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竜の魔女と混血の騎士  作者: 与瀬啓一
第4章~紅葉色の髪の少女~
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42.エルマの決断①

 自室に帰ったエルマは先刻の占い師の言葉を思い出していた。



 ――その男性があなたのために動かざるを得ない状況を作るのです。邪竜討伐作戦に行くんですよ。あなた一人で。



 なんとも馬鹿げた話だと、エルマはそれを一蹴したかった。だが実際はどうだ、その言葉が頭の中でぐるぐるぐるぐると自己を主張するように巡っていた。


 竜の守り人に、あの空色の髪の美しい少女に勝てる部分などないと、占い師は言った。そんなこと、エルマにだって分かりきっていることだった。だからこそ、占い師の頓珍漢な話さえも、エルマの中で少しずつ魅力的なものに変わっていってしまっていた。


「随分と考え込んでるね」


 机に向かって頬杖をつくエルマに横から声を掛けたのは同居人のソフィアだった。両手にティーカップを持ち、片方をエルマの机に置く。中に注がれていたのは紅茶だった。ソフィアが淹れたのだろう。


「うん、ちょっとね」


「ま、何考えてたかは大体想像つくけど」


 そうだろうなと思いながらティーカップに口をつける。エルマとソフィアの付き合いも長い。訓練校のときから現在に至るまで、どういうわけか常に横にいる間柄だった。そんなわけで、ソフィアにはエルマの考えていることが何となく分かるし、逆もまた然りだ。


 だから、エルマは嘘を吐くことにした。


「せっかくだから、またソフィアとケーキ屋さん行きたいなって思って。ほら、邪竜討伐作戦も無くなったし」


「ありゃ、外れたか。てっきりまた先輩のこと考えてるのかと思った」


 ソフィアのその言葉に胸が少し締め付けられる。


「……うん。それでさ、来週にでも行かない? ケーキ屋さん」


 これは嘘だ。


「お、いいね。なんなら休暇取って一日中遊んじゃおっか」


「騎士の風上にも置けないね」


「騎士である前に私たちは年頃の女の子だよ。甘いものに目はないし、お洒落だってしたいでしょ? それに休むことも仕事のうちだよ。適度に息抜きしないとできることもできなくなるからね」


「それもそうだね。剣じゃなくて、お洒落な鞄片手に街を歩くのも悪くないかもね」


 これも嘘だ。


「じゃあ来週は思いっきり遊んじゃおう。ケーキ屋さんに行って、いろんな服を見て歩いて、エルマとこういう風に一日中遊ぶの久しぶりかもね」


「……そうだね」


 全部全部、嘘塗れだ。


「今日はもう遅いし、寝よっか」


 エルマは紅茶を飲み干して椅子から立ち上がると、燭台の炎を吹き消す。ベッドに入り、同居人の方を見る。彼女も同じようにベッドに入り、エルマを見つめていた。


 そんな様子がどこか可笑しくて、お互い少し笑った。


「おやすみ、エルマ」


「うん、おやすみソフィア」


 眠りの挨拶を聞いたソフィアは、満足げな笑みを浮かべて瞼を閉じた。



§



 夜の静寂に包まれる女子兵舎の一室。癖のある紅葉色の髪を揺らしながら、エルマ・ライオットは起き上がる。壁に掛けられた兵服に袖を通すと、同様に壁に掛けられた剣に手を伸ばす。


 それを腰に提げ、小さく深呼吸。ソフィアの方を見る。目を閉じ、微かな寝息を立てていた。


 眠っていることを確認したエルマは、ゆっくりと部屋の扉を開ける。廊下に足を踏み出し、振り返る。


「さようなら、ソフィア」


 友に別れを告げ、エルマ・ライオットは女子兵舎を後にした。


 エルマの脚が向かう先は、〈方舟〉の格納庫だった。


 〈方舟〉は前アーガルズ国王が作らせた空飛ぶ船だ。燃料は世界樹の実からとれる油。世界樹とて植物なのだから、芽吹き、花を咲かせ、実をつける。その実は魔力を多分に有しており、人工的な魔力炉に注ぐことで、〈方舟〉は動いている。


 いわゆる母船と呼ばれる大型の〈方舟〉の他に、騎士が一人ひとり搭乗する小型の〈方舟〉が存在する。もちろんこれは三等騎士であるエルマにも与えられている。


 格納庫からは夜だというのに未だに明かりが漏れていた。中を覗くと多くの技師が〈方舟〉の点検業務に追われていた。作戦など何もないというのに、何を点検することがあるのだろうと思ったが、これが彼らの仕事なのだ。エルマにどうこう言う権利はない。


 自分の〈方舟〉を探すために格納庫内に視線を巡らせる。庫の隅、技師が一人もついていない自分の〈方舟〉を見つけると、エルマは足音を立てないように駆け足で近づいた。舟に乗り、座席に座る。総舵輪を右手で握り、左手で足元の梃子を引っ張った。


 船体から横に伸びる機械仕掛けの翼が大きくはためく。周囲に風が巻き起こり、ふわりと宙に浮く。


「なっ、なんだ!?」


「〈方舟〉が一隻動いてる!! 誰だ!! 誰が許可した!!」


 翼が巻き起こした風、〈方舟〉の駆動音が格納庫内に充満すると、叫び声と共に複数人の技師が近づいてくる。


「そこの騎士!! 降りろ!! こんな夜中にどこに行くつもりだ!!」


 船底を揺らすかのような怒声にエルマは〈方舟〉から上半身を乗り出し、下を覗き込む。顔を真っ赤にして見上げる技師に「三等騎士エルマ・ライオットです! 極秘任務で少し出てきます! 騎士団長閣下には既に許可を貰っています!!」


 今しがた思いついた嘘をさも本当のことのように叫んだ。


「許可証を見せてくれ!! でないと発進は許可できない!!」


 叫ばれ、焦る。こうなっては強行突破するしかない。方舟の幅は人間一人が腕を左右に広げた程度の幅だ。翼は後方に折りたためば形状そのものは細長くなる。それぐらいの隙間さえあればこの格納庫から出ることはできるはずだ。


「……っ!!」


 周囲を見回す。壁の窓は抜け出すには少し狭い。忍び込んだ扉でさえもエルマ一人が身体を横にして通れる程度にしか開けていない。天井を見る。母船をも格納できるほどの格納庫の天井は高い。その遥かな高さの中に、星空の欠片を見た。


「……ごめんなさいっ!!」


 迷惑をかけてしまった技師たちに叫び、船体を床に対して縦向きにすると、両の足元にある踏板を思い切り踏み込んだ。翼が再び大きく羽ばたく。真っ直ぐ天井に向け飛翔する。一か八か、瞳に映った星空めがけて風を切る。


 総舵輪の右側の梃子を下げる。両翼が真っ直ぐ後方に伸び、船体はさらに加速する。


 少しずつ、天井に開いていた穴が近づく。星空が広がっていく。自身の乗る〈方舟〉が穴を通ろうとする瞬間、エルマは目を瞑った。


 再び目を開けたときには周囲は開け、天には眩いほどの星空が広がっていた。後ろを振り返ると、つい先ほど通ったばかりの穴がみるみる小さくなり、周囲の街灯りとともに地に広がる星空へと姿を変えていた。


 エルマは再び前を、上空にうっすらと見える世界樹第七階層〈竜域〉を見る。踏板を踏み込み〈方舟〉を加速させると、「さようなら」ともう一度小さく口を動かして世界樹第五階層〈アーガルズ〉を発った。

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