ=セロレーン


「へええ、お前なの」

メリッサは軽く頭を下げた状態で固まっている。本人が名乗りもしない状態では、メリッサも名乗ることはできない。

セロレーン夫人はゆっくりとメリッサの周りを歩きながら十分に観察をした。


大して美しくもないし、覇気もない。本当に平凡な小娘に過ぎないではないか。これならまだ、妹であるアライアンヌの方がマシだった、とセロレーン夫人は内心で思った(皇后は結婚前、アイシュタルの秘宝と言われるほど美しかったのだが)。


身につけた衣装も含め、じろじろと検分してからセロレーン夫人は意地悪そうに笑った。

「まあ、本当にみすぼらしい平民なのね!イズリーシュはどうしてしまったのかしら?」

殿下を、呼び捨てにされている‥?緊張の中でも思わずメリッサは小首をかしげた。この夫人は、確かに皇后陛下の姉かもしれないが、皇族という訳でもなし身分は「侯爵夫人」に過ぎない。

皇太子であるイズリーシュを呼び捨てにできる身分ではない筈だが、自分は学び間違いをしているのだろうか。

「お前、どこから入り込んできたの?どんな手でイズリーシュを騙したのかしら?」


メリッサは戸惑った。まだ名乗りを受けていない。このような会話の運びは、作法の中に含まれていなかった気がする。それとも、個人的に急に訪ねてこられたから、本来のマナーとは違う何かがあるのだろうか。

顔を上げていいか、迷ってこっそりリッチェの方を見れば、今まで見たこともないような厳しい顔でセロレーン夫人を睨んでいた。

えっ、リッチェさんその顔は大丈夫ですか、と思わず心配になって顔を上げたメリッサの耳に、リッチェの低い声が響いてきた。

「セロレーン侯爵夫人、まずは名乗りをしていただきませんと会話が始まりません。‥‥ご承知でしょうが」

リッチェはどうしても最後の一言を付け加えずにはいられなかった。


セロレーン夫人はぎろりとリッチェを睨んだ。

「生意気な女ね!お前に指図される謂れはないわ!黙りなさい!」

そしてまたメリッサの方を向いた。

「名前も言えないの?何とかお言いなさい!」

メリッサは仕方なく、軽く膝を引いて辞儀礼をした。

「メリッサ=ロントです。皇太子殿下の翼のもとにあります。よろしくお見知りおきくださいませ」

メリッサは、作法講師に言われていた通りの挨拶をした。美しい所作に仕上がっていることを確認して、リッチェの顔に少し笑みが戻る。


だが、セロレーン夫人は相変わらず手袋の片方をぱしぱしと掌に打ちつけていた。ちなみにこれは大変に行儀の悪い行いであるが、もはや誰もセロレーン夫人にそのことを指摘しない。

彼女が恥をかいても、どうでもいいと思われているからだ。

だが、セロレーン夫人本人は誰にも注意されない自分のことを、皇后の姉で身分が高いから皆が敬っているのだ、と思い違いをしていた。

「イズリーシュの翼のもと、ですって?何と不敬な!お前のような平民が畏れ多いとは思わないの⁉」

メリッサは何度か瞬きをして夫人を見た。婚約者候補であるからには、このように挨拶をするのですよ、と言われたからそういったに過ぎないのだが、間違っていたのだろうか。

「‥お、畏れ多い、とは思いますが‥作法のクルミナン先生よりご挨拶の際にはこのように述べよとご教示いただきましたので‥」

メリッサは全く何の含みもなくそう言ったに過ぎなかったのだが、セロレーン夫人の頬にカッと朱が走った。


「お前のような平民ごときが、私に作法を語るのか!?」

クルミナン夫人は、作法や儀礼の大家として帝国内でも相当に評価を得ている女性である。つまり、クルミナン夫人のいう挨拶に間違いがあろうはずがない。

メリッサに全くそのような意図はなかったのだが、結果として「あなたの考える作法が大間違いですよ」と面と向かって非難したことになってしまったのだ。


だが、メリッサは一切その事に気づいてはいない。そのアンバランスさがおかしくて、リッチェは必死に嘲笑をかみ殺した。とはいえ、メリッサはこの状況がうまく把握できずにおどおどしてしまっている。

「セロレーン侯爵夫人、メリッサ様は現在皇太子妃教育のさなかにおられますので、教本通りの対応になってしまいます。ご了承くださいませ」

リッチェは横から何とかおさまるようにと声をかけた。セロレーン夫人は手袋をぎゅうぎゅうと両手で引っ張りながら、苛々とした目つきでメリッサを睨む。


「お前は本当に皇太子妃になれると思っているの?なんと厚かましい。さっさと辞退してここから出ていきなさい。ここにいられるのは高貴な身分のものだけなのよ!」

セロレーン夫人は、ほとんど出入りを許されなかったこの東宮に、平凡な平民の少女が美しい衣装を身にまといとどまっていること自体が許せなかった。何もわかっていない、という風なメリッサの顔を見ているだけで苛々してくる。

メリッサはセロレーン夫人にそう言われ、内心(え、いいの?)と思った。

メリッサはある程度の覚悟は決めたとはいえ、解放されるならイズリーシュへのほのかな心も呑み込んで今すぐに自宅に帰りたいくらいの気持ちはまだ持っている。


「え、あの、ここから出ていってもよろしいのですか?」

思わずそう言いかけたメリッサに、リッチェが悲鳴をあげた。

「メリッサ様!」

「あら、ようやく分不相応なことがわかったのね!わかったならさっさと出ていきなさい!‥そこの騎士!この女を東宮の外まで監視して追い出しなさい!」

満足そうに扉付近で控えていた護衛騎士を顎で指したセロレーン夫人と対照的に、部屋に控えていた使用人たちが驚きのあまり全員固まった。

メリッサは、身分の高いこのご婦人がそういうなら出ていっていいのだろう、と判断して、衣装部屋に向かおうとした。わずかながらの自分の荷物も持ちだしたいし、何よりこのドレスでは帰れない。

リッチェは動き出そうとしたメリッサに慌てて追いすがった。

「メリッサ様、ここから出られるのは皇太子殿下がお許しになりません」

「うるさいわね下女の分際で!伯母である私がいいと言っているのだからいいのよ!」

またセロレーン夫人がリッチェに向かって甲高い声を上げた。メリッサは、リッチェとセロレーン夫人の言葉にどうするべきか迷ったが、とりあえずこのご婦人の方が今は恐ろしい。今日も今日とて大きな指輪が夫人の手におさまっている。あれで殴られたら顔の形が変わりそうだ。

「リッチェさん、すみません」

メリッサは小声で囁いて、そっとリッチェの腕を離した。そのまま衣装部屋に行こうとするメリッサの背中を、セロレーン夫人がドン!と強く押した。

「早くしなさい!」

メリッサは思わぬ攻撃を受けて前につんのめり、顔から激しく床に倒れてしまった。ゴツ、という音が鈍く部屋に響いた。


お読みくださってありがとうございます。

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