ほんの少しの勇気と、その結果
「え、えと…お友達と一緒に帰るってどんなこと話したらいいんですか?」
君昨日誘ってから、10時間以上がたった今私は速水さんと帰路についていた。
「んー?いろいろ。俺は自分の好きなこととか、共通の趣味の話とか。あとは学校の話とかかな。好きなこと話していいと思うよ?しずくちゃ…あ、雪野さんは趣味とかある?」
あ、言い直した。
嫌じゃないよっていいのかな。
「えと、下、下の名前で呼んでいいですよ。私の趣味は…ど、読書とか、ですかね… 」
また緊張で噛んでしまった。
例の横断歩道までもう少し。
時間も近づいてきている。
「読書か。いいね、俺も読書好きだよ。ゆ、しずくちゃんはどんな本読む?」
男の人にちゃん付けされてしまった……!
恥ずかしい…!
「日本文学も好きなんですけど、最近は海外文学も好きで、エドガー・アラン・ポーなどの定番、あとアガサ・クリスティーも読みました。あとはアンデルセンやグリムなんかの童話の原作も読んでみたいです。あとは、あ、海外ではないんですけど日本の文豪の小説を読むのも好きです…!!…あ、すいません。私ばっかり話してしまって。」
本の話ばっかりで飽きさせてしまっただろうか。
「ふふっ。しずくちゃんは本当に本が好きなんだね。そっか〜。俺としてはダニエル・キイス作の『アルジャーノンに花束を』なんかもおすすめだよ」
優しい人。
この人といると、私が普通の女の子のように思えてしまう。
それくらい優しいいい人。
横断歩道に着いた。
あと3分。
あと数分で速水さんが死んでしまう。
「そういえば、明日からちゃんと授業始まるね〜」
あと1分。
「そうですね。私は国語が楽しみです」
あの車が遠くに見える。
「しずくさん、俺と噛まないで喋れるようになったね。めっちゃ嬉しいんだけど…喜んでるように見える?」
にこにこといつもよりいい笑顔で私を見る。
何か不自然な気もするのに、その違和感の正体がわからない。
5秒以上見ないようによく目を逸らしてしまうのだけれど…。
嫌な印象を与えていないといいな。
あと10秒。
「速水さん…!」
意外に大きな声が出た。
「……何?」
ニコニコと笑ってはいるが、いつもの笑顔ではない。
暗い…かげっているような。
あと3秒。
速水さんの服を掴む。
「わっ…!」
よろける。
頭打たないといいな。
あの時間から10秒が過ぎた。
例の車はちら、とこっちを見て、何と言えばいいんだろう。
私から見ると、残念がっていながらもどこかホッとしているようだった。
「よ、よかった…」
彼は腰を抜かしているようで、口をパクパクさせていた。
「……んで」
やっと声が出たようで、か細い声しか出ていなかった。
「なんで、あのまま…あれなら事故として…」
彼の心の底から出た言葉のように感じた。
私は何も言えなかった。
言うことができなかった。
いつもニコニコと笑っている彼からは、想像もできない姿だった。
「なんで、なんでわかったんだ。俺、俺が死ぬって」
…どうしよう。
「なぁ、教えろよ。誰が教えたんだ。いや…誰かに聞いたはずないよな。君は僕以外と話さないし、第一に僕は誰にも言ってない。なら…ならどうして…?」
取り乱している彼には、本当のことを言うしか落ち着いてもらうことができそうになかった。
どんなに取り繕っても、突き詰めていくうちにボロが出る。
なら、もう本当のことを言うしか…?
でも、でも、でも……!
「いいよ、言わなくて。もう死に方とか世間体とかどうでもいい。僕は死ねたらそれでいいんだ」
声が出ない。
彼は、つまり彼は自殺をしようとしているんだ。
「まって…!話す…から!死なないでよ……!」
いつの間にか泣いてしまっていた。
「私、死ぬ日がわかるの。死に方もわかるし…!あなたの意思だって知ってたら、止めなかったかもしれない……。ううん、嘘。知ってたとしても私は止めてた。私に優しくしてくれた、家族以外の初めての人だから…!私は…私はあなたに絶対に死んでほしくない…!」
呆然としている彼。
「なんで…そんな嘘つくんだよ。こんな時に嘘言ったって…!」
初めてだった。
この能力を人に話したのは。
それを嘘だって言われて腹が立ったのかもしれない。
気づいたら私は怒鳴っていた。
「嘘じゃない!〇〇年、×月、〇日、〇〇時〇分。さっき通った赤い車、運転しながら電話してたさっきの車に轢かれて速水律死亡!加えて、一緒にいた男子生徒田中夏目怪我多数!これでいい!?信じた!?」
久しぶり、というか、怒鳴ったことは人生で一度もないので、少し息が切れている。
「俺が一緒に帰ろうとしていた相手まで…。本当のことを…?…あ、さっきは…ごめん。邪魔されて気が立っていたみたいで…。」
あぁ、いつもの彼だ。
さっきのがいつもの彼なのか?
わからない。
けれど、落ち着いたみたい。
「止めちゃってごめんなさい…。でも…でもっ…」
いつの間にか涙が溢れていた。
「ご、ごめん。ごめんね…泣かせちゃって…」
いいの、ごめんね、と言おうとしても声が出ない。
「しずくちゃん、さっきの力の話だけど………」
言わなきゃよかった。
怖い。
否定されて、突き放されるのが。
せっかく優しくしてくれたのに。
嫌だ、嫌だっ……。
「ぼ、俺は…いいと思うよ。こんなこと言ったって、信じてもらえないかもしれないけど……。いい力だと、本当にそう思う。君は……うん、君は人の命を救うことのできる人だよ」