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散会


小鳥が飛び去った後は、何事もなかったかのようにお茶会は進んだ。イズリーシュは、メリッサの暮らしの様子を熱心に聞きたがったし、メリッサもたどたどしく自分の学んでいることを請われるままに披露したりした。

このところ目の回るような忙しさの中にいたイズリーシュは、メリッサと話していると心がほっと緩むのを感じた。メリッサ自身には、イズリーシュと話すときまだ緊張しているのは見えるのだが、ひところに見られたような諦観や畏怖の念があまり見られなくなってきている。イズリーシュには、何よりそれが嬉しかった。


また、メリッサ自身にも変化は表れてきていた。

メリッサが感情を爆発させた時のイズリーシュの顔、そして先日のイズリーシュの振る舞い、さらには今日のイズリーシュの行動。

「帝国皇太子」としてのイズリーシュだけではなく、一人の、同じ年頃の青年としてのイズリーシュの姿が、メリッサの目に見えるようになってきていたからだろう。

行儀悪く、お菓子を手でつまんで食べてみせるイズリーシュに、メリッサは思わず声を上げて笑っていた。


その笑顔を見たイズリーシュは、一瞬呆けたような顔をして固まった。それに気づいたメリッサが、(不敬だったろうか)と慌てて頭を下げた。

「殿下、すみません、あの」

「いや!いや‥メリッサの、そんな笑顔を初めて見たと思って‥」

イズリーシュはそう言って口ごもり、俯いた。

様子がよくわからないメリッサも、わからないながらに下を向いたまま顔を上げられない。

二人の間に奇妙な沈黙が訪れるのを、侍女、侍従たちは歯がゆい思いで眺めた。


とうとうしびれを切らしたソルンが口を挟んだ。

「メリッサ様、殿下はメリッサ様の笑顔がかわいらしくて感動なさっていただけですよ。‥このように女性と親しくお付き合いをしたことも、殿下はありませんので‥」

メリッサは思わず顔を上げて口走った。

「えっ、殿下は恋人がいらっしゃったことはないんですか?」

恐らく帝国内外にいるだろう美姫麗人に囲まれてきたイズリーシュに、今まで恋人の一人もいなかったとは、到底メリッサには信じられなかった。

メリッサのその言葉に弾かれたように、イズリーシュは顔を上げた。

「わ、私は、誰とも恋人になどなったことはない!閨教育だって実践はしていないし‥」


閨教育、というパワーワードを聞いたメリッサは、ボン!と顔を赤くした。まさかにそんな直接的な言葉が出てくるとは思わなかったのだ。イズリーシュもしまった、という顔をして口を左手で塞いだ。

「‥すまない、このような席で言う事ではなかった‥」

「あ、いえ、私が変なことを申し上げてしまったので‥」


再び二人とも下を向いて沈黙になる。周りの人々は年若い二人の行動に、内心うずうずしていたが賢明にもこの場では沈黙を貫いていた。


少しの沈黙の後イズリーシュが、んん、と咳払いをしてから言葉を続けた。

「‥‥ともかく、あの、私は女性と深い仲になったことも、このようにお茶をしたことも、ない。あなただけだ、メリッサ」

愛の告白を受けたわけでもないのに、イズリーシュの言葉には熱がこもっているような気がして、メリッサは恥ずかしさのあまり顔が上げられなかった。周りに侍従侍女、護衛騎士までいる状況でこれは耐えられない。とはいえ、イズリーシュと真の意味で二人きりになることなど‥‥それこそ夫婦となった閨の中くらいしかないだろうから、慣れなければならないのだ。

メリッサは、必死に返答を絞り出した。

「わかりました、殿下、あの」

メリッサはなけなしの勇気を振り絞った。

「私も、お付き合いをしたこともないですし、あの、恋人がいたこともありません」


イズリーシュはまた、口を開けた間抜けな顔をしてメリッサを眺めた。

純潔でなくてもよかった、とメリッサに言った時にはその言葉の意味を深く考えていなかったのに、今、メリッサから純潔を保っている言葉を聞いて、胸の中に何とも言えない感情がこみあげてくる。

それが言い知れぬ喜びなのだと悟った時、イズリーシュの顔はかあっと赤くなった。

それを見た侍従侍女たちは、驚いた。あまり顔色を変えることのないイズリーシュを見慣れていたからである。


「それ、は、‥嬉しいです、メリッサ」

「は、はい」

お互い顔を真っ赤にしてうつむいている年若い男女を囲んでいる周りの人々は、生ぬるい笑みを浮かべて見守ることに徹していた。


少し日が陰ってきて、お茶会は散会となった。去り際、イズリーシュが思い出したようにメリッサに言った。

「メリッサ、まだ日程ははっきりできませんが、ひと月以内には私の両親に会えると思います。婚約と結婚の報告を二人でしましょう」

「報告、ですか?」

まさかに、平民の自分との婚約と結婚を皇帝皇后両陛下が許可しているとは思っていなかったメリッサは、何度か瞬きをした。許可を乞い願う、の間違いではないのか。

イズリーシュは優しく微笑んだ。

「メリッサと結婚したいということは、既に私の方から伝えてあるから、顔合わせだと思ってくれていい。両親に会ってから、他の貴族たちに会うのが筋だと思うしね。心配しなくてもいいよ」

「はい」

イズリーシュの柔らかくも力強い言葉に、メリッサは素直に頷いた。


「それから、」

言いさしてイズリーシュは一度口をつぐんだ。メリッサは首をかしげて言葉の続きを待った。

「‥‥できれば、殿下ではなく‥イズリーシュと呼んでくれ」

メリッサは目を見開いて立ち止まり、

「ど、努力、します‥」

と、小さな声で応えた。



メリッサと別れたイズリーシュは、すぐにソルンに声をかけた。

「ソルン」

「承知致しております。カンメルのササライですね」

「ああ。‥家には入れないと豪語していたが、どのような人物であるかはある程度探ることができるだろう。カンメル、というのも気にかかる。頼むぞ」

「はい。すぐに手の者をやって調べさせましょう」



庭園から戻ったメリッサは、ハア、と大きく息を吐いて自室の長椅子に倒れ込んだ。

疲れた。こんなに気を張るお茶会になるとは思っていなかった。

大きなクッションに背中を預け、顔の上を手で覆う。

瞼の裏に甦るのは、赤くなっていたイズリーシュの耳。

お互い顔を伏せていたので、赤くなった顔自体は見ていないのだが、そおっと目をあげた時に見えたのは、形の整ったイズリーシュの赤く染まった耳だったのだ。


(何だか‥かわいらしく、見えたな、殿下)


そう思うと、またふふっと笑みがこぼれる。

ああ、少しはイズリーシュを理解できているかもしれない。

自分の運命を、受け入れられるかもしれない。

メリッサはそう考え、胸の内が温かくなったような気がした。


お読みくださってありがとうございます。


温かくなってきましたね。桜が綺麗で、淀んだ心を洗われます‥

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