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東宮庭園


うららかな陽光が降り注ぎ、暖かいというよりは少し暑いと感じるほどの気候だった。長袖のドレスではやや汗が滲む。

そういった気候を見越してか、お茶会の席には大きな布の天蓋が張られ、日光を遮られるようになっていた。日陰になれば吹きすぎる風が心地よく過ごしやすい。

「正式なお茶会では出ないものではありますが‥冷たいお茶もご用意がございますよ」

カリーナがそう言って、まずは冷茶を勧めてくれる。座り心地のよい椅子に座ってお茶を飲み、今満開のカスラの花を眺めた。薄紫色の小花がぎっしりと枝を埋めていて、そこからまたはらはらと花びらが散ってもおり、夢のように美しい光景だ。

何もせずに花を眺める、ということが久しぶりで、メリッサはほうっと息をつきカスラの木々を楽しんだ。



「取りやめ?なぜだ、何かあったのか」

急に午後の予定がキャンセルされたという報告を受けてイズリーシュは眉を顰めた。ソルンは困ったような顔を見せながら答える。

「いえ、公使の奥様が急に産気づかれたとかで‥先ほど慌ただしく帰国されてしまったそうなんですよ。代わりの公使が到着するまであと丸一日はかかるでしょうから‥」

「そうか‥エレディカ公国人は何よりも家族を大切にするということだからな‥」

用意していた資料の書類をばさりと机の上に投げ出して、イズリーシュは大きく腕をあげ伸びをした。

「では、次の予定は何時からになる?」

「この会談を余裕をもって組んでいましたから‥五時半からの正餐会までは空きますね」

「そうか‥」


五時半からの正餐会は、高位貴族を招いた近況報告会のようなものだ。この定例正餐会ではこのところ、メリッサのことばかりチクチクとつつかれている。毎度毎度気の重い会食だった。

イズリーシュの両親はそこまでメリッサの出自などを気にしていないようだ。だが、あわよくば自分の親類縁者をイズリーシュの妻にと考えていた者たちが、往生際悪くあがいている、という印象を受けている。

自分が非難されるのは自分の選んだ道だから仕方がないが、いずれこの悪意にメリッサが晒されると考えればイズリーシュの心は重くなった。


守りたい、とは思うが一体どこまで自分が守り切れるか。

ある程度のめどを婚約披露式典までには立てておきたいが、なかなかイズリーシュ側に立ってくれる貴族を探すのが難しい。皇太子、という身分があるからといって、何もかもイズリーシュの思い通りに行くわけではない。

むしろ、思った通りに行かないことの方が多い。


それをわかっているのに、自分のエゴでメリッサを自分の住むこの世界に引き入れてしまった。

‥子どものことだけだったろうか。いきいきと働く同じ年頃の少女に、憧れと‥羨望があったからではないのか。

このところ、イズリーシュはそんな事ばかり考えていて、仕事の効率が悪かった。多忙ゆえのストレスかもしれない。

「イズリーシュ様、よろしければ外でお茶でもしませんか。東宮庭園のカスラが今満開です。たまには息抜きにいかがですか?」


カスラはイズリーシュの花だ。瞳の色が似ているからといって、イズリーシュが生まれてから、東宮庭園にはたくさんのカスラが植えられた。長じるにつれ、イズリーシュの瞳の紫はどんどん濃くなっていき、カスラの薄紫からは離れてしまったが。

「‥そうだな‥少し目先を変えて気分転換でもしてみた方がいいかもしれない」



「ソルン」

「はい」

「お前、謀ったな」

「何のことでございましょう」

「お前はメリッサのことをよく思っていなかったのではないのか」

「滅相もございません」

庭園に出てすぐ、大きな日除け天蓋の下でお茶をするメリッサの姿が目に付いた。横で給仕をするカリーナがこちらに気がついたようで、静かに微笑んでいる。


「‥はあ。仕方ない‥」

せっかく息抜きで庭に出ていただろうに、自分が現れることでそれが台無しになってしまわないだろうか。

イズリーシュはそんな心配をしながらも、今さら見なかったことにはできないのでメリッサのいる方に近づいていった。

メリッサは部屋にいる時はいつもシンプルなワンピースしか着ていない。だが今日は、しっかりとしたドレスを着て髪を結いあげ、美しく化粧まで施されている。メリッサ自身は自分に全く自信を持っていなかったが、きちんと身なりを整え化粧もされていればやはり娘らしくかわいらしかった。

正装に近いメリッサの姿を見たのが初めてだったイズリーシュは、思わずその姿に見とれてメリッサのいる場所の少し手前で足を止めてしまった。


かわいらしい。暗紅色の赤髪にグラデ-ションオレンジのドレスがよく似合っている。耳元のファイアオパールが揺れて、メリッサの顔を縁取っているのもかわいらしい。‥自分の色を身につけてくれていないことが、今なぜかどうしようもなく悲しかった。

先日贈ったバングルは、『私がつけられるだけの人間になれた時に、使わせていただこうと思って』いる、と書いてあった。あの書きようではしばらく身につけてくれるつもりがないのだと思わされ、少し落ち込んだのだ。


近くまで来て立ち止まったイズリーシュに気づいたメリッサは、慌てて席を立った。

「殿下!‥あの、‥ご尊顔拝謁の栄を賜り恐縮です」

儀礼通りにぎこちなく挨拶をするメリッサの姿に、心がほっと温かくなった。たとえ心中の思いがどうであろうとも、メリッサが皇太子妃教育を頑張っていることが察せられたからだ。

横からカリーナが軽くお辞儀をして声をかけてきた。

「庭園茶会の模擬練習も兼ねて、こちらでカスラの木々を見ながらお茶会をしておりましたのですが、よろしければ殿下もご一緒にお茶を召し上がられませんか?」

横を見ればソルンがすました顔で控えている。カリーナの笑顔からは何も読み取れない。


この側近二人にうまいこと謀られたのだなとは思ったが、美しい装いをしてやや緊張気味に控えているメリッサを見れば、ふっと肩の力が抜けた。


「私も急に午後の予定がなくなったんだ。お邪魔でなければご一緒させていただこうかな」



お読みくださってありがとうございます。


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