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竜の魔女と混血の騎士  作者: 与瀬啓一
第3章~穢れた血~
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36.アーガルズ国王戦①

 バロックとラウラサーの密談の最中、シグルズ・ブラッドは苦戦を強いられていた。


 左から薙がれる赤黒い大剣。それを身を屈めて躱し、懐に入り込む――が。


「……っ!」


 シグルズはそのままアーガルズ国王の脇を抜け、後方に飛び退り距離を取った。脇腹に掻痒感(そうようかん)のある痛みが走る。見れば衣服は破れ、小さな切り傷が赤い線を作っていた。大剣から伸びる血色の棘がシグルズの脇腹を掠めたのだ。


「若いというのはよいのう。昔の儂ほどではないがよく動く」


 対するアーガルズ国王は、そう言いながら余裕の笑みを浮かべている。


 先ほどから、同じような攻防の繰り返しだ。国王が攻め、シグルズがそれを交わしつつ攻撃に転じようとするも、隙の無い反撃で後退している。


 そう、全くもって隙が見えないのだ。右手に持つは長大な大剣。振りは大きく隙ができやすいはずなのだが、その隙を国王の権能が埋めているのだ。


 それだけではない。シグルズはアーガルズ国王と一対一で戦っているのだ。


「竜の守り人が気になるか?」


 視線をわずかに動かし、後方で剣を振るっているリンファの姿を確認したのを面白がるように言う。


「彼女が戦っている――アレはなんだ」


 リンファが相手しているのは人の形をした赤黒い人形だった。片刃の曲剣を器用に振るい、まるで踊るように連撃を繰り出している。その猛攻にリンファは押され、こちらもシグルズと同様に防戦一方だった。


「アレは〈三国統一戦争〉の折、儂が唯一負けた女じゃよ。クラダート、シラガザのどちらの国の者だったかは覚えとらんが、若い儂は単純な男でな、あ奴の色仕掛けにまんまと引っかかった。抵抗したがあの剣技に当時の儂は敵わんくてのう。謀略でも武力でも敵わんかった。儂の生涯で初めて恋をした女じゃった。それでいて、儂が初めて〈吸血の権能〉で殺した女じゃった。奴の血は美味であった。

 竜の守り人が戦っているのは、儂の権能で得た血から作った複製体じゃよ。意識も感情もないが、当時の剣の冴えを模倣させている。簡単にどうにかできる相手ではないぞ。もしかしたら、儂より厄介かもしれぬなあ」


 ニヤリと頬を吊り上げる。


 アーガルズ国王の権能――彼がわざわざ〈吸血鬼〉などという言い回しをした理由が理解できた。彼の権能は血を操ることにある。国王が握る長大な剣も、最初にベッドで寝ていた人形(ダミー)もアーガルズ国王が自身の血を操って作り上げたものだ。しかし、彼の権能の力はそこに留まらず、自分以外の血すらも操ることができるのだろう。シグルズの〈貪汚の権能〉と似たり寄ったりな力だ。そしてその操るための条件が、死者の血を啜ることなのだ。


「一体どれほどの人間の血を飲んできたんだ?」


「数えておらぬ。少なくとも、〈三国統一戦争〉で儂が殺した人間の血はほとんど全て飲んだ。兵士から民間人に至るまで全て、な」


「……その全てを操ることができると?」


 問うと、アーガルズ国王は歯を見せて小さく笑う。


「怖気づいたか? 儂の中に幾万もの英霊がいることに。無論、全て操れる。竜の守り人と戦っておる人形のようにな」


 シグルズは自身が置かれている状況に下唇を噛んだ。


 アーガルズ国王、圧倒的な強さだ。細くしわがれていた肉体が筋骨隆々な様になっているのも、彼の権能で自身の体内の血液の流れを操っているからなのだろう。それに合わせて自身の血でできた大剣、血を飲むことによって得た古の英雄の人形、そして未だにほとんど見せていない〈混血〉ゆえの魔法の力。果たして本当に敵う相手なのかとシグルズは焦りを感じ始めた。


 シグルズの権能そのものは、お世辞にも戦闘向きとは言えない。ただ相手から魔力炉を奪うだけだ。それにより対象が急速な魔力切れで昏睡する可能性はあるが、それがアーガルズ国王に通用する確証はない。魔法についてだって、ほとんどその力を振るってこなかったシグルズには、飛び方を知らないひな鳥の如くその様は不格好だ。単純な戦闘力も、アーガルズ国王の方が上だろう。


 そしてそれには、アーガルズ国王も気づいている。シグルズ・ブラッドという男が〈混血〉としての力を発揮するにはいささか若すぎること、力不足であること、自身がシグルズよりも強いこと。そんな強者の余裕を感じられる物言いや立ち居振る舞いだ。そしてそんな慢心が、敗北という結果を招くことをシグルズはよく理解している。


(不意打ち――か)


 そう考えた。


 まったく隙を見せないアーガルズ国王。逆に言えば、僅かな隙さえ作ることができれば勝機はあるということだ。それで勝てる保証はないが、同じ攻防を繰り返して体力を消耗するよりはマシだろう。そもそも〈混血〉の戦い方とは、魔法と武力を合わせて使う事こそが強みなのだ。不得手だからといって出し惜しみをしている場合ではないのだ。


 シグルズは短く息を吸い込むと、そのまま自らの魔力炉に刻まれている呪文を口にする。


隠れろ(ヒルデウ)


 他者の感覚器官に作用する陰魔法の一種。その中でもこれは、相手の視覚に作用する魔法だ。

アーガルズ国王が眉を顰める。大方、突然シグルズの姿が見えなくなって驚いたのだろう。それを確認したシグルズは飛ぶように一気にアーガルズ国王との距離を詰める。直後、二つ目の呪文を口にする。


(アチェス)()(サーペルエラ)


 水魔法の一つ。リンファから奪った魔力炉に刻まれていたものだ。


 アーガルズ国王の左右前方に細長く尖った氷塊が発生し、国王めがけて貫かんとする勢いで放たれる。


「ほう、複数の属性の魔法を操るのか。なかなか面白い権能を持っておるのう」


 アーガルズ国王は感心したように言う。国王に向かって放たれた氷塊は、その言葉が発せられると同時に国王に触れる直前でその姿を水蒸気へと変え、跡形もなく消え去った。


 魔法だ。アーガルズ国王の――炎魔法の一種だろうか。詠唱の様子は確認できなかったが、今はそんなことはどうだっていい。これはただの陽動に過ぎない。本命は〈忌殺しの剣〉で直接アーガルズ国王を殺すことだ。時間稼ぎとしては十分だった。


 国王の背後に回り込んだシグルズは懐に収めた〈忌殺しの剣〉を左手で鞘から抜き払う。一瞬、ほんの一瞬だが、隙が生まれた。そう思えた。剣を逆手に持ち、国王の背をめがけて振り下ろした。


「殺気が漏れておるぞ、若造」


 〈忌殺しの剣〉をあと一息のところでアーガルズ国王に突き立てられると思ったそのときには、剣はシグルズの手を離れて遥か後方に蹴り飛ばされていた。


「……くそッ!」


 即座に反撃を入れるように右手に持つ槍を右薙ぎに払う。しかしその穂先すらも、アーガルズ国王に身体を捕えることはなかった。国王はひらりと身を(よじ)り躱したかと思えば、その勢いのまま右手に握る大剣で乱雑に空気を掻いた。視界を両断するかの如き一撃に、シグルズはアーガルズ国王から距離を置く。


 ふと、国王と目が合った、気がした。


「……見えているのか」


「いいや、見えてはおらんとも。ただ、気配の消し方がなっておらん。大まかな場所なら掴むのはそう難しいことではない」


 シグルズは国王の言葉には返事を示さず、傍らに落ちている〈忌殺しの剣〉を拾い上げると、何の前触れもなく国王に向かって投擲した。もちろん、こんな幼稚な攻撃でアーガルズ国王を殺せるなどとは思っていない。運よく体のどこかに当たってくれれば――と、考えないわけでもないが。


 〈忌殺しの剣〉は吸い込まれるように国王に向かって空気を裂く。〈隠れろ(ヒルデウ)〉の効果は術者の姿を消す魔法ではなく、あえて他者の視覚から自分の姿を消す魔法だ。その範囲というのも術者の裁量次第で、自分の身一つ見えなくする、武器や周辺の小道具すらも見えなくするなど、様々だ。つまるところ、今しがたシグルズが投擲した〈忌殺しの剣〉もその範囲の中にある。アーガルズ国王には見えていない、はずなのだが――。


 鳴り響く甲高い金属音。アーガルズ国王の大剣によって払われた〈忌殺しの剣〉は、持ち主の元へ帰るかのようにシグルズの足元へと落下し、床に突き立った。


「本当に見えていないのか?」


 反応速度、そしてその正確性からもその動きはシグルズの姿、彼の持つ武器が見えているかのようなものだった。〈隠れろ(ヒルデウ)〉の効果時間はそれほど長くはない。そろそろ魔法が解ける頃合いだ。


「……やはりそこにおったか。陰魔法は強力じゃが、術者が未熟ではその真価も発揮できん。宝の持ち腐れじゃな」


 アーガルズ国王の視線は変わらずシグルズの方を向いていた。本当に気配だけで大まかな居場所を掴んでいたのだろう。だとすると、不意打ちのような真似も簡単ではない。やはり正面から叩くほかないのかと、右手に持つ槍の柄を握りしめる。


 〈隠れろ(ヒルデウ)〉が通用しないとなると、他の陰魔法も大した効果は示さないだろう。そもそもシグルズの魔力炉に陰魔法は三種類しか刻まれていない。他者の視覚に作用する〈隠れろ(ヒルデウ)〉、他者を眠らせる〈眠れ(サーレルイピ)〉、自身の痛覚を鈍化させる〈痛覚(パーアナー)()遮断(バロイチカ)〉。たったのそれだけだ。自分の痛覚を遮断したところで国王をどうこうできるものでもないし、魔法で眠らせることができるとはとてもではないが思えない。シグルズの陰魔法ではアーガルズ国王には手も足も出ないのだ。


 だとすると、リンファから奪った魔力炉に刻まれている水魔法と、自身が培ってきた槍術でアーガルズ国王と戦うしかない。


 そう考えたシグルズは、槍を構え直しアーガルズ国王に向かって一歩、大きく踏み込んだ。

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