初体験で失敗した元カノが未だに俺をにらんでいる件
コメディーです。
「いたいいたいいたい! ぜったいムリだって!」
「あとちょっとだからさ、亜弥が少し我慢してくれれば終わるから」
「だからムリだって言ってんでしょ!!」
―☆―
「――ってぇッ!」
亜弥の悲鳴と共に、腹に衝撃が走ったと思ったら、そのまま勢いついてベッドから落ちた。
思いっきり蹴りやがって。
これ絶対たんこぶできただろ、と後頭部をさする。
血が出てなきゃいいけど。
「あれ、なんもない……てか痛くもねーな」
「……で、藤井恭一くん、他に言うことはあるかな?」
腕組みしたタレ目のお姉さんが俺を見下ろしている。
どうして俺の部屋に担任の早苗ちゃんが?
「罰として次の章の訳を明日までにやってきなさい!」
今度は夢ではなく頭に本物の痛みが走る。
周りからクスクスと小さな笑い声が響いた。
そうか……ここは教室か。
花粉症も収まって最近はすっかり授業中に眠くなることが増えた。
でも急に気温が上がったせいか、悪夢をよく見るようになった。
そして俺の悪夢とは、二年前の初体験での失敗だ。
あの日を未だに夢に見る。
中学を卒業する前から、俺は幼馴染の白井亜弥と付き合いはじめた。
付き合う前からお互いよく知っていたこともあって関係はとんとん拍子に進んだ。
何度もデートをして、前より気軽にお互いの部屋に行き来するようになって。
そう、初めて体を重ねるところまでは――
「ははっ、恭一、またあの夢かよ」
休み時間、親友の浩平が茶化しにきた。
「ああ、初体験のトラウマがぶり返したみたいだ」
「初体験ってか未体験だけどなっ」
「やめろ笑うな、それに俺は童貞じゃない」
「いや最後までできてないんだから童貞だろ、見栄張んなって」
浩平のバカにするような口調につい声が大きくなってしまった。
「ばかコーヘー、大声で下品なことゆーなって、女子にニラまれてんぞ」
「オレのせいにすんなよ由香、声でけーの恭一じゃん」
「恭一くんほんとに童貞なの? かわいいのに、あたしがもらってあげよっか?」
「俺は童貞じゃないので何もあげられません!」
くそっ、クラスのギャルまで浩平と一緒にからかってくる。
だけどそんなこと気にしてる場合じゃない。
ちょっと惜しいとか、マジで?、とか思ってないぞ。
下品な話を聞かされて遠くからにらんでいる女子の中に亜弥もいる。
三年になってまた同じクラスになったけど、まだろくに話もできていない。
あの失敗でケンカ別れした後、互いに気まずいまま話さなくなり、気づけば自然消滅していた。
というか二年近く挨拶すらしていないのだから、以前よりもずっと気まずい。
時間が解決してくれる、
その内自然と仲直りする機会が来る、
なんていうのは甘えた発想だ。
なんでもいい、言葉を交わさなければ関係は希薄になっていくしかない。
亜弥も目が合うと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
正直に言えば、俺はまだ亜弥に気がある。
こうして近くで見ると、やっぱりかわいい。
オカルト好きが高じて友達が少ないせいか、モテるのに男子に話しかけられるとちょっとキョドるところもかわいい。守ってあげたくなる。
でも、避けられているのは俺も他の男子と同じだ。
どうやったらまた昔のように話せるようになるだろう。
―♂―
そうやって悶々と過ごしている内に、気づけばもう夏休みが直前に迫っていた。
「お、おはよう亜弥」
「……おはよう恭一」
三か月かけて、どうにか普通に話せるくらいまではなった。
でも彼氏彼女の関係に戻るにはほど遠い気がする。
「おっす、お前らより戻したん?」
「……だったらいいんだけど」
「違うのか……ふぅ元鞘かと、焦らせんな」
「おいまさか、お前も亜弥のことッ!?」
「いんや、俺はお前らが夏休み期間中により戻すのに賭けてるってだけー」
「そっか……って賭け事にすんなよ!」
と、怒鳴り返す。
だけどクラスで賭けが成立するってことは、周りから見たら脈があるってことか?
挨拶は素っ気ないし、たまに視線を感じて亜弥の方を見ると俺のことをにらんでることもあるし、亜弥が俺をどう思ってるのかさっぱりわからん。
なにより、亜弥の気持ちを考えようとすると、初体験で焦って強引にしようとした後、本気で怒った亜弥の顔しか思い浮かばなくなる。
なんて考えてたら、突然前を歩いていた亜弥が振り返った。
「恭一! もうすぐだから待っててね!」
「もうすぐって何が?」
亜弥は答えずに、オカ研の変人なお友達と先に行ってしまう。
久しぶりに笑顔を向けてくれたのはうれしい。
でも亜弥のあの顔は何か裏がある時の顔だ。
それが良い事なのか悪い事なのか、そこまでは今の俺にはわからなかった。
「あーあ、こりゃ賭けは俺の負けかなぁ」
だといいんだけどな、ほんと。
―♀―
「あれ、この靴……?」
学校から帰ると玄関に高校の靴があった。
このちいさめのサイズ、亜弥のものだ。
「あら恭一、遅かったじゃない。亜弥ちゃん来てるわよ」
「え、なにしに?」
「さあ? それよりあんた達、いつの間にか仲直りできてたのね」
「いや……それは……どうなんだろ」
「ちがうの? まあいいわ、恭一の部屋に通してあるから。私は夜まで帰らないけど悪さしちゃだめよ」
おほほ、とからかうように笑って母さんは玄関から出て行った。
俺の周りは底意地の悪い人間ばっかりか。
にしても、突然家に来るなんて。
『恭一! もうすぐだから待っててね!』
亜弥の言葉がよみがえる。
あの真意はなんだったんだ。
もしかして、二年間保留にしてた関係を清算しにきた!?
高校最後の夏休み前に、自由にしてあげるからもう少しだけ待っててねってこと!?
それとも亜弥に好きな人ができて、俺との過去が邪魔になったのか!?
考えれば考えるほど悪いことしか思い浮かばない。
やばい、どんどんネガティブになってきた。
めっちゃドキドキする。
階段を上がる足が重い。
落ち着け、恭一、良い事を考えろ。
見方を変えれば、俺はまだフラレていない。
これはラストチャンス。
フラレる前にどうにかいい雰囲気に持っていって、もう一度告白しよう。
初体験の時は俺が焦って失敗したからな。
余裕を持って、俺も大人になったって思ってもらわないとな。
最後にゆっくりと深呼吸して、ドアノブに手をかけた。
「あっ、恭一おかえり――」
「亜弥、好きだ」
やっちまったああああああああああああああ。
テンパってまた先走っちまった。
なんで俺はこう成長しないんだ!
バカバカバカ俺のクソチキン早漏野郎!
「あの、えっと……うん、ありがとう」
あれ、でも、拒絶されなかった?
イケるのかこれ。
「……………………その返事はどういう意味?」
「意味って?」
「俺と、もう一度付き合ってくれる?」
「はい……でいいえ」
頭の中で青空が広がり荘厳な鐘の音が響き渡る。
はい。
はいって言った!
間違いなくはいって言った!!!
言いましたああああああああああ!!!!!
よっしゃああああ! 俺は嫌われてなかった!!
……でも待てよ、『でいいえ』ってなんだ。
『はい』の後に余計な言葉がくっついてたぞ。
「わたしも同じ気持ちだけど、今日はその話をしに来たんじゃないの」
「では何をなさりに?」
思わずよくわからない敬語になる。
「二年前の失敗を清算する準備ができたから……」
頬を赤らめる亜弥。
それはまさか、よりを戻して早々、致そうということですか。
マジですか、そうなんですか、いた候ですか。
すぐにでも押し倒したい衝動が俺を狼に変身させようとする。
男子高校生の性欲なめんなよ。
……しかしそれはダメだ。
前回の二の舞になってしまう。
俺は爪を手の平に食い込ませて耐える。
「わたしね、あれから上手くできるように勉強したの。それでね、やっと覚えたの」
……覚えた?
初体験の準備にそんな表現することある?
「ナニを覚えたの?」
「超能力」
………………なにをおっしゃっているのでしょう、このお嬢さんは。
昔からオカルト好きなのは知ってたし、高校でもオカルト研究部とかいう怪しさ100%の変な連中が作ったクラブに入ってるのは知ってるけど、亜弥は凡人がイケないところまで行ってしまったのか。
「……あ、なるほど、ハイハイ分かった。催眠術か」
そうだ、亜弥がやろうとしているのは催眠術ごっこ。
気持ちは確認できても、あの日の失敗は今でもトゲとなって心に刺さっている。
それは亜弥も同じなんだ。
だからお互い、あの日のことは忘れて一からやり直そうって話か。
いいよ。
亜弥が俺の失敗をそれで許してくれるなら、いくらでも付き合うよ。
「え、マインドコントロールじゃないよ。本物だよ」
「わかってるわかってる、亜弥の好きなようにやってくれていいから」
「そう? じゃあ、これ飲んで合図するまで目をつぶってて。リラックスするから」
渡された謎のドリンクを飲み、目をつぶる。
亜弥が般若心経に似た呪文のようなものを唱える。
にしてもクソまずいお茶だな。あまりの苦さにだんだん意識が遠のいてきた。
そして、
パンッ!
手を叩く音、合図だ。
「………………え、なにこれ、マジか」
目を開くと、目の前に“俺”がいた。
「きゃあ、うまくいった、うまくいった」
女の子のような仕草で喜ぶ“俺”がいる。
きもちわるっ!
とそれは置いておいて。
これは亜弥か?
体と心が入れ替わった?
亜弥が俺になっているということは、俺は亜弥になっているのか。
超能力ってか呪術の類じゃないのこれ?
手を見ると、かわいいちいさな手。
その手をそのままお腹に密着させてから上下にゆらす。
「……けっこう重いね」
「許可なくわたしの胸をたぷたぷするなぁ!」
顔に“俺”、というか亜弥の手が飛んでくる。
「いたぁい! ……てか痛い痛い痛い、マジ痛い! なにすんだよ!」
「あっごめん、力の差考えなかった」
え、え、なにこれ、男の力ってこんな強いの?
軽くビンタされただけなのに泣きそうなんですけど。
「でもこれで、やっとあの日の続きができるね」
入れ替わりに加えて、頬の痛みに目を白黒させている俺を、亜弥は容赦なく押し倒した。
おいこれ、なにするつもりだ、ちょっとぉ!?
「わたしもね、ずーっと恭一のこと好きだったよ。でもね、あのままよりを戻しても前回の繰り返しだと思ったの。だからね、もう一度やり直す前に、恭一にも女の子をわからせてやろうと思って」
両手で押さえられた手首はぴくりとも動かない。
亜弥がゆっくり顔を近づけてくる。
やばいやばいやばい、告白する前よりドキドキしてる。
だけど、これは恋じゃない。これは――
恐怖だ。
「それにあの後思ったんだよねぇ。女の子は痛いだけなのに、男の子だけ気持ちよくなるなんてズルいって」
「ど、どどどどういうことでしょう」
「……あの日、強引に迫ったこと、まだ許してないよ?」
亜弥の瞳が怪しく光る。
「ねぇ恭一……あの日の続き、しよっ?」
「いやああぁ、その顔と声で言われると気持ち悪すぎるぅ! サブいぼ立ったぁ!」
「自分の声でしょお!!」
全力で亜弥の拘束から逃げ出そうとするが、やはり力の差がありすぎてビクともしない。やがて押しのけようとする力もなくなり、ぐったりと横になった。
最後にダメ元でひとつ抵抗してみるが、
「あの……優しくして」
「ダメよ、わからせるって言ったじゃない」
「いやああああ、あ、アーッ!?」
こうして俺は、生涯忘れられない痛みと引き換えに、再び亜弥と結ばれた。