小鳥の囀り
『あなたはメリメルさんの雇い主ですか?』
「‥そう、いえるかもしれないな。あなたは?」
『ああ、僕はササライと申します。カンメルに住んでいる魔法力師です』
「カンメル‥」
ちょうど懸案の地域に住んでいる魔法力師が、偶然メリッサのところに飛んできていた?
イズリーシュは端麗な眉を顰めた。
「なぜ、メリッサのところに来たんだ?何か企んでいるのではないのか?」
小鳥は短い脚でテーブルの上でとんとんと飛び跳ね、くるりと一周した。
『あれ?メリメル‥メリッサさんが本名?メイドさんじゃないの?』
「あ、あの」
「メリッサはメイドではないが、ここで働いているようなものだ。繰り返すが、お前はなぜメリッサと話をするように?なぜまたここへ飛んできた?」
馴れ馴れしいササライの口調に、イズリーシュの言葉は自然と少しきつくなった。小鳥はそんな苛立たしげなイズリーシュを気にすることもなく、小さな翼を広げて嘴でつついている。
『ぼくは自分の屋敷から外にはなかなか出られない状況なもんで、こうして伝書鳥を飛ばして時々外の方とお喋りさせてもらっているんですよ。先日偶然、メリメ‥メリッサさんとお喋りさせていただいたんですが、お話の途中で僕が鳥を引き上げちゃったもので』
そう囀る小鳥を胡乱気に見やってから、イズリーシュはメリッサの方を向いた。
「そうなんですか?」
「あ、はい。少し前に、私の部屋の窓のところに飛んでこられて‥」
「‥‥そうですか」
『メリッサさんの雇い主ということは、身分の高い方なのかな?今お喋りしても構いませんか?』
「‥随分と、図々しい御仁のようだな」
小鳥はバタバタと小さな羽を羽搏かせ、テーブルの上で飛び回った。白い羽が舞う。
『あはは、ご気分を害しましたか?申し訳ない、こういう性分でないと初めましての方とはなかなか話せないもので!』
からからと意にも介さない様子で笑い飛ばすササライの言葉に、珍しくイズリーシュは不快さを顔に表していた。その不快さを滲ませたまま、イズリーシュがさらに言葉を継いだ。
「メリッサに何の用があってお前はやってきているのだ」
『ああ、特に用なんてないんですけど、せっかくお知り合いになったからまたお喋りでもと思ったんです。‥使用人の僅かなおしゃべりも許せない雇用主さんでしたか?』
やや、意地の悪い響きを隠そうともせずに小鳥は囀る。思わずイズリーシュはカッとなった。常に冷静沈着で名高い、この皇太子には珍しいことである。
「別にそんなことは言っていない!‥メリッサが、得体の知れぬものと交流を持つのはいかがかと思っただけだ!」
『あらあら、そうですか』
小鳥はおどけたような返事をすると、その身体を左右にひょい、ひょいと揺するような動きでテーブルの上を歩き回る。イズリーシュは、何やら自分がとても馬鹿にされているような気になって奥歯をぐぐっと噛みしめた。
ササライの小鳥は、そんなイズリーシュの事など気にもせず、好き放題にテーブルの上を歩き回っている。
『ん~、お茶?お茶会の途中でしたか?わあ~いいですねえ!こんないいお天気の日に外でお茶会なんて、憧れます!』
ササライのこの小鳥は、どの程度小鳥から情報を得ているのか、ここにいる者たちには理解ができなかった。が、とりあえず少しはこの状況を察することができるらしい。
不測の事態に呆気にとられていた侍従や侍女、護衛騎士が、この頃になってようやく落ち着き始め、小鳥を排除しようとし出した。
「これ、なんと無礼な!傀儡の身でここに侵入するとは、今すぐに去れ!」
ソルンが鋭く非難の言葉を浴びせ、テーブルの上で手を払い小鳥を退かせようとする。小鳥はばさばさと羽搏きをしてテーブルの上空に留まった。
『うわあ、乱暴だなあ!今の僕なんて何の害もない小鳥に過ぎないのに、随分と荒っぽい仕打ちをなさる!やはり身分の高さが心の狭さに直結している方の人かな?』
明るいその言葉に含められた鋭い棘に、イズリーシュはきっと小鳥を睨みつけた。この小鳥を操っている魔法力師は、どうにもイズリーシュの心を波立たせる天才のような気さえする。
「随分と失礼な物言いしかしない御仁だな!メリッサにどういうつもりで近づいたんだ!?」
珍しい、イズリーシュの不機嫌な様子にメリッサが焦ってあわあわしているのが目の端に見えている、のだが、小鳥への攻撃をやめられない。小鳥はのんびりとテーブルに着地して、かりかりと羽を足で掻いた。
『わからないお人だなあ。ただお喋りしてただけですってさっきも申し上げたじゃないですか』
イズリーシュが感じている不快さなど、気にも留めないようにササライの小鳥は囀り続ける。周りに控える人々が滅多にないイズリーシュの怒気を感じ、息を呑んで主を見つめていた。
メリッサもどうこの事態を収めていいのかわからずにいる。もとはといえば、自分が許しもなく気軽にササライとのお喋りに興じたことが原因で、このような事態を引き起こしてしまったのだ、とメリッサは感じていた。
このような怒りを露わにしたイズリーシュの姿を見たこともなかったので、余計にメリッサは怯えてしまっていた。
それでも、自分が原因なら謝らねばならない。乾いた唇を舐め、ごくりと息を呑み込んでからメリッサは言った。
「あの、殿下すみません、私が勝手にこの方とお話をしてしまったせいです、申し訳ございません」
「メリッサ」
メリッサの言葉を聞いたイズリーシュがその表情を和らげる。そして、メリッサの緊張しきった顔を見て、自分の常ではない態度に気づいた。
「ああ‥みっともないところを見せてしまったね。あなたが悪いわけではないから安心して」
「あの、」
『殿下‥?へええ、ひょっとして「輝けるお世継ぎ」イズリーシュ殿下であらせられますか?ひゃあ~じゃあ小鳥は東宮まで飛んでたのかあ!』
二人のやり取りにササライの能天気な声が割り込んだ。
お読みくださってありがとうございます。
何だかあっという間に新年度になってしまいました。皆様もお身体には気をつけて、新年度頑張ってくださいね。私は‥今ちょっとだらだら期に入っておりますが‥。