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黒姫物語  作者: 中安叶子
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 目に飛び込んできたのは黒のカーテンで閉ざされた暗い部屋、大きなベット、そこに座る影だった。

「よく来てくれたね」

 近くで聞くと声はまだ少し幼い気がした。

 目が慣れてくると徐々に彼の輪郭や表情が読み取れてくる。

 夢の少年だ、となぜか思った。

 しかし、全てが目に映ると、勝手に手足が震えてくるのがわかった。

「僕はシャン。アーク王の孫にあたる」

 想像をはるかに覆していた。

 彼の顔には広く黒いあざがあり、あごや頬にはこぶのようなものがぶつぶつとできている。

 鼻や瞼も均整がとれず崩れている。

 先ほどの呪いという言葉が真っ先に浮かんだ。

 仮面の下でケイラの目から一筋涙がこぼれた。

 真っ白な肌、小柄な体、弱々しい声、まるで飛べない鳥のようだった。

 長年人前に出られず、ここで暮らしてきたのだろう。

「褒美はいくらでも出そう。僕に魔法をかけてくれ」

 ケイラが何も話さないので、しびれをきらしてシャンは言った。

 彼の顔の中に、切実な瞳をちらと見た。

 ふと、魔法のエネルギーを感じた。

 マーリンのものではない。ケイラはこほんと咳払いをする。

「完全に救うことはできない。ただ、一時なら夢を見せてあげられるだろう」

 ケイラはシャンの正面に立ち、目を閉じて呪文を唱え始めた。

 顔だけ変えればいいだけなので、さして難しい魔法ではなかった。

 言い終えてケイラの前に立っていたのは、夢の中の少年そのものだった。

 ケイラは目が離せなくて自然と一歩前に進む。

 ケイラが作りだしたシャンの姿は、夢からそのまま、少し理想も入って現れた。

 王子と視線が合って、一度だけ深く頷いた。

 彼は壁に掛けてある大きな鏡の布を取った。じっと立ち尽くしている。

「すごい…」

 驚嘆の声がため息とともにこぼれた。

「すごい!すごいよ!」

 振り返ってはしゃぐ顔は幼く、夢の彼となんら変わらなかった。

 シャンは部屋のカーテンを思いきり開けて、外の景色を眺める。

「これでやっとみんなの前に立てる」

 ひとり言のように彼は言った。

 唯一の跡取りなのだ。重圧はすさまじかっただろう。

「ありがとう」

 シャンはケイラに面と向かって頭を下げた。

 その声音はシャン個人のものというより、この国の声のような気がした。

 代表としての立派な声だった。

 初めて聞くその声の調子は、ケイラを魔法使いへと戻した。

 ケイラは彼の手首をつかんで、彼の顔に当てた。シャンははっとする。

「わかるだろう。魔法は幻。ベールのようなものだ。その質が変わるわけではない」

 シャンは何か考えているようだった。

「それでもかまわない」

 しっかりした強い瞳だった。ケイラは視線を外して小さくうなずいた。

「魔法は一時的なものだ。長時間は私の力が持たないからな。それでもいいか」

「いいよ」

 先ほどの彼とは似ても似つかない様子だった。

 希望の光が見えると、人はこうまで生き生きするものなのか。

「褒美は家に直接送ってほしい。私が必要な時はいつでも力を貸そう」

 ケイラはそれだけ言うとくるりと背を向けて部屋を後にしようとした。

 取っ手に手をかけた瞬間、後ろから声がかかった。

「クレア?」

 久しぶりにその名を耳にした。体は全く反応しない。

 ケイラは何一つ動けず、喋れなかった。どう返していいのかわからなかった。

「ぼくは七歳まで、ずっとクレアという子と一緒に育ってきたんだ。彼女が大好きだった」

 シャンはケイラの隣まで歩いてきて、しっかり聞いてもらえるように丁寧に言葉を選んだ。

「ぼくの呪いの原因はわかっている。王が魔法使いを殺したからだ。娘が復讐するのを恐れて、王は彼女も殺したと言った」

 ケイラは初めて聞く話に思わずシャンの顔をうかがった。

「きみも魔法使いなら、デンという名は知ってるはずだ。そして、その娘のクレアも魔法使いになるのを夢見ていた」

 王子の手が仮面を外そうとしたので、ケイラは慌てて顔を背けた。

「きみはクレア?」

 悲しそうな声色だった。

 閉じこもって生きてきた彼にとっては、彼女だけが生きがいだったのだろう。

 ただ、それがわかっていながらもケイラは首を横に振った。

「ちがう。わたしはこの土地の生まれではない」

 これ以上は耐えられなくて、素早く部屋を出た。

 シャンにもセオンにも何も言わせなかった。頭が混乱しておかしくなりそうだった。

 記憶は蘇らずとも、何が起きたのかは徐々につながっていく気がした。

 

 午後の暖かな日差しのなか、ケイラは城壁の外で待機していた馬車に乗った。

「すまないが、ストムベリーの村で降ろしてくれないか」

 馬車を少し走らせたところで、ふと思い出して口を開いた。こんな時こそ気分転換がしたかった。

 兵士は「かしこまりました」と頭を下げる。

 ストムベリーは今朝ハトが言っていた女の子が住んでいる家がある村だった。

 行かなくてもいいかとも思えたが、今はまっすぐ家に帰る気分ではなかった。

 方面はケイラの家と一緒で、途中でゆるやかに分かれる右の道を行くだけだ。

 ただ、ケイラはいつも近くの街にしか行かないので、未知の土地ではあった。

 そう思っていたのだが、デジャブのようにどこかで見たような景色が広がっていた。

 思い出すのは、激しい雨。

 記憶をたどろうとしたとき、馬が鳴いて馬車がとまった。

「ケイラ様、ストムベリーでございます。しばらくここで待機しておりましょうか」

「いや、けっこう。待たなくて大丈夫だ」

 地面に足をつけて降りた場所は、殺風景な田舎の村だった。

 木造の藁ぶきの家がぽつぽつと目に入るが、その少し先に村には馴染まない豪邸が建っていた。

 そこの屋根の上で白いハトが小さく飛んでいる。

 家の下までつくなり、ハトが舞い降りてきた。

 しきりに耳元でなにか鳴くのだが、ケイラにはさっぱり理解できなかった。

「今度ブブを連れて来るよ」

 通じるかわからないが、一応すまなそうに言った。

 家のまわりを歩いて、格子の窓から中の様子を見てみる。

 城の部屋と同じように家具はつややかできれいだった。

 一人の女の子がはいつくばって床を拭いている。その子を見るまでは夢だと思っていた。

 天使のようなオレンジ色の髪をもつ少女。

 あれは現実だったのだ。

 彼女からパンをもらわなかったら、ケイラはマーリンに見つけてもらうことなく死んでいたはずだ。


 少女はあの時と同じように、服も髪も黒ずんで汚れていた。

 顔までは見えなかったが、絶対に彼女だと確信した。

 三人の女の人が入ってきて、その少女にとやかく指図するのが外にいるケイラにも聞こえた。

 助けて、と頼まれたことはなんとなく呑みこめた。

「彼女には恩がある。必ず協力すると約束しよう。また改めてブブを連れて来る」

 ハトは了解したとでも言うように、勢いよく羽ばたいて空へと昇っていった。

 ケイラはその姿を見送ると、隠れた太陽の位置を確認して家へと向かった。


「おかえり」

 扉を開けるなり、ブブは出迎えてくれた。

 最近はどこかに出かけるたび心配してくれる。

「どうだった、城は。ハトのところにも出向いたのか」

「ああ、王の孫に魔法をかけることになった。わけありでな。ハトのところにも行ったが、言葉がわからなかった。今度一緒に行ってくれ」

 ブブの出番が来るなど今までなかったので、彼は嬉しそうにしっぽを振った。

「俺に任せておけ」

 それだけ言うとどこか散歩に出かけたので、ケイラは小さく息をはいて部屋へ戻った。

 基本的に隠し事はしないケイラだが、好んで話したがるわけでもなかった。

 

 翌朝、大きく扉を叩く音でケイラは目覚めた。

 何事かと急いで仮面をつけて、一つ大きなあくびをして表へ出た。

 そこには、お決まりのオルダーン国の兵士がいた。

 同じ兵士が何度も訪れているため、親近感さえあるほどだった。

「今日は何の用だ」

 兵士が挨拶を述べる前に、ぴしゃりとケイラが口を開いた。

 寝起きの機嫌が悪いのはいつものことだ。

「王からのお頼みで参りました。実は王が三日後に、舞踏会を開くことを決定されました。ぜひケイラ様にもいらしてほしいそうですが、来ていただけますか」

 行動が早いと感心してしまった。

 ケイラは自分が行く目的をわかっていた。

 魔法使いとして行くのだということを。

 気乗りしなかったが、力を貸すと約束してしまったため行くと返事をした。

 兵士はうやうやしく頭を下げて「ありがとうございます。王にお伝えしておきます」と言って風のようにその場を去って行く。

 もう王と呼ばれているのか、とケイラはため息をついた。

 私がいなければ、人前に出ることさえできないのに。

 ちらと扉の前に置かれている大きな袋を見た。

 中には金貨がどっさり入っているのだろう。

 ケイラは小さなため息をついてから、もう一度部屋に戻り夢に落ちた。

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