5
家に帰ると、家の周りにはやはり兵士がいた。
馬を降りてすぐ、何人かが寄ってきた。
「男の魔法使いの居場所を知りませんか」
ケイラはゆっくり首を振る。
そのまま中へ入ろうとする背中に兵士が声をかける。
「しばらくこの辺りを見張らせてもらいますので」
居間は明かりがついていて、ブブが机の上にどっしりと座っていた。
「大丈夫だったか」
ケイラはそのまま自分の部屋に入ろうかとも思ったが、ブブの一声でそばの椅子に座ることにした。
「すまない。マーリンはここには帰ってこれない」
ブブもそうか、と言ったきり何も追究してこなかった。
「安心しろ。ここには俺がいるからな」
得意げに言うと伸びをして、体を丸めて眠りについた。
ケイラは明かりを消すと仮面を取り、椅子にうずくまって静かに涙を流した。
それからしばらくは、一人と一匹は肩身の狭い暮らしだった。
街に出るにも毎回兵士らに疑われる。
しまいにはケイラもブブも外に出ることを諦めた。退屈な日々ばかりだった。
ただ、ケイラの心も安定しつつあった。
いろいろ悩んだすえに強くならなければと、決めたのだった。
そんなある日、家の窓を叩く音がした。
叩くといっても小石が当たる程度のかわいらしい音であり、木の板を外すと白いハトが二羽、外の木にとまっていた。
ブブが相手をして、しばらく猫とハトの鳴き声が続いた。
ケイラはその様子がおかしくてふっと笑う。
ブブが窓を離れるのと同時にハトも飛び立った。
「あいつら、ケイラにお願いがあるんだってよ。なんでも、かわいそうな女の子を助けてほしいそうだ。住んでる場所は聞いたから、気が向いたら見に行ってやってくれよ」
ハトが頼むこととしては滑稽で、ケイラは感心して頷いた。
「わかった。行ってみよう」
ケイラが家を出る支度を始めたとき、今度は扉をノックする音が聞こえた。
なんだろうと、ケイラとブブは顔を見合わせる。
急いで仮面をつける。
扉の向こうには、兵士が三人いた。
あのときと一緒だ、とケイラはどきりとした。
「魔法使いのケイラ様にお願いがあります。密令ですので、このまま城へご同行願えますか」
ケイラは断ろうとも思ったが、ついでだと思って承諾した。
帰りに馬車で寄ってもらった方が早いだろうと考えたのだ。
「行ってくる」とブブに一声かけると、兵士らについて馬車に乗った。
城は落ち着きを取り戻していて、見張りも掃除婦もいつもと変わらず働いていた。
ケイラもできるだけ冷静に努めるが、どこかでマーリンがひょっこり現れる気がして仕方なかった。
案内された部屋は王室の隣だった。
今は王室は閉ざされ鍵がかけられていた。
誰が待っているのだろうといぶかる。この階はだいぶ上の位の親族しか住めないはずだ。
その部屋で待っていたのは白ひげをはやしたおじいさん、名をセオンと言った。
机をはさみ面と向かって座った。
「城まで出向いていただき、感謝いたします」
セオンは丁寧に礼を述べた。つられて少し頭を下げる。
「アーク王が亡くなられたのはご存知でしょうか。王の息子は若くして戦死し、今現在の王の直径の血筋は、もうシャン様しかおりません」
アーク王も同じようなことを言っていたと、ケイラはふと思い出した。
それほど跡継ぎに深刻なのだろうか。
「シャン様はご病気にかかられております。医師からはもう治らないとまで。ご病気というより、呪いと言った方が良いかもしれません」
ケイラはごくりと唾を飲んだ。何も知らない間に、城ではいろいろなことが起きすぎている。
「魔法の力と言うのは、幻を見せるものだと学びました。完全にお救いすることはできなくとも、せめて、民衆の前に出られるようにしてさしあげたいのです」
セオンの意図がわからなかったが、王子に会うのだと思うと興味がわいた。
「すると私は何をすればよいのですか」
「きっとシャン様に会えばわかります」
セオンはそれ以上何も話さなかった。
「あちらです」と奥のもう一つの部屋へケイラを導く。
ケイラはドアの前まで来ると、深呼吸をしてしっかりとノックした。
「どうぞ」と中から男の人の声がした。
「失礼します」
ケイラは大きく鳴る鼓動を感じながら、それを抑えようとわざとゆっくり動いた。