第一話
秋の夜、直人は薄暗い街灯に照らされた寂れた住宅街を歩いていた。
彼の背後には、心霊スポットへ向かうために集まった友人たちと大学のマドンナの美咲が続いていた。彼らは一週間前にこの廃屋が最近話題になっている心霊スポットだと知り、美咲を誘ったら上手いこと成功し、このメンバーになった。
その廃屋は、町外れの森の中にひっそりと建っていた。かつては誰かの家だったに違いないが、今では朽ち果て、木々に覆われていた。屋根は崩れ、壁はひび割れ、窓は割れたガラスの破片が散乱している。夜の闇に溶け込むようにして、廃屋は静寂の中に浮かび上がっていた。
「ここが噂の心霊スポットだな。落書きされまくってるな」
友人の一人が懐中電灯を振りながら言った。その声には期待と少しの不安が入り混じっていた。きっと地元の不良たちが溜まり場として使っているのだろう。直人は友人たちと共に廃屋の扉を押し開けた。
扉の奥には、ひんやりとした空気が立ち込めており、急に冷えた空気が体を包んだ。建物の内部には、ほこりと腐敗の匂いが充満していた。地面には古びた家具や壊れた木製の椅子が散らばり、壁には何かの血痕のような跡が残っていた。
「うわ、これ本当に怖いね……」
美咲が小声でつぶやいたのを聞いて、直人は格好つけるために彼女を安心させるように微笑んだ。しかし、彼の心の中には不安が広がっていた。彼らは、暗闇の中で進むことに決めた。
廃屋の奥へ進むにつれて、空気はますます重くなり、異様な冷気が体を包み込んできた。
突然、冷たい風が吹き抜け、部屋の奥から低い唸り声のようなものが聞こえてきた。誰もがその音に耳を傾け、恐怖に凍りついた。
「これって……」
友人の一人が言いかけたその瞬間、懐中電灯が一斉に消え、真っ暗な闇が広がった。直人たちは必死に懐中電灯を再点灯させようとするが、光は戻らなかった。恐怖と混乱が一層深まる中、皆の視界に薄暗い霧が立ち込めてきて、自分自身の平衡感覚が保てなくなってきた。
そうして混乱していると、近くから小さな悲鳴が聞こえてきて振り返ると、美咲の肢体に霧を纏った腕が絡みつき物陰に引き摺り込んでいくのを発見した。おぼつかない足取りで助けようと駆け寄るが間に合わなくて美咲は引き摺り込まれてしまう。
あまりの現実感のない出来事に暫く直人たちは硬直するが、次第に恐怖が勝ってきて悲鳴をあげながら逃げ惑い始めた。
暫くして、冷静になってきて美咲を探し始める。
「美咲さん!」
直人が叫びながら周囲を探し回ったが、影の中で美咲の姿は消えていた。彼の心臓は激しく鼓動し、息が荒くなるのを感じた。懐中電灯は復活したが、霧がさらに濃くなり、視界は全く確保できなくなった。
「美咲さん、どこにいるんだ!」
直人たちは叫び続けたが、答える声はなく、ただただ恐怖の中で焦りだけが募る。突然、冷たい手が直人の肩をつかむ感触があり、何かを耳元で囁かれて気がして、彼は驚きのあまり後ろを振り返ったが、誰もいない。
そのまま、霧がすっと消え去り、直人と友人たちは混乱しながらも廃屋から逃げ出した。家に帰ると、直人の心には深い恐怖と罪悪感が残っていた。美咲の姿はどこにも見当たらなかった。
廃屋から帰った直人は、日常生活に戻ることができず、自宅で鬱屈としている生活が続いていた。そうした生活を送っている直人を心配に思ったのか、共に心霊スポットに行かなかった友人が直人の自宅まで来て直人を外に引っ張り出し呑みに連れて行ってくれた。
直人は友人に心霊スポットであった出来事を説明していく。
「それ、一度専門家に相談した方がいいんじゃないか?美咲さんの行方も気になるし、っていうか、落ち込んでるからさっきまで言ってなかったけど、お前の影、なんか薄くね?」
そこで初めて直人は自身の影が薄れているのを知った。彼の影は、まるで夜の闇に溶け込んでしまうかのように少しずつ消えていっているのだ。彼自身もまた、現実感を失っていた。毎晩、影の薄さに苦しむ直人は、寝室で目を覚ますたびに、自分が完全に消えてしまうのではないかという恐怖に襲われていた。
友人たちと共に美咲の失踪について話し合うが、答えが出るわけでもなく、彼らは次第に疲弊していった。直人は、自分の影の異常が美咲の失踪と関係があると直感していたが、証拠がなく、誰にも信じてもらえなかった。
呑みに誘ってくれた友人がアポイントをとってくれた、地元で有名な寺にお祓いに行くことに決めた直人と友人たちは、住職に相談するためにその寺に訪れた。寺の境内はひんやりとした空気が漂い、古びた石灯篭と木々の影が長く伸びていた。住職は白装束をまとい、深い瞳で直人たちを見つめていた。
「この影の異常、ただの霊的な問題ではないようだ」
住職は静かに言った。
「あなたのように影が薄くなり、心霊的な影響を受けることは稀です。おそらく、私のような半端者より専門家の助けが必要でしょう」
住職は、影渡りという祓屋の様な技術を持った専門家を紹介することを提案した。直人はその言葉に希望を抱きながらも、不安でいっぱいだった。彼の影が消えつつある現実と向き合うことに、ますます深い恐怖を感じていた。
数日後、直人は住職に紹介された専門家、蒼井怜子と出会った。彼女は冷静で知識豊富な雰囲気を持ち、現実とは違う異なる世界見ている様な眼差しで直人を見つめていた。
「あなたが藤崎直人さんですね。どうやら本当に影世の影響で影が薄くなっているみたいですね」
蒼井は直人に話しかけた。その言葉に直人は驚きと期待を抱きながらも、恐怖を感じていた。
「影世って一体何ですか?美咲さんを助ける方法はありますか?」
直人は必死に質問した。
「ふむ、影世は現実世界の裏に存在する異界です。そこには影を操る者たちが住んでいます。影世の影響を受けることで、稀に影が薄くなる人がいるみたいです」
蒼井は説明した。
「美咲さんについてですが、美咲さんを助けるために影世に入り連れて戻ってくるなんてリスキーな事をしてくれるお人好しはいないでしょうね。助けたいと思うのであれば、私と同じ様に影渡りとしての訓練を受け、影世に引き摺り込まれてしまった美咲さんを助けられるだけの力を得る必要があります。それがひいてはあなたの影を元に戻す手掛かりになると思います。ただし、美咲さんが影世の深層に入ってしまった場合、すでに手遅れかもしれませんがね」
直人はその言葉にショックを受けながらも、希望を捨てずに影渡りとしての訓練を始める決意を固めた。彼は、自分の影を取り戻し、美咲を救うために全力を尽くす覚悟を決めた。
「わかりました。俺に影渡りとしての訓練を受けさせてください」