猫と砂利 2話
朝は寝不足だったけど、普段と変わらない日常をこの日は過ごした。
その夜だった。
23時半には布団に入って、気がつけば眠りについていたのに、また1時半に目が覚めた。
昨日と違って今日はトイレに行きたい気分ではない。出そうと思えば出るかもしれないけど、行くのが面倒だし、このまま眠って朝でも間に合うだろうと思って、寝られそうにはないけど布団の中で目を瞑ってじっとしていた。それでも眠りにつくことはできなかった。諦めて目を開けようかと何度も思ったが、そもそも目を瞑ってないと眠たいと感じないだろうなと思って、無理矢理でも目を瞑って眠れるのを待った。
そんな時だった。
微かにだけど、リビングから僕の部屋までの廊下を歩く足音のようなものが聞こえてきていた。
「家鳴り」と言って、古い建物の場合は何もしていなくても床が鳴ることがあるらしい。特に木造建築物は、季節や年と共に増えるとか。夏には湿気を吸って木が大きくなって、冬には湿気を吐いて少し縮むのだとか。心霊番組とかでよく「メキッ」や「ギシッ」って鳴る音のほとんどは、「家鳴り」だとも言われている。
だけど、今僕が聞いている音は家鳴りのレベルじゃない。数回時々なら家鳴りだと判断できるが、連続ずっとはおかしい。それに徐々に大きくなったり小さくなったり、ランダムではなく意図を感じる。誰かが歩いている? 今の時間は家族のみんな寝ているから、誰も歩いてはいないはず。もし仮に歩いていたとしても、往復する必要性はない。部屋に入ってきたければ入ってくればいい。忘れ物があったらなリビングに行けばいい。何もない廊下を彷徨う意味がわからない。
余計に目が冴えてきた僕は、足音のことを気にせず眠りにつこうとするが、目を瞑ると、耳が余計に冴えて足音がさっきよりもよく聞こえる。
これは眠れないやつだ。
半ば諦めながらも目を瞑っていると、いつの間にか勝手に眠っていて、何気ないいつもの朝を迎えた。
あの足音のような音を検証するために、僕は部屋の前の廊下を行き来した。僕の体重は76キロ。家族の中では1番重い。だから、僕が歩いた時に音が鳴らないのであれば足音ではないと言うこと。
ギシギシギシ。
これはこれで大丈夫な音じゃないけど、夜中に聞こえた音は足音で確定だ。
僕の体重が重いことは認めるけど、僕の重さでこの音なら、昨日の音は何が歩いた音なんだ。ネズミくらい軽い動物じゃなければ、出せない音だ。
廊下の先。そこは仏間だ。6畳ほどのスペースの端に仏壇が置いてある。普段は立ち入らない場所。
もしも幽霊が廊下を歩いているんだとしたら、あの足音になってもおかしな話ではない。というか、幽霊に足音なんてあるのかな。
恐れながらも仏間の扉を開けると、仏間には幽霊ではなく茶色の毛色をした猫がいた。猫は僕と目があったら一目散に僕を通り越して逃げて行き、階段の手前にある窓から外に出た。
場所は2階でけど、さすがは猫だ。あの高さから落ちても平気だとは。
言っておくが、これはまれだ。いくら田舎に住んでいるからとはいえ、そんな頻回に猫が家の中に入るということはない。蝶々やトンボはよくあるが。1回だけ野良犬が入ってきたこともあった。あれは大変だった。中でうんこされていたし。
何はともあれ、足音の犯人は猫で間違いない。夜行性で、出口が見つからず僕の部屋とリビングの間を往復していたんだ。餌でも探し求めて迷い込んだだな。
この時はそう思っていたけど、簡単に解決できるほど足音は生易しいものではなかった。
猫がいなくなったにも関わらず、この日も廊下から足音が聞こえていた。そして、僕はまた夜中の1時半に目を覚ましてしまっていたのだった。
今日は外の風が強い。風の影響で家が揺れている。ギシギシとな鳴る音がいつもに増して激しい。もうこの家限界かもしれない。
そんなギシギシと鳴っている音に紛れて、また小さな足音が聞こえてきていた。もう猫はいないというのに。
足音はまたしても僕の部屋の前とリビングを行き来していた。それもゆっくりと。
聞こえないふりをして眠りたいが、足音が気になって仕方ない。なぜか今日に限って、僕の部屋の前で一旦足を止めているし、こんな中で眠れるやつがいたならとんだ強心臓だと思う。
足音ではなく、外に吹く強風の音を聞きながら、目を瞑った。
こちらに集中してもうるさくて眠れない。
それから眠りにつけたのはいつだかわからないけど、朝、鏡の前の自分がひどいクマをつけていたから、遅かったんだろうな。
その後も毎日のように足音は聞こえてきて、眠れない日々が続いた。そんなある日。ここ最近では珍しく夜中に起きたのに、足音が聞こえなくなっていた。やっぱり猫か何かが入り込んでいて、急にいなくなったんだ。そう思っていると、今度は外で足音が聞こえた。
街灯も歩道もなく、家も数軒しかないこんな場所で人の足音が聞こえることはまずない。それに歩いている足音は、道路ではなく、敷地内の砂利の上。まさか泥棒か。こんなボロ屋に入っても何もないぞ。
もし本当に泥棒だったら、目があった途端に襲い掛かられそうだから、窓から外を覗くのはよしておこう。その代わり、いつでも警察に電話できるように、スマホをセッティングして、扉を開ける音が聞こえたらその時は速攻で通報しよう。
この日も別の意味で眠れなくなっていた。
結局、泥棒は入ってくることはなく、あの足音はなんだったのかわからずじまいだ。
その次の日。
この日は久しぶりにぐっすりと眠れた。ただ、おかしな夢を見た。それは、僕が自転車で学校に向かっている時、道端で知らない女性に話しかけられると言うもの。夢の季節はわからないが、女性は白いワンピースを着ていたから多分夏なのだろう。女性は僕を呼び止めてから「中野さんの家に行きたくて」と話していた。僕の住んでいる家の近所に中野さんはいない。少し離れたところにもいない。新しい家が建てば、噂をされるような田舎。新しい人が転入してきても誰かが噂をしているから耳には入る。その中でも中野さんはいなかった。でも、1つだけ心当たりがある。街の端っこにある、築何10年も何100年も経過してそうな古い木造建築の廃屋の表札が、中野だってこと。
夢は所詮夢。断片的な記憶を勝手に自分の頭の中で物語っているだけだ。どこかの心霊番組を再現してしまったな。
自分にそう言い聞かせていた。