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突然の求婚

新しいお話を始めました。どうぞよろしくお願いします!

当分は毎日更新できるかと思います。

「申し訳ありませんが、結婚してください」


‥‥‥え?

今、誰に、何を言われた‥?

そう思って目の前の人を、多分メリッサの認識で間違いないとは思うが、もう一度確認のために見た。

金髪。紫の瞳。ややがっしりとした体つきに長い手足。整いすぎた顔面。高身長。

‥‥そして、その身分は皇太子。

間違いない、目の前にいるのは、我がアイシュタルカ帝国の第一子にして正統後継者、皇太子イズリーシュ=アイシュタル=ハンザその人だ。


そしてメリッサは、指示された通りに茶菓を提供して今まさに下がろうとしていた皇宮付の、メイドである。ただの、メイドである。特に美人でも可愛い訳でもない、十人並みの容姿を持ったメイドである。


皇宮内の小会議室は、しんとして誰の気配も感じない。ここには閣僚をはじめとした帝国の主要人物が十人以上いるというのに。

はっしと掴まれたメリッサの腕。そう、メイドであるメリッサの腕だ、それを掴んでいるのはどう見ても何回見ても、まごうことなく皇太子殿下である。

「あ、あの、何か不調法がございましたでしょうか‥?」

「私と結婚してください」

皇太子殿下はあろうことかメリッサの前に跪いて手を握り、その甲に口づけを落とした!

皇族に膝をつかせてしまった!‥‥メリッサは驚きのあまり言葉が何も出てこない。


事ここに至って、小会議室にいた重鎮の方々がざわつき始めた。一番に席を立って殿下の傍に近づいてきたのは比較的若い内務副大臣のアンドル=シュウェッテ卿だ。皇太子殿下の肩に手を置き、宥めるように声をかけられた。

「殿下、どうなさいましたか?あまりご冗談が過ぎますと、この者も職責を果たせず困ってしまいます」


はいはいはい!その通りです!この後も仕事はてんこ盛りです!

メリッサは心の中で思わず叫んだ。だが、皇太子はそれを聞き入れなかった。

「すまぬ、シュウェッテ卿。今、私は人生の岐路に立っているのだ」

イズリーシュ殿下はきりりとそう言い放つと、跪いたままメリッサの顔を見上げた。

「どうか、結婚してください」

「‥無理、です‥」

何とか断りの言葉を絞り出しはしたが、メリッサは生きた心地がしなかった。出来ればここで気を失いたかったが、貴族でもなく精神強めに鍛えられて育った平民のメリッサは気絶もできず他に言える言葉もなく、殿下に手を握られたままただただ硬直してしまっていた。


全く手を離そうとしない皇太子殿下に業を煮やしたシュウェッテ卿は、無理矢理に殿下の手をメリッサからもぎ離すとすぐに「下がってよい!」とありがたいお言葉をくれた。メリッサはさっと頭を下げるやいなや、素早く小会議室から退出した。

そして出仕して以来初めて、廊下をダッシュして持ち場まで帰ってきた。

メイド控室まで帰ってくると、喉とお腹がきいんと痛くなった。この二、三年にないくらいの全力疾走をかましたせいだろうか。控室に備え付けの水差しからコップにたっぷりとお水をついでごくごくを飲み干す。ぶは、と息を吐いてコップを置いた。


何が起こったんだろう。

帝国始まって以来の天才、この上ないお世継ぎと呼ばれている、帝国民屈指の人気を誇るあの、皇太子殿下が。

‥何かの呪いにでもかかったのだろうか。

皇族の、お遊び?

ああ、とにかく、私は、人前で、あの皇太子殿下を跪かせてしまったのだ!

「ど、どうしよう‥」

不敬罪に問われたら、やはり皇宮勤めは馘になるんだろうか。十五の年から入って三年、せっかく掃除以外の仕事も任されるようになってメイドに上がったというのに。

足ががくがくと震える。自分の身に起こったことがまだ理解できない。だが、この後の仕事の予定も詰まっている。今日は第三の宮でゲストルームを整える仕事がメインだ。

同輩はもう第三の宮に行って仕事に取り掛かっているはずである。早く自分も行かねばならない。

ふーと深呼吸をする。‥先のことは考えてもわからないのだから仕方がない。他にも人はいたし、そこまで咎められることもないかもしれない。


とはいえ、相手は皇太子殿下である。‥‥どのように咎められるかは正直わからない。

いや、考えるのはやめよう。とにかく仕事に向かわなければ。

震える足を叱咤しながら控室を出て、第三の宮へ向かう。少し行ったところで第四メイド長に呼び止められた。

「メリッサ!よかった、見つかって。‥シュウェッテ卿があなたをお呼びなんだけど‥何かしたの?随分難しい顔をされていたわ」

思わずひゅっと息が詰まる。見逃してはもらえなかったのだ。何と言って叱責されるのだろう。だが自分から何かをしたわけではない、はずだ。


「わ、わかりま、せん、あ、あたし‥何か罰を‥?」

第四メイド長は首を傾げた。

「あなたが大きな失敗をしたという風にはおっしゃらなかったわ。一応何か粗相がございましたかとお尋ねしたんだけど、そうではないから呼んでくれとおっしゃるばかりで‥。第三の宮のメイドたちには私の方から伝えておくから、シュウェッテ卿にお会いしてきなさい。さっき行った小会議室と同じ階にある茶話室にいらっしゃるわ」

「‥わか、りました」

もう、この時点で足の震えが止まらない。

死刑執行台にひかれる死刑囚とは、このような気持ちなのだろうか。

歩きなれた第一の宮のはずなのに、目の前の風景がいつものように感じられない。機械的に足を動かすが、ちっとも足が進まない。はたから見ればきっと自分は今、ものすごくゆっくりとした速度で歩いているのだろう。お偉い人に呼ばれているのだからもっと急ぐべきだとわかってはいるが、どうしてもこれ以上早くは歩けなかった。


とうとう目的の部屋の前まで来てしまった。重厚なドアを見てため息をつく。身体まで震えてきた。もう避けられない。とにかく、平身低頭、非礼があったなら謝るしかない。

ノックをすれば「どうぞ」という声がした。震える手でドアを開け中に入る。「失礼します」と言ったつもりだったが、声がかすれてうまく言えていなかったかもしれない。





お読みくださってありがとうございます。

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