第二幕 第一場 宝石商人との出会い
第二幕 第一場
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城下 中心街の市場 軒を連ねる店々に数多の雑踏。そこへ繕ったボロ着姿で無精偽髭を蓄えたトルーデンが上手から入ってくる。遅れてレードルが遣わせた数人。舞台中央には宝石売りの老人。
トルーデン、人をかき分けながら進んでいく。
宝石商人
そこの!そこの方!
トルーデン、振り返り声を返す
トルーデン
なんですか、何か御用で?
宝石商人
ちょっとこちらへ。
トルーデン、宝石商の前までやってくる
宝石商人
いいですかい、最近はあんまり雰囲気が良くない。ことにこの町はこの国はよろしくない。大きく右に触れているのが常だのに、晴天雲なき中に一塩の天泣。大きく左に触れております。そこでですな、
トルーデン
無礼な!いえ、それはどうでしょう、失礼ではありませぬか。何を見てそのようなことを思うのです?
遣い1
ひやひやしますな、
遣い2
ええ。全く。まだ見守りましょう。
宝石商人
数日前にこの街に来ました。様々町を見てまいりましたが。この国には悪運が取り憑いているようです。それがどういう形を持って、そういうことを聞かれると困りますがね、見ての通り、宝石の真贋その精緻に至るまでこの眼で見てまいりましたからね、あなたもお気をつけになった方がいい。
トルーデン
そうか、、。確かに。気をつけましょう。しかし此度は時期が残念でしたな、東の川が氾濫してしまった模様で、もしかしたらそういうことも流れの一つやも知れませぬ。これではあんまり宝石は厳しいんじゃありませんか?
宝石商人
宝石にはそれぞれ理があります。意味があるのです。
トルーデン
ではなおのことでしょう?いえ、私が信じていないのではなく、そういうものはこういう時期でなくても目を合わせたがる人は多くない、人は信じることに意味を見出せるのですからそこに元々の意味が乗っているなら尚のことであろうに、、
宝石商人
あなた様、綺麗な瞳をしていらっしゃる、その言葉の節々から伝わるのは稀な雰囲気。然るに、ご身分が違うのでしょう?あなた隠していらっしゃるようだ。ふっふっふっふっふ。
トルーデン
まさか、そんなわけありませんよ。それで、するともうこの街にはいられないのです?
宝石商人
おや急に。なんでそうお思いになるのです?川が溢れたからですか?
トルーデン
はい。
宝石商人
はっはっは。いいや、あなた様、そのご教養はまだまだ民衆の理にまでは及ばぬのですな。こんな老いの目にも暴かれてしまいましたぞ。はっはっは。
トルーデン
ではそうでないと言うのですか?
宝石商人
ええ。こういうものは案外、世の中が右に左に振られている時の方が売れますからね。災厄が襲う時、やはり人は天を仰ぎますが、ことにそれが浮世から人を攫いたがるようなことでなかった時というのは、人は身近に救いの種を求めるものです。そういうものは、特別でありながらしかしそうでありすぎないものが良い。宗教だなんだというのはその点どちらにも成り得ますが、他方宝石は後ろに振れていますから。効用の方向が判りやすいものの方がかえって良いと言う人も少なくないんですね。
トルーデン
全く及びませんでした。なるほどそのような心の動きが、では商いの方は調子が良いのですか。
宝石商人
ええ。全くその通りで。こちらとしても真摯という字を心に留めておかなくてはならないほどですよ、。あまりにお客の多いものですから。
トルーデン
そうなのですね。
遣い2
おい、聞いたか?そんなことがあるのだなあ。
遣い1
本当かな。
遣い2
ああ、ありゃただもんじゃない。差し詰めああいう事は片足、紐を柱にくくり付けてから谷底めがけて飛ぶのが吉だ。
遣い1
なんだその下手くそな例え。全く解らぬ。半信半疑でいろと?
遣い2
ああ、それもその一つだ。なに、思い切りが大事だということだ、しかしだな、過ぎたるは及ばざるが如しと、とにかくだ、身辺の安全を固めれば飛べぬものも飛べるようになるというもの、下手に飛んでも見ろ、どやされて宙を舞った日には崖の横っ面に真っ赤なもんだ。
遣い1
そんなもんかね。やっぱりよくわからない。
宝石商人
ええ。して、今日はなぜ市場へ?それかどこかへ行こうと、その最中でしたか。
トルーデン
はい、西の方へ行こうと、このような状況ですから。失礼な物言いですが、機会であると思いましたので、今の世の流れを見ておかなければと。
宝石商人
そうでしたか、そうでしたか。悪運は確かに立ち込めております。しかし、それも一刻毎の時勢のその僅かに過ぎません。貴方様のようなお方がいらっしゃるなら心配いりますまい。そうだ、このような機会はなかなかありませんからね、この小袋をお持ちになっていただきたい。紫水晶の刻まれたものが中に入っていますから、その、胸のところに、そっと入れておけば魔除けになります。お金は入りませんからどうぞお持ちになっていってください。日々の作業の破片を集めたばかりの些細なものですから。さ、どうぞ。
宝石商人が小袋を手渡す。
トルーデン
ありがとうございます。紫水晶ですか。きっと私を守ってくれるに違いない。このお礼はいつの日か必ず。ええ、必ず。失礼ですが、お名前をお伺いしたい。
宝石商人
いやいや、こちらの方がそのような。大変失礼極まりない。全く、そのように謙遜なさらなくて良いのですよ。名をラッダルと申します。はい。またお会いできたなら、それだけで大変嬉しゅうございます。此度の行啓が貴方様にとって良いものでありますように。それと、西方でしたらこの市場をそのまま抜けて向かうのが早いですから、ご存知でしたかも分かりませんが、であらば老耄の細やかな好意として受け取ってくだされ。
トルーデン
ええ。ではそのように。先ほど数日前にこの街にやってきたと聞きましたが、もうそのように道をご存知なのですね。
ラッダル
はい。それはもう勿論にございます。商いは何より場所が、肝心ですからね。様々歩いて見て回りました。このようにものを申しますのは先の言い訳がましく大変恐縮なことですが、すべからく、この国は、ああ、良い国だと感じました。人が活きていますよ。活き活きとしていました。であらばこそのこの恐れでしたが。いやしかし、きっとこの国の将来は明るいはずだ。貴方様とお会いして、それは確信に。偉大な方の足をお止めしてしまった。ここに深くお詫び申し上げたい。
ラッダル 膝まづく
トルーデン
いえいえ、貴方こそ偉大なお方だ。それは仰々しくものを言っていると言うわけでもなく、誠の本心に他なりません。神に誓って。そのようなことはおやめください。
ラッダル
なんとありがたいお言葉で、、ではせめて、ここに固く忠誠を。ではお気をつけて。ご機会賜われたならまたいずれか。お胸のそれがきっと、貴方様のことをお守りしてくださることでしょう。貴方様の身の上に災いが降りかかりませんように。弛まぬ信心が貴方様を取り巻く幸運の礎となることを。
トルーデン
では。また。