旧童楽寺トンネル 2話
スマホで時間は確認してないけど、15分くらいはもう捜索したと思う。だけど、誰もトンネルの入り口を見つけることはできなかった。
「飯口。そろそろ戻らないか。何年も前に埋められたトンネルだから、中には入れないって」
「なんだ須賀野。びびってんのか?」
「そんなんじゃないけど。無駄な時間を過ごすのがもったいないって言ってるの」
「無駄な時間なんかじゃないんだよ。これも幽霊を見るためには必要な時間なんだよ」
なんだそれバカバカしい。
「誰か今までに幽霊見たことあるやついるの? いないのだったら幽霊に会う可能性低いだろ」
「そんなのわからないだろ。いるって信じてないと幽霊だって出てこないんだよ」
どうしてそこまで幽霊に会いたがっている。会ったって碌なことが起きないのは確かなんだぞ。
飯口とは距離を置いて、寧音の近くで探すふりだけをしていた。
はっきり言って見つからないだろうし、こんな馬鹿げたことをするのに飽きてしまったからだ。だが、現実はそううまくいかない。いや、この場合こんなうまいことがあるのかと言うべきか。飯口は叫んでみんなを塞がっているトンネルの横に集めた。
「おーい! こっち来てみろよ!」
「何かあったの?」
飯口に反応する桂。
何か面倒なことが起きそうな予感がしていた。
「これ! 見てみろよ!」
飯口が言いながらトンネル横の斜面を照らす。照らされていた先には猫くらいなら通れそうな穴が空いていた。
「何これ? 穴?」
「そうなんだよ! 中覗いてみろよ!」
ずっと興奮し続けている飯口に唆され、桂はスマホを使って中を照らす。
「なるほど。空洞になっているってことは、この穴さえ広げられれば中に入れるってことか」
「そうなんだよ! ここまで来て中に入らないとかありえないよな!」
人が通れる穴でもないのに何を言っているんだ。穴があるってわかっただけでいいじゃないか。それに……。
「崩落の危険性があるから塞がれたトンネルなのに、中に入るのは危険すぎるよ。何かあってからじゃ遅いんだよ」
反対意見を言ってみるが、空気は完全に3対1。私が少数派だってことはすぐに理解できた。寧音まで賛成派なのは癪だけど、飯口の味方でありたい気持ちだけは汲もう。
「そこまで言うのなら須賀野だけここに残ればいい。寧音は行くよな」
「え? わ、私は……い、行こうかな」
寧音。幽霊とか怖いの知っているから無理しなくてもいいのに。飯口悪いやつじゃないのはわかるけど、どこに惹かれるのか私にはわからない。
「桂はもちろん行くよな」
「え? あ、ああ。入れるなら行ってみたいね」
桂の動向を聞いたって私の心は変わらないぞ。私は寧音のためだけに来たのだから。
「寧音が行くのなら私も行く。その代わり、何がっても私は寧音以外助けないから」
「ああ。須賀野の助けなんて当てにしてないから大丈夫だ」
鼻につく言い方だな。多少は見栄を張って言ったつもりだったが、絶対に何があっても助けてやるもんか。死んでも何も持ち帰ってやらないからな。
桂と飯口が2人して必死に壁を蹴って壊しているのを見守っていた。
できれば穴が大きくならずに諦める方向に持っていきたいけど、元々崩落の危険性がある古いトンネル。大人並みの2人がいれば壊すのは簡単だった。
壁が薄いな。どうしてもう少し分厚く作らなかったんだ。この2人が諦めていたならこの肝試しも終わっていたのに。
トンネルを恨んだってトンネルに罪はない。また、トンネルを作った人にも罪はない。罪を探すのであれば、間違いなくトンネルの壁を壊したこの2人だろ。てか、普通に器物損壊とかその辺の犯罪じゃね。私も共犯者として取り扱われるのかな。反対はしたって言ったら少しでも罪が軽くなるのかな。さすがに無理か主犯じゃなくとも共犯者であることには変わりないから。
言い出しっぺの飯口が1番にトンネル内に入り、寧音も続き、桂も中に入った。
はあー。
心の中でため息を吐いて、私もトンネルの中に入った。トンネル内は入り口が塞がれていることだけあって、スマホがなければ真っ暗だった。塞がれたのは20年も前の話だと聞いていたが、舗装された道路はまだ使えそうなくらい綺麗だ。時々落ちている石がなければ道幅は狭く先を照らすにはスマホでは明るさが足りなかった。
長くはないって聞いていたけど、徒歩では結構あるのか。先まで行くのめんどくさそうだ。でも飯口なら絶対に行くって言うのだろうな。人の話を聞かないタイプの人間だし、今は興奮状態にあるから。
私が予想して通り、飯口は何も言わずに我先にと1人進み出した。その歩の後ろを寧音がついて行き、桂《桂》も続き。ため息を吐く間もなく私は後を追う。寧音と飯口は何かを話しながら進んでいるけど、今の私は聞く気がないから足音以外ににも聞こえない。
なんでついてきてしまったんだろう。私1人だけでも外で待っていればよかった。怖いし暗いし、ネズミとか蝙蝠とかその辺の生物の巣窟になっていそうだ。特にネズミとか苦手だから絶対に出てきてくれるなよ。蛇も禁だから。
恐る恐る進んでいると、寧音が不思議なことを言い出した。
「そういえばおばあちゃんが言っていたんだけど、このトンネルの中に昔使っていた防空壕があるとか。場所とかは聞いたことないから本当か嘘かわからないけど」
それを聞いた飯口はさらに興奮した様子でこう言った。
「まじか! それは探さないとだな!」
寧音なんでそんなことを言うんだ。胸の中にずっとしまっていればいいものを。こうなることは安易に予想できただろう。飯口なら探すって言うに決まっているのに。めんどくさいことを増やさないでくれよ。
「待ってよ。寧音が言った通り、あるかどうかさえもわからないんでしょ。崩落の危険もあるのだから時間をかけて探すのはやめといた方がいいよ」
こんなことを言っても何もならないことは重々承知している。だけど、飯口に少しの良心が残っているのなら、考えることくらいはできるだろう。
だが、私の言葉は全く飯口には届かなかった。
「崩れるって言われてて、今も崩れていないのだから大丈夫だ。まだ崩れていないのが何よりの証拠だろ。そんなに怖いのだったら1人で先に戻っていろよ」
知っていたけど、こいつに良心なんてものはないんだ。あるのは馬鹿な探究心だけだ。どうしてこんな奴の味方をするんだ寧音は。いいところなんて1つもないじゃないか。うるさいし、人の話も聞かないクソ野郎だよ。できるものならねお寧音だけでも連れて帰りたい。だけど、寧音は飯口から離れないんだよな。それに関してはもうすでに諦めているけど。
寧音が飯口を焚き付けるようなことを言ったせいで、飯口の歩く速度は10分の1くらいにまで遅くなっていた。
こんな速度で反対側まで歩いたら戻った時には朝日が出ているんじゃないか。せめてもう少し早く歩いてくれたらな。
思っているだけではどうしようもないが、相手が飯口の場合は言っても人の話は聞かないから言おうが言わまいが同じだ。