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黒姫物語  作者: 中安叶子
3/9

 これからどうするものかとケイラは頬杖をついて考える。

 マーリンがいつ帰ってくるのか検討もつかない。本を読むばかりだった。

 部屋の隅で貴重なそれらがいくつも積まれていた。

 ケイラがいつも通りに過ごし始めたので、ブブも徐々に一人でぶらぶらし始め、お互いに自分の時間を持てた。

 たまにメリーのところに顔を出して、話をしたり魔法を教えてもらったりした。

 メリーの店から帰る途中、子供たちに出会うと魔法を見せてとお願いされる。

 ケイラは愛想もなく「今急いでるんだ」と言って通り過ぎるのだが、ひとつだけ金色に輝く鳥を作ってあげた。

 背中で子供たちの歓声を聞きながら、ケイラはにやりとして家へと向かった。


 着いたのは夕方だった。

 日は落ちる直前で、慣れた森でなかったら迷っていただろうが、ケイラなら目をつぶっても帰れるくらいだった。

 整えられた道などはなく、場所を知っている者にしかたどり着けないようになっていた。

 木々の間から家の明かりが見えてきたのと同時に、数人の姿が家の前にあり、ケイラは眉をひそめた。

 近づくほど、人物がはっきりしてくる。

 兵士だった。

 ケイラにも見覚えのある鎧、赤と黄の紋章だったが、人物自体に見覚えはなかった。

 ただ、背中に一瞬寒気が走った。足が止まってしまったが、逃げるのは負けと同じのような気がして、気持ちを奮い立たせた。

 前まで来ると、兵士たちがケイラに気付いた。

 そのうちの一人はケイラを初めて見るようで、怪しい仮面にぎょっとした表情を浮かべていた。

 扉の前にはブブがどっしり座っていたが、ケイラを見ると腰を上げた。

「待ちくたびれたぞ。こいつら昼からここにいるんだぜ」

 ブブの隣にケイラが来ると、すかさず口を開いた。

「すまなかった」と悪気もなさそうに一言謝る。

 彼女の目は兵士から離れなかった。

「何の用だ」

 待っていた兵士を気遣うこともなく、むしろ怒りをこめて言い放った。

 兵士たちはもちろんいい顔はしなかったが、任務のため姿勢を正した。

「アーク王の伝令です。明日、あなた一人で城へ来るようにとおっしゃられました。大事なお話があるそうです」

 ケイラが返事をする前に兵士らは「では」と去って行った。

 森を出たところに馬を控えさせていたらしく、かすかな鳴き声が耳に届いた。

 拒否をする一言も言わせてはくれなかった。

 ケイラは大きく息をはいた。

「だいじょうぶか」

 ブブがそう声をかけなければならないほど、ケイラの顔は真っ青だった。

 彼はケイラの過去を何も知らない。

 どうでもいいのか、聞かない方がいいと思っているのか、大雑把な性格からか、細かいことは気にしない質のようだ。そんなところにケイラは救われている。

「ちょっと疲れただけだ」

 ケイラはふっと笑って見せてから、部屋に入って行った。

 

 翌朝、城への道が定かでなかったので早めに発とうと思っていたケイラの心配は無駄となった。

 いつからそこにいたのか、家の前には兵士が一人すでに立っていた。

「城までご案内します」とかしこまっている。

「行くのか」

 ブブがどこからか現れ、眠そうにあくびしながらも訊ねた。

 彼なりに気にしてくれているのだろうと、ケイラはくすぐったい気持ちになった。

「俺もついて行こうか」

「いや、一人で行ける。留守番をよろしく」

 森を抜けたところに馬車がとまっていた。

 四匹の黒馬がつながれている立派なものだった。赤と黄で彩られ、小さい窓が一つあった。

 ブブはここまでついてきていたが、ケイラは家にいなさいとは言わなかった。ただ、彼のことは気にせず乗り込んだ。

「無茶すんなよ」

 ブブが駆け出す馬車に向かって叫んだ。


 式典のときに訪れた城と同じものとはとうてい思えないほど、静まり返っており、壁の色は少し黒ずんで見えた。清掃する若い女たちは真剣な顔つきでひたすら手を動かしている。

 前の兵士に続いてだいぶ歩いた。

 王室に案内されるのだろうか。

 道は複雑で奥まっており、決して簡単には戻れない。

 まるで、牢屋に行く気分だった。

 またかというくらい階段を上った先に、大きな両開きの扉がそびえていた。

 細かな金の装飾が明かりを反射してまぶしかった。

 兵士が扉を大きく二回ノックした。

「入れ」としゃがれた声が遠くから聞こえる。ケイラは体をこわばらせた。

 兵士は扉を開けると、「どうぞ」とケイラを中に導いて外で待機した。


 王室には王ただ一人しかいなかった。

 よほどの密令なのかと、ケイラはしばらく扉のそばから動けなかった。

 何もない部屋に椅子だけ置かれ、そこに座っていた。

 王は赤いマントを羽織っていたが、青白い顔を余計に引き立たせるだけだった。

 右手には背より大きいかもしれない金の杖を力なく握っている。

「よく参った。まあ、こちらへおいでなさい」

 物腰柔らかくアーク王は言ったが、声はか細く聞こえづらかった。

 それでも顔の見えない不気味な魔法使いにかける言葉としては、かなり王らしく立派だった。

 ケイラは一瞬戸惑ったが、言われた通り部屋の中程まで進み膝をついた。

「名は何と言う」

 唾を飲んでから、かすれた声で「ケイラです」と答えた。

「そうか、ケイラか。そなたは、この国の情勢を知っているか」

「いいえ」と静かに首を振ることしかできなかった。

「この国は弱っている。私と同じように。そなたは魔法使いじゃが、人を若返らせることはできるのか」

 王は望みを私に託しているのだと気付いた。ただ、それは虚しいことだった。

「いいえ、魔法使いは幻を見せることしかできません。けれど、この世界のどこかにはもしかしてそういう力を持った者もいるかもしれません」

 保証などできないのに可能性を口にしてしまうほど、王は弱って見えた。

「この国には、魔法使いが仕えていたでしょう。その人ならなんとかできるかもしれません」

 ケイラは冷静に王の顔色をうかがった。

 返答をじっと待つ。額の汗が一筋流れた。

「全て私が悪いのだ。私は多くを失ってしまった」

 王はひとり言のようにぼそっとつぶやいた。

 失うとはどういうことかと聞きたかったが、ぐっとこらえて続きを待った。

「私が責任を全て取ろう。もう今からでは、魔法使いを探し回っても手遅れじゃ」

 まるで自分に言い聞かせているようだった。

 ケイラは事情も呑み込めず、顔をしかめた。

「私のことはいい。じゃが、お願いじゃ。孫のことを救ってほしい。あの子は唯一の男児なのじゃ」

 まさかこの場で孫の話が出るとは思わず、ケイラは息をのんだ。

 急く気持ちを抑えて、静かに言葉を選ぶことにする。

「救うとは、どういうことですか」

 王は頭を椅子の背に預けた。息も弱く、今にも目を閉じてしまいそうだった。

「約束してくれ、孫を助けると」

「約束します。でも、どうやって助ければいいのです・・・」

 言い終わらないうちに、杖が落ちてカランカランと大きく部屋に響いた。

 まるで何かを告げる鐘のようだった。

 ケイラははっとした。

 だらんと下がった腕は、ぴくりとも動かない。

 扉の外から、甲高い呼び笛が響いた。

 何が起きているか次第に理解できた。

 王室の扉は勢いよく開け放たれ、幾人もの兵士がなだれ込み、口々に王の名が呼ばれる。

 懸命に彼を助けようとする兵士や医師が緊迫した声をかけ合う。ケイラは何もできずに立ち尽くした。

 兵士たちは王を抱え医療室へ運ぶようだった。みなそれに続き足早に部屋をあとにした。



 王室は静まりかえった。

 遠くで兵士たちの足音が聞こえたが、それもすぐに消えてしまった。

 誰もいない長い廊下を見渡す。

 ふと、もしかしたらここに母がいるかもしれないとかすかな期待を抱く。

 見張りもおらず今が絶好の機会だと思うと、悪いことをしている気持ちより勝った。

 部屋の前の小さな板に名前が掘られているのを、一つずつ読んでいく。

 長い廊下の真ん中を過ぎた頃に、マリアという名を見つけて動けなくなった。

 急に鼓動が早くなる。入るべきか悩んだが、ここまで来て引き返すのはもったいなかった。

 扉の前で大きく深呼吸する。

 コンコン、と二回優しくノックした。

「失礼します」と言った声が大きく震えた。

 しばらく待ったが返事は来なかった。誰もいないのか、と少し安心さえする。

 扉に手をかけると開いたので、ケイラはゆっくり中へと入った。

 窓から差し込む陽光で、一瞬目がくらんだ。

 次第に慣れてくると、こげ茶色の机や椅子が並び、その先の窓際に後姿があった。

 

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