04.処遇②
「私の処遇は決まったかしら?」
リンファは自分が呼び立てた竜狩りの男に呼びかける。
「その前に、俺を呼び立てて何の用だ竜の魔女」
どこか苛立ちを感じる声音で男が言う。
「暇だから話し相手が欲しかっただけよ。それと、〈竜の魔女〉と呼ばれるのは気に食わないと、何度言ったら分かるのかしら」
「俺からしたら、お前のような不確定極まりない存在を呼称するのには最適だと思うが」
「だったら妖精でもいいのではなくて? 第六階層〈妖精国アルヘーム〉は第七階層〈竜域〉のお隣さんよ? 私個人の存在はどちらかというとそっちに近いと思うのよね」
「そうでないことぐらい自分が一番よく分かっているだろう。お前は神性を帯びた低位の神と同等かもしれんが、見た目は人間と似たり寄ったりで、妖精のような翅は持たんだろう。だとすれば魔女と評するのは妥当だ」
「あらそう。じゃあ好きに呼べば? 私もあなたのこと好きに呼ぶから。なにがいい? 混血? 異端児?」
くだらない口喧嘩である。いや、そもそもこれを喧嘩といっていいのか疑問は残るところだが。もっとも、暇であることも話し相手が欲しいことも真意だ。
「……お前の処遇はまだ決まっていない。保留だそうだ」
男はリンファの挑発じみた台詞にこれといった反応は見せず、一番最初の彼女の問いに遅まきながらも答えた。
「だそうだ……って、あなたが決めるわけじゃないのね」
「当然だ。俺自身は一介の騎士に過ぎん。お前を捕えただけでそこまでの権限は持たんさ」
ふぅん、と。
リンファの気のない相槌が、地下牢の湿った空気を微かに震わせる。
「あなただったらどうするの?」
リンファが問う。
「どう、と聞かれても」
男は考える。
はて、どうするのだろうか。これを考えるのは自分の仕事ではないし、考えたところでそれがアーガルズ兵団全体の意思として適用されるわけでもない。だが、この少女が聞きたいのはそんなことではないのだろう。
「考えた事もなかったな」
「そうでしょうね。だから聞いてるのよ。あなたの回答に私は興味があるわ」
何を期待されているのかは分からない。一つだけ分かっているのは――。
「殺すことはしないだろうな」
自分のその意志だけだった。
「流れる血は少ない方がいいだろう?」
「そう? 今更一人分増えたところで変わらないと思うけど」
百二十七人もの命を奪った張本人が飄々とした態度で言う。
「〈人神大戦〉は始まったばかりよ。これからもっと激化する……というか、神々が人間を蹂躙する。既にこの争いで失われた百二十七よりも多くの命が費えるでしょうね。たくさんたくさん死ぬでしょうね」
含みのある言い方に、男は眉間に皺を寄せる。
「何が言いたい」
「別に何も」
それ以上、少女は何も言わなかった。ただ一言、「飽きたわ」とぶっきらぼうに言って牢の壁に寄り掛かった。
「賢い選択をすることね、人間。ま、どちらに転んでも結果は見えているけれど」
いつもどおり、竜狩りの男が去っていく後姿を見つめる。
彼は自分を殺さないだろう。しかし正直な話、それでは困るのだ。
「殺さないと言ってくれるのは嬉しいのだけどね」
リンファが囚われたことは既に神々に伝わっている、と思う。断言はできないが、神々の目は欺くことはできない。そしてそんな神々のことをリンファはよく理解している。
神と人間はよく似ている。いや、神が自分たちに似せて作ったものが人間と言うべきだろうか。ともかく、神と人間はよく似ている。
人間は狡猾だ。先の侵略戦争で人間は、それぞれ一人の兵士を敵地――〈妖精国アルヘーム〉や〈巨人国リートニア〉に送り込んだ。その兵士は捨て駒だった。理由をつけて、侵略先の国に殺させた。どんな理由だったかはリンファも知らない。知らないが、その出来事が戦争の火蓋を切った。人間は声高に叫んだ。「正義はこちらにある」と。そうやって侵略する口実を作って、文字通り侵略した。妖精たちの魔法も、巨人たちの体躯も、人間の狡猾さには勝てなかった。いや、利用された。
何度でも繰り返そう。人間は狡猾だ。そしてその狡猾さは、神々の模倣だ。
つまるところ、リンファは捨て駒になった。神々も彼女が人間に易々と捕まるとは思っていなかっただろう。しかし、こうなったときの動きを予め、策として用意していた。
とにかく暴れろ、しかし人間は一人も殺すな、と。そう、命令されていた。
この命令のことを忘れていたことは否定しないが、とんでもなく分かりやすい、正義を掲げるための手段である。
〈人神大戦〉は神々が人間の愚行を咎めるために、彼らに天罰を与えるために始まった戦争。これが世の認識で、それそのものは間違っていない。が、正しくもない。
これだけ見ると、神々が先に人間に手を出したように聞こえるが、実際に先に手を出したのは人間だった。一人目の竜狩りがリンファの元を訪れ、彼女に襲い掛かったのは今から一年前のこと。初めて流れた血は、その竜狩りの血だった。完全なる正当防衛。しかし狡猾な人間は「仲間が不当に殺された」と、竜狩りを送り込んでくるようになった。正義は人間にあると言わんばかりに。
だから狡猾な神々は考えた。人間の言う〈正義〉を上回る正義をこちらが掲げればいい、と。侵略戦争の是非は神々が掲げた正義の一つでしかない。極端な話、互いが互いを嫌悪して始まったのがこの愚かな戦争である。
しかしそんな愚かな戦争を、リンファは正しいと思っている。この戦争で最初に被害を被ったのは誰か、襲われたのは誰か――。そう、紛れもなくそれはリンファ本人なのだ。だから彼女は神々の狡猾な行いを肯定する。
自分の命と引き換えに、神々に〈正義の口実〉を与えるのだ。
本来ならば自分が暴れて殺されればいいのだが、今の状況ではそうもいかない。自分が振るえる力を封じられているのだ。となると、この状況で望める結果は自分の処刑だ。
人間たちが断頭台を見上げる中で、自分の首が胴体から離れること。その事実が欲しいのだ。首を飛ばすのは一瞬なのだから、苦しみは感じない。自分の命が燃え尽きた瞬間、その命は戦争に正義を生み出す火種となる。
だがあの頑固そうな竜狩りは、「殺すことはしない」という。それはきっと彼という人間の優しさなのだろう。リンファとて、人間がみな悪者だとは思っていない。善者も少なからずいることを知っている。だから、殺さないと判断した彼ぐらいの命なら助けてやってもいいかな、などと思っている。
ともあれ、今の自分には人間が下す処遇を待つ事しか出来ない。
この湿った地下牢で、何もない鉄格子に囚われた中で、じっと、じっと。