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竜の魔女と混血の騎士  作者: 与瀬啓一
第3章~穢れた血~
35/81

35.革命の意志

 夜も更けた頃、バロック・ハーヴェストは友人の居室のドアを叩いた。


「いるか、ラウラサー殿」


 そう呼びかけると、扉の向こうから「殿はよせ。勤務時間外だ」と返答が来る。それに続けるように「こんな夜更けにどうした」と問いかけが投げかけられる。


「なに、お前と夜中に語りあうなんて、訓練校時代はよくやっていたことじゃないか。たまには構わないだろう?」


 バロックがそう答えると扉が開く。


「なんだ、話とは」


「色々と込み入った話だよ」


 その言葉で、長くなりそうだと察したのか「コーヒーを淹れる。少し待っていてくれ」とバロックを居室に通した。アーガルズ兵団団長――ラウラサー・エアルヴィの居室は実に質素で、必要最低限の食器や調理器具、数える程度の衣服があるくらいなものだった。


「相変わらずつまらない部屋だな。訓練校時代と何も変わらない。趣味の一つもないのか」


「それはバロックとて同じだろう。私たちは趣味に興じて笑う事よりも、険しい顔で剣を振るうことを選んだ頭のおかしな連中だ」


 ラウラサーによる自分たちに対する評価に「ごもっともだ」と頷く。


「それで、こんな無駄話をしに来たわけでもないだろう?」


「そうだな。反逆の騎士シグルズのことで話が合って――」


「お前が捕らえたのだろう? 竜の守り人ともどもな。詳しい話は聞いていないが、一体どこに隠れ潜んでいたんだ?」


 話を遮るようにして質問してくるラウラサーに、バロックは「まあ、待て」と制する一言を入れる。


「順を追って話す。しばらく黙って聞いていてくれ」


 ラウラサーはコーヒーを淹れる手を止め、「分かった」と振り返りながら頷いた。


 バロックは事の顛末をラウラサーに説明した。シグルズが竜の守り人を連れて脱走した後、母親が残した魔法で世界樹第三階層〈魔族国サバト〉に一週間滞在していたこと、アーガルズ国王を打ち倒すために戻って来たこと、協力を仰ぐためにバロックに接触したこと、そこで彼を捕えたこと。


 話し終わる頃にはラウラサーはコーヒーを淹れ終えていた。両手に黒い液体の入ったカップを持ちながら、テーブルを挟んで反対側に座る。「なるほどな」と相槌を打ってから手に持つカップの片方をバロックに差し出した。


「邪竜討伐作戦の前日に色々大変だっただろう」


 ラウラサーは熱いコーヒーを喉に通してから友人を労う。


「ああ、まあな。それでその反逆の騎士シグルズについてだ。彼は今脱獄しているだろう」


 こともなげにバロックがそう言うと、ラウラサーは「は?」と息を漏らし、ぽかりと口を開けたまま硬直した。


「……待て。それはシグルズとともに育ったバロック・ハーヴェストという男の勘か?」


「いや、私がそう仕向けた。彼は今、おそらくだが国王陛下の元に向かっている」


 それを聞いてラウラサーは慌てたように立ち上がる。


「お前、自分が何をしているのか分かっているのか!? 正気か!?」


「もちろん、正気だとも」


 バロックが頷く。


「むしろ、今までが狂っていたのかもしれない」


 その言葉で自分の今までを嘲笑った。


 ラウラサーは蟀谷(こめかみ)を押さえながら長いため息をついて座る。


「……お前が何か考えを持って行動してたことは分かる。というか、話の流れで何が目的なのか、察しがついた。バロックはアーガルズ国王に対して反乱(クーデター)を起こすつもりなのだな?」


 バロックはこれに首を横に振る。


「正確な言い方ではないな。あくまで反乱(クーデター)の首謀者はシグルズ・ブラッドだ」


「手を貸した時点でお前も共犯だ。反乱(クーデター)を起こすことの恐ろしさを一番理解しているのはバロック、お前だと思っていたのだがな」


 呆れたようにバロックを睨む。


「私の目的は、アーガルズ国王が打倒され、私か、もしくはラウラサーの命令で邪竜討伐作戦が白紙になることだ」


「妹のためか」


 バロックは黙って頷く。


「邪竜討伐作戦に行けば、生きて帰ることはできないだろう。アリエルを一人残すことになる。私にその覚悟がなかっただけの話だ。約束してしまったんだ。必ず帰ってくると。大切な家族との約束を違えるわけにはいかない」


「それで、その大切な家族の命を賭けて反乱(クーデター)に加担するのか? 言っていることがめちゃくちゃだぞ」


「賭け事は嫌いか?」


「嫌いだ。自分が手に持つものを取り零すぐらいなら、落ちている幸福は切り捨てる」


「私も、賭け事は嫌いだよ」


 バロックはラウラサーに対してニヤリと笑う。


「だからこれは、確信だ。シグルズなら、アーガルズ国王を打ち倒すという確信なんだ。あの目は――目的を必ず達成する本物の目だ」


 その言葉を突き刺すように、バロックはラウラサーの瞳を見つめる。


 僅かな沈黙の後、口を開いたのはラウラサーだった。


「……勝算はあるのか?」


「ある。シグルズは〈混血〉で、彼の傍には騎士を百二十七人も殺した竜の守り人がついている。必ず勝ってくれる」


 現在の体制に疑念を抱くのは何もバロックだけではなかった。ラウラサーを含む多くの兵団員が、不満を燻らせていた。


 世界樹第六階層〈妖精国アルヘーム〉、世界樹第四階層〈巨人国リートニア〉に対する侵攻作戦のときにも、異を唱える声は兵団内に充満していた。今回の邪竜討伐作戦だって、多くの騎士が嘆く姿をラウラサーは見て知っていた。しかし、だ。


「アーガルズ国王に対する我々の感情と、〈人神大戦〉における神々に対する感情は別物だ。そこはどうするつもりだ。仮に反逆の騎士が国王を打ち倒したとして、それで〈人神大戦〉が終わるのか?

 それに、兵団の全員が今の体制、作戦に反対しているわけじゃない。神々を打ち倒してやろうと言うヤツも少なからずいる。この戦争は〈三国統一戦争〉のような一種族が起こした矮小な戦争じゃない。世界樹を作った神々と人間の戦争だ。神々は人間を殲滅しようとし、我々がそれに抗っているだけなのだ。この戦争は、人類の滅亡という形でしか終結できない。それを、どう終わらせるっていうんだ? そんなの、我々人類が神々を討ちに行くしかないじゃないか」


 ラウラサーの意見はもっともだった。アーガルズ国王を打ち倒すことで邪竜討伐作戦を白紙にすることはできるだろう。しかしそれは、〈人神大戦〉において人間がとろうとした一作戦がなくなるだけなのだ。根本的な解決には至っていない。そんなこと、バロックだって分かっている。シグルズたちに再会する前であれば、ラウラサーと同じ結論を出し、行動を起こす気にはならなかっただろう。


「竜の守り人に言われたんだ。〈神の禁忌〉になぜ〈異種族同士での交配を禁ずる〉というものがあるのか。人間にとっての希望は〈混血〉だ、と」


「つまり、何が言いたい」


「混血の騎士シグルズ・ブラッドなら、神をも討てるのではないか、ということだ」


 答えると、ラウラサーは鼻で笑う。


「馬鹿々々しいな。結局、やろうとしていることは変わらない。アーガルズ国王がシグルズ・ブラッドに置き換わるだけだ」


 ラウラサーの言葉を受け、バロックは冷めたコーヒーを飲み干すと「逆に聞くが」と口を開く。


「仮にもし、〈混血〉が神をも滅ぼす力を有していて、〈人神大戦〉で人間が勝つとする。恐らく人類史上最も規模の大きな戦争になるだろう。その戦争を乗り越えて、争いの無くなった国を治める王が、今のまま――アーガルズ国王でもよいと?」


 これにはラウラサーも押し黙った。


 いいはずがないと、本能的に分かっているからだ。


 アーガルズ国王の治世は恐怖によるものだ。自身の強さを誇示し、弱者を恐怖でねじ伏せる。そうやって、断頭台で静かになった人間を何人も見ていた。反乱(クーデター)を起こした勇敢な兵士も、国王に直談判し、治世を改めるように申し出た地方の貴族も殺された。それに加えて国王は女遊びが好きだった。それも、質の悪い遊び方だった。国王にせがまれ、身体を預けるしかなかった年端のいかない少女を何人も見てきた。


 憤りを感じないわけではなかった。いや、多くの国民が憤りを感じていたのだ。ただ、誰も行動しなかった。行動できなかった。行動すれば、目をつけられれば、あの断頭台で首を斬られるのは今度は俺だと、国王に身体を穢されるのは今度は私だと、誰もがそう思ったからだ。そうやって恐怖による仮初の平和を維持している歪な国が、世界樹第五階層〈アーガルズ〉なのだ。


 沸々と煮えたぎるその怒りから、ラウラサーは目を逸らしていた。バロックの言葉に釣られ、視界の端に怒りが映った気がした。脳裏に「行動を起こすなら今しかないのではないか」と文字が浮かんだ気がした。


「シグルズ・ブラッドを、王にする気か」


 バロックは静かに頷く。


「人間が、人間らしく生きられる道はそれしかないだろう。最も多くの命を救える手段があるのは、この選択肢しかないだろう。反乱(クーデター)を起こすなら――いや、革命を起こすなら、シグルズが行動した今しかないだろう」


 バロックが机越しにラウラサーに向けて手を差し出す。その手を取ること――それはつまり、この騒動の片棒を担ぐということだ。革命の、手助けをするということだ。その手を取るか、ラウラサーは一瞬だけ迷った。いや、迷いなどではないだろう。自分自身に対する確認だ。この手を取っても後悔しないのかと。


 後悔しない。彼らの行動を反乱(クーデター)ではなく革命と認識してしまっている時点で、ラウラサーの腹の内は決まっていた。


 差し出されたバロックの手を、ラウラサーは強く握る。


「分かった。手を貸そう。とは言っても、私ができるのは兵団を動かすことだけだ。アーガルズ国王本人をどうにかできるのは混血の騎士しかいないのだ」


 そう言って、親友であるバロックに微笑んだ。


 ありがとうと、バロックはラウラサーの手を強く握り返した。

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