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黒姫物語  作者: 中安叶子
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 数日後から、オルダーンの兵士たちは度々ケイラの家へ訪れた。

 誰もが「城へ来てください」と言う。

 ケイラはその言葉の先にあるものをわかっていた。

 ケイラはどの兵士の頼みも即座に断り、居留守を使うことさえあった。

「いいのか」とブブが心配するくらいの間、ケイラはずっと兵士たちを無視し続けていた。


 そんなケイラにある日兵士が手紙を一通渡した。

 開けてみると、王直筆のものだった。

 書いてある文章はほんの少し。

 “力を貸すと言ってくれただろう”

 切実な彼の表情が浮かんで、はっと胸をつかれた。

 言ってしまったことを後悔してももう遅い。

 ケイラはちらと机の上に置いた仮面を見た。

 

 前に城を訪れてからだいぶ経っていた。

 怒られるだろうか、とぼんやり考える。

 兵士は前と同じ道で一番上の階へと案内した。

 部屋にはセオンがかしこまり、無言で奥の部屋へとうながす。

「入るぞ」

 声を張れず、自分の前で虚しく消えた。

 自然とローブを握りしめる。

「来てくれてありがとう」

 シャンも静かに言った。

 彼の顔を見れなかった。そうなってしまったのは自分の責任のような気がした。

「君がいないと、この国は滅んでしまう」

「私は力になると言った。それは変わらない」

 ケイラはやけになって、彼に詰め寄った。

「私はクレアなんだ」

 我慢するのはもうこりごりだった。

 王子はぽかんとしている。

「クレアはこの間舞踏会に…」

 ケイラはそれを確認してから、ごくりとつばを飲む。

 怖かった。

 勇気を出して、そっと仮面を外す。

 きっと彼も初めて姿を見せたとき、同じ気持ちだったろう。

 シャンの瞳はケイラをじっと見つめる。

 しばらく時計の針がとまったかのように思えた。

 ケイラの心臓は秒針と重なり大きく鳴る。シャンの口が小さく動く。

「…クレア」

 景色がにじんだ。十年間さまよい続けて、やっと出会えたのだ。

「クレアだね」

 しっかりしたシャンの言葉。

 彼が手を伸ばそうとしたので、ケイラは一歩後ずさった。

「すまない。幼い頃の記憶を失くしてしまったんだ」

 二人の間に沈黙が流れた。

「そのかわりに、デンの娘として、王子の呪いを解いてみようと思う」

「そんなことができるのか」

 ケイラはこくりと頷いた。

 目を閉じてシャンの中のエネルギーを辿る。

 何本もの糸がからまっていて、それを丁寧に外していく。


 呪いの魔法を全て解き放った。

 目をつぶりすぎて、開けても景色がちかちかとした。

 シャンがわずかに輝いた気がした。

「呪いが解けたのか?魔法ではなくて?」

「ああ」

 魔法の力を使わずとも、彼はこの世のものとは思えないくらい美しかった。

「ありがとう、クレア。立派な魔法使いになったんだね」

 親しげな彼の表情に、自然と頬がゆるむ。

 夢で見てきた笑顔と一緒だった。

 しかし、今はもうただの魔法使いでは応えきれないほど、遠い存在だった。

「そう。あなたは王に」

 名前は呼べなかった。

「城においでよ、クレア」

 無邪気に彼は言った。

 その言葉の意味を聞く勇気はなかった。

「少し考えさせて。わたしにも育ててくれた人がいるから」

「そうか。ともかく会えてよかった。もうこの世にいないんじゃないかと思ってたんだ。けれど、あの舞踏会の夜、名前は違ったけど、君に会えたと思ったんだ」

 口を結んで話を聞いていたケイラだったが、エラの輝く笑顔が浮かんだ。

「エラと話がしたい。会ってきてもいい?」

 許しをもらいに行くわけではない。

 エラに会えば揺らぐ気持ちがしっかりすると思えたのだ。

 シャンはケイラの様子を心配し、そっと肩に手を置いた。

「大丈夫?エラはこの階の王室の右隣だよ」

 ケイラは軽くうなずき、「ありがとう」と部屋を後にした。

 王室はまだ閉まりきったままだった。

 ここを通るたびに、アーク王の衰えた顔、マーリンの声を思い出す。

 過ぎたところにもう一つ部屋があり、ちょうど召使いが「エラ様、掃除の方が終わりましたので、失礼します」と頭を下げて出ていく。

 ケイラは立ち止まった。

 足は迷うことなくまっすぐエラの部屋へと向かった。

 なんの言葉もかけず、ケイラは静かに扉を開けた。

 ハトに連れられたあの日と重なる。

 しかし今度は床に這いつくばってはおらず、椅子にちょこんと座って小さな窓から差す光の方を見ていた。

 彼女の後ろ姿はマリアと重なった。

 丸い小さな背中は悲しげに見える。

 そっと入ったつもりだったが、エラは気付いたようだ。

 姿勢は変えずに「どちらさまですか」と鈴が鳴るような声音で聞いた。

「あの魔法使いだ」

 静かに答える。するとエラは嬉しそうに振り返って笑った。

「まあ、あのときの。あの時は本当にありがとうございました。ずっとなにかお礼がしたかったんです」

 エラの目はケイラをとらえなかった。

 半開きで、濁った水たまりのようだった。

「礼はいらない。それより、目が見えないのか」

 エラは相変わらず楽しそうだった。

「はい。視力を失いました。シャン様にどうしても会いたいと言ったら、そのかわりに」

 彼女は恨むことも悔やむこともせず、ただシャンを想って幸せそうだった。

 ケイラは泣きそうになって唇をかむ。

 目を失わせる目的が、嫌でもわかってしまった。

「すまない」

 彼女の顔もどうしても見れなかった。

「どうして謝るのですか。私は魔法使いさんにお姫様にしてもらえて、とても嬉しかったんですよ」

「王子様とはうまくいってる?」

「ええ。あまり会えないけど。とても優しいです」

 他人の口から語られるシャンは、知らない人のように思えた。

 これでいい、と自分に言い聞かせる。

「これからは会えるようになるだろう。幸せになってくれ」

 彼女はまだ飛べる。明るい光が道しるべをしてくれるだろう。

 ケイラはそれだけ言うとさっと部屋を出た。

 軽やかに階段を下り、外に出る。

 温かい午後の日差しだった。

 ブブの気持ちよく眠る姿が浮ぶ。

 陽光に照らされた城は、ベールに包まれたようにどこか別の世界のように感じた。

 歩いて行くと、ケイラの姿を見て衛兵が跳ね橋を下ろしてくれた。

「馬車でお送りしましょうか」と一人の兵士が尋ねる。

「いや、けっこうだ。ありがとう」

 今はこの王国のだれにも関わりたくなかった。

 歩いて丘を下りながら、賑やかな城下町を見降ろす。

 兵士に頭を下げられながら城門をくぐると、街が目の前に広がった。

 一瞬足がとまった。

 城壁に背をあずけて一人腕組みしている人物がいたのだ。

 その人の容姿、オーラが直接見なくても伝わってくる。

 その人物は片手を上げてにこっと笑う。

「やあ、ケイラ。久しぶりだね」


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