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再来


庭園茶会の模擬練習という言葉が、イズリーシュが来たことによって急にメリッサの頭の中で現実味を帯びてきて、動悸が激しくなった。貴人と一緒の場合お茶を勧めるのはどのような順番だったか、ああもう自分はお茶を飲んでしまっているがそういう場合にはどうやって勧めればいいのだっけ、いや、お菓子の説明が先だったかな‥男性だから装いのお話はあとでいいはずだけど、えっと今日の殿下の装いは‥。


「メリッサ様」

ぐるぐると考え込んで顔色が蒼くなっていたメリッサを見かねて、カリーナがそっと声をかけた。

「殿下がお見えになったことは、思いがけない偶然のことですから。あまりこういった機会はありませんので、そんな固く構えられなくても大丈夫ですよ」

「あ、はい‥」

そう言われて、自分が見るからにガチガチだったのかな、とまた少し反省しながらメリッサは俯いた。


カリーナに声をかけられて、少し身体の力が抜けたようなメリッサを見ていると、一番最初にメリッサを見た時のことが思い出された———大臣会議の時だったが、薔薇色の頬をした少女が少し微笑みをたたえながらきびきびと茶菓の支度を整えていた。その、気持ちのよい動きを見ていたら、額の数字に目が留まったのだ。

あの頃のような、飛び跳ねんばかりの元気が今のメリッサからは消えてしまっている。そうさせたのは他ならぬ自分だということが、イズリーシュの心を抉った。

それでも、目の前で緊張しながら少し俯くメリッサがかわいらしく思えて、またそんな自分が身勝手ではないかとも感じられ、イズリーシュは複雑な心境だった。


逡巡したまま立っていたイズリーシュを、ソルンが流れるような動きで椅子に導いた。イズリーシュも渦巻く心情を押し込めて何とか席に着く。

「殿下、本日は気温も高いですし非公式のお茶の席ですから、冷茶もご用意がございます。温かいものとどちらになさいますか?」

「あ、ああ、では冷茶をくれ」

確かに少し歩けば汗ばむような陽気である。薄張の茶器に注がれた冷茶は、喉越しがよく美味かった。


「メリッサ、正装に近いドレス姿は初めて見たよ。とてもかわいらしくていいね」

「あ、ありがとう、ございます‥」

イズリーシュの賛辞に、メリッサは顔を上げずに応えた。イズリーシュに会うとわかっていたら、こんな格好をしなかった。というか、庭になんか出たいと言わなかったのに。

そんなメリッサの緊張と後悔など露知らず、当たり前のようにイズリーシュはメリッサを褒めてくれる。各国の素晴らしい美姫麗人を見慣れているはずのイズリーシュに褒められるのは、何とも言えない気持ちになって居心地が悪い。


「ああ、これはメリッサの好きな菓子じゃなかった?でも見たことのないソースが添えてあるなあ」

そして、メリッサの好むものもちゃんと覚えてくれていて。話題にさりげなく出してくれる。

イズリーシュは、やはり「輝けるお世継ぎ」なだけあって、メリッサのようなものにまでこんなに気遣いをしてくれるのだ。メリッサなんか本来なら口もきけないような高貴な方なのに。


「はい、あの、ペルシェのソースが最近では流行っているようだとのことでしたので、厨房の方に頼んでみました」

イズリーシュはニコッと笑った。

「色々と学んでくれているんだね。‥ありがとう。私も食べてみようかな」

「はい、是非」

言われてすぐにソルンがテーブルに手を伸ばし、主の前の皿にサーブする。優雅な手つきで一口食べると、イズリーシュは「美味しいね」といってまた笑った。

「メリッサはもう食べたの?」

「あ、はい、いえ、まだです」

「じゃあ食べてごらん」


イズリーシュの目の前で、食べろというのか。この崩れやすい菓子を。‥誰も見ないと思ったからこそ思い切ってこの菓子にしたというのに、とんだ計算違いだ。メリッサは震える手を叱咤しつつ、カトラリーを手にするとなんとか音を立てずに崩れやすい菓子を切り分け、口に含んだ。

「‥美味しいです」

「そうだよね。私はこのソース好きだなあ。甘みの中にちょっとだけ酸味もあって、菓子に合うよね」

「はい‥」

イズリーシュの柔らかい笑顔を見ているうちに、少しずつ肩の力が抜けてきた。相変わらず信じられないほど美しいイズリーシュの顔だが、ここに来てようやく、少し慣れてきたのかもしれない。


「カスラの木、好きなの?」

突然そう問われ、思わずナイフを取り落としそうになったが何とか踏ん張った。

「‥‥はい、あの、実家の近くに何本か植わっているところがありまして、幼い時に兄姉とよく見に行ったりしていたものですから」

「そうか‥メリッサには兄君と姉君がおいでなんだよね」

そう呼ばれるような大層な人物ではないが、と内心思いながらもメリッサはこっくり頷いた。姉はカスラの花びらを叩き落としてままごとに使っていたし、兄はカスラの実が生る頃に高い枝に登って降りられなくなり、街中の人に笑われたものだ。

だが、それらはメリッサにとっては、懐かしく大切な思い出だった。


「私は兄弟がいないから、兄弟の話を聞くと羨ましいよ。喧嘩なんてしたりしたの?」

「それは、あの、しょっちゅうですね。喧嘩しない兄弟なんて多分いないと思います」

メリッサは末っ子だったので、喧嘩というよりは兄姉に置いていかれて泣き出す、というパターンが多かったが。それを思い出したメリッサの顔が面白かったのか、イズリーシュがくくっと喉奥で笑った。

「ふふっ、色々あったんだね。‥でもやっぱり、私は羨ましいかなあ」

イズリーシュがそう言って冷茶のカップに手を伸ばそうとした時、空からさーっと何か白いものがおりてきた。


すかさず剣の柄に手をかけた護衛騎士がテーブルの傍に駆け寄る。が、白いテーブルの端にばさばさっと小さな羽搏きとともに降り立ったのは、白い小鳥だった。

『こんにちはメリメルさん!今日はいい天気ですね!ひょっとして洗濯物を干したりしてましたか?』

小鳥から発せられる、聞こえるはずのない人の言葉に、辺りがしん、と静まり返った。



「あ、あの、ササライさん、今は」

メリッサが返事をしながらもどう説明したらいいか、おろおろとしているのを見てイズリーシュが代わりに小鳥に話しかけた。

「お前は、魔法力師か?なぜメリッサのことを知っているんだ?」

小鳥はチチッと鳴いてから小首をかしげた。

『メリッサ?メリメルさんじゃなくて?あれ、確かにメリメルさんの気配を追って飛ばしたんだけど間違えたかな?』

「メリッサ、メリメルとは?」

小鳥の方を見ずにイズリーシュがメリッサに尋ねる。メリッサは、ササライと話したことはよくないことだったのかと思い青褪めた。

「あの‥偶然、ここに飛んでこられたササライさんの小鳥とお喋りしたことがあるんです、でも‥本名を名乗ったらだめなのかなって思って、それで」

ああ、と納得したような顔をしてイズリーシュが頷いた。小鳥は小さく羽搏いてイズリーシュの傍に寄った。


お読みくださってありがとうございます。

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