挑発
ササライ、書きやすい人物です。
「‥そうとわかったなら早急にここから去れ」
イズリーシュの冷たい物言いにも、小鳥は全く物怖じしなかった。相変わらず、ひょい、ひょい、と剽げた動きをしながら、まるでイズリーシュを揶揄うかのように茶器や皿の載っているテーブルの隙間を跳ねまわっている。
『メリッサさんは、あなたのことを「その身分に見合う働きをしようと心がけていらっしゃるように、見える」とおっしゃっておられましたけど、何だか違うように感じるなあ』
イズリーシュは思わず舌打ちをした。‥‥人前でこのような下品な行動をしてしまったことに気づいてまた苛々したが、それとは別に今この小鳥が言った内容がふと胸の中に止まった。
その身分に見合う働きをしようと心がけていらっしゃるように、見える。
メリッサが、そのように思って他人にまでもそのように言ってくれていた、という事実がじわじわとイズリーシュの心を温めた。
ササライの口調や言いぶりは腹立たしいが、メリッサの言葉は素直に嬉しい。イズリーシュとて皇太子という身分柄、本音建前含めて人に褒められることには慣れている。が、慣れているだけにその褒め葉が真の意味で、イズリーシュの心に響くことはほぼなかった。
だが、この権謀術数とは無縁な少女が、他に自分のことをそのように語ってくれていたという事実は、これまでのイズリーシュの人生になかった素直な喜びとなった。
ササライの小鳥は不遜にもばさばさと羽搏いて、イズリーシュの鼻先に迫る。
『おや、随分僕の言い分にお怒りのようでしたけど‥喜んでいらっしゃる?喜びの気配がしますねえ‥』
揶揄うようなその言いようにまたイズリーシュはカッとなって、目の前で羽搏き空に留まっていた小鳥を手で振り払うようにした。
「お前は何と無礼なやつだ!とにかくここから去るがいい」
ササライは陽気なおしゃべりをやめる気はないようだった。
『あはは、ぼくがいると何か不都合でも?‥‥殿下、メリッサの雇い主だとおっしゃっていましたが、本当はメリッサのこと、お好きなんじゃないですか?』
ガタン!と椅子を倒す激しい動きでイズリーシュは立ち上がった。テーブルについた拳は固く握られ白くなり、ぶるぶると震えている。
兄弟や近しい皇族もいなかったイズリーシュは、このような「揶揄い」を受けたことがなかった。イズリーシュ自身が品行方正を心がけていた、ということもあるが、誰もイズリーシュにそのような気安い行動をしなかったからだ。
思春期に当然通るべきこのような「揶揄い」を初めて、しかもメリッサや侍従たちの前で受けたイズリーシュは、怒りと羞恥で混乱の極みにいた。
イズリーシュのその混乱をどう受け取ったのか、傍に控えていた護衛騎士がすらりと細身剣を抜き放ち、左手でイズリーシュを軽く下がらせると小鳥に向かって振り下ろした。
メリッサはあっという間の出来事に身体が硬直して動けない。カリーナも騎士の思いがけない行動にすぐには口がきけなかった。
ところが小鳥はふっとその姿をくらませると、次の瞬間にはメリッサの肩に止まった状態で現れた。
『お~こわこわ、軽口も叩けやしない。メリッサさん、こんなところにいて大丈夫なんですか?』
重ねられたこの不遜不敬な言葉に、イズリーシュの脳がようやく活動し始める。
「‥‥お前は、そのように無礼を重ね何がしたいのだ。メリッサから離れろ」
イズリーシュを挑発するかのように、ササライの小鳥はその身体をメリッサの柔らかい頬にすりつける。
『ぼくはしがない魔法力師でしかありませんが、友人は自分で選びますよ殿下。メリッサさんとは一度しかお喋りしてませんけど、いい友人になれると思ったからここにまた来たんです』
「メリッサは、私の、婚約者だ」
イズリーシュは、対外的に初めてメリッサのことを婚約者であると断言した。その意味を、メリッサ以外の人々が悟って息を呑む。
ササライの小鳥はメリッサのファイアオパールの耳飾りをつんつんとつついて遊びながら言った。
『それが何か?「輝けるお世継ぎ」イズリーシュ殿下は、自身の婚約者に友も持たせない狭量なお人なんですか?』
イズリーシュは自分の前に差し出された護衛騎士の腕を振り払った。
「お前はどこに住んでいる」
『先ほど申し上げたでしょう?王都東のカンメル地区です』
「詳しい住所を言え」
小鳥はまた羽搏いて今度はメリッサの頭の上に止まった。結い上げられた部分や飾りを上手に避けている。
『おや、ぼくと直接お話がしたいんですか?それともぼくを殴りたい?‥‥ふふ、ぼくは結構強いですよ。多分、そこの血の気の多い護衛騎士よりはね』
その言葉を聞いた護衛騎士が、再び細身剣を構え直すが、メリッサの頭という絶対に攻撃できない場所にいる小鳥に手が出せない。
『いいですよ、最近お客様も少なかったしぼくの家にご招待しましょう。ああ、メリッサも一緒に来てね。二人が一緒に来てくれるなら、ぼくの家に来られる招待状を差し上げます』
小鳥はそう言うといきなりひゅうっと空高く舞い上がった。
『アイシュタル帝国のお世継ぎとお話ができるなんて、なかなかない機会だ。ゆっくりとお話ししましょう。そのうち招待状をお送りしますよ。一応言っておきますけど、ぼくの招待状がなければぼくの家には入れませんから、ぼくの家を探させるのは無駄ですよ~』
小鳥はそう言い置いて空高く飛び去っていった。
お茶会の席に、妙な静寂が訪れる。ここにいる全ての者に、ササライは何とも言えない心持ちを与えて去っていった。
ただ、メリッサだけはどうしようという気持ちで震えて青褪めていた。自分が軽率にもササライとお喋りをしたせいで、イズリーシュが怒っている。護衛騎士が剣を抜くのも初めて見たし、いつも冷静に対処してメリッサを支えてくれるカリーナも何も言わず固まったままだ。
このとんでもない事態を招いたのは全て自分の責任だと感じたメリッサの目を涙の膜が覆い、見る見るうちに溢れ出てきた。
こぼれ出る涙を、みっともないから見せてはならない、と思い手袋でぎゅっと目を拭ってからイズリーシュに向き合った。
「殿下、本当に申し訳ありませんでした。東宮に暮らす身としての自覚が、足りませんでした」
そう言って真摯に頭を下げるメリッサに、イズリーシュは優しく声をかけた。
「いえ、あなたが謝るような事ではありません。‥なかなかあのような、自由な魔法力師に出会う事なんてありませんし、‥‥あなたが、ここで、寂しく、辛い思いをしている中あの者との話が慰めになっていたのなら‥それは、よかったんです」
メリッサを慰めるためにそう言いながらも、イズリーシュの胸はじくじくと痛む。
メリッサの心を慰めるのは、自分でありたかったと思ったのだ。メリッサの不遇を作り出した張本人である自分が、そんなことを考えるのはおこがましいのかもしれないが。
しかし、あの魔法力師はどうも気になる。そもそも、カンメルからここまで、あのレベルの伝書鳥を飛ばせる魔法力師が、帝国魔法力師団以外にいたことが驚きだ。
あの力量であれば、今すぐにでも帝国魔法力師団に入り、頭角を現すことができるだろう。そもそも魔法力を使えるほどに備えている人物は希少なのである。
「いずれ‥招待状が来たらメリッサも一緒にあの魔法力師のところに行ってみましょう。どうしても‥気になります」
「はい‥」
今はいつもの優しいイズリーシュに戻っていることに、メリッサはほっと安堵していた。
お読みくださってありがとうございます。
自転車操業漕ぎまくってます‥




