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竜の魔女と混血の騎士  作者: 与瀬啓一
第3章~穢れた血~
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32.二度目の脱獄

 遠ざかっていく後輩の背を見送ると、シグルズは片手で顔を押さえて長いため息を吐いた。


「何のため息?」


 隣の牢に入るリンファに問われると、シグルズは「不甲斐ない自分に対するため息だ」と答える。


「大切な人を何人も裏切ってしまうと、頭では分かっていたつもりだった。エルマのことも置き去りにしてしまうと。いざ言葉を交わすと、自分の行動がどれだけ情動的で浅はかなものだったか――」


「その言葉は、行動したあなたに救われた私の存在を否定するものよ。あなた、言ったわよね。生き物が手に持つことができる量には限りがあるって。私を助ける道を選んだ時点で、あなたは多くのものを取りこぼす覚悟を決めていたのでしょう? だったら、今更立ち止まることは切り捨てた人たちをさらに裏切ることになるわ。自分の選択に責任を持ちなさい。全部を拾い上げようなんて考えは傲慢よ」


 リンファの説教に「言われなくても分かっている」とぶっきらぼうに返すと、深く息を吸い、短く吐き出した。


「それでも、拾える可能性があるものを見て見ぬふりはしたくはない」


 竜狩り騎士団三等騎士、エルマ・ライオットは「ファフニール討伐に行く」と言っていた。恐らく作戦に参加するのは彼女だけではなく騎士団の大多数が該当しているはずだ。そして、騎士であった経験からして、このタイミングでの作戦は明らかに早すぎる。前回の〈竜域侵攻作戦〉から大した時間が経っていない。


 騎士団長であるバロック・ハーヴェストおよびアーガルズ兵団団長のラウラサー・エアルヴィは双方聡明な御仁だ。確実にこのタイミングで作戦を実行することはないだろう。となると作戦実行を命令したのは他でもないアーガルズ国王だ。


「アーガルズ国王を討てば、ファフニール討伐作戦は中止になる」


「中止になったところで、神々が振り上げた手はそのうち人間に下ろされるわよ」


「わざわざ死にに行かせる愚行よりはマシだ。それともなんだ? 人間がファフニールに敵うとでも思うか?」


 尋ねるとリンファは首を横に振った。


「あり得ないわ。神でさえ手に負えていない存在よ。そんなファ()フニ()ール()が、人間に負けるわけがないじゃない」


 淡々としたその答えに、シグルズは「なら問題はないだろう」と腕を組んだ。


「そんなに大義が必要?」


 ファフニール討伐作戦の中止にこだわるシグルズに、リンファはそんな疑問を抱いた。


「とてもじゃないけど、感情的に私を逃がしたあなたの考え方とは思えないわ」


「……リンファには悪いが、掛かっている命の数が桁違いなんだ。俺の感情的な行動ですくい取れる命は精々一つ、お前の命ぐらいなものだ。冷静にもなる」


 シグルズの回答にリンファは「ふぅん」と鼻を鳴らす。


「まあ、あなたのやりたいことがそれなら私は別に構わないけど。〈竜域〉に帰る上での障害を取り除いた副産物程度に考えておくわ」


 リンファは自分の中でそう結論付けた。


「まあ、そんな話はどうでもいいのだけれど、私の剣――聖剣フロティールを取り返す算段は付いているのよね」


「もちろんだ」


 シグルズが頷く。


「あの剣を押収したのは他でもない俺だ。保管場所も知っているし、保管庫の鍵がある場所だって知っている。それに、ここに入れられるときに取られた俺の槍を含む武器類はそこにあるはずだ。全部まとめて取り返す」


 危険物保管庫。


 罪人や先の侵略戦争による戦利品が押収されている倉庫だ。基本的に剣や槍といった武器が保管されている。シグルズが自ら押収したリンファの剣――聖剣フロティールは数ある保管庫の中の第四倉庫、一般的に貴重度の高いものが保管されている場所だ。


 残るシグルズの槍であるバルムンクと忌殺しの剣は第二倉庫、もしくは第三倉庫にあるとシグルズは踏んでいる。実際、シグルズの槍は彼が騎士訓練校を卒業し、正式に一人の騎士となったときに騎士団長バロック・ハーヴェストによって送られた特注品だし、忌殺しの剣に関しては検査が終わっているとするならば、第三倉庫、もしかしたら第四倉庫に入っていてもおかしくはない。


 まあどこにあったとしても、シグルズにとってそれらを取り返すことはそう難しいことではない。人がほとんど通らない通路や時間帯は嫌というほど熟知している。それはもちろん、保管庫に見張りがいないことも含めて、だ。


 そんなシグルズの思案を見ていたかのように「見張りとかはいないのよね」とリンファが問う。


 いないと首を横に振る。


 そもそも保管庫の位置と存在を知っているのは二等騎士以上の騎士と、兵団長ラウラサー、兵団の各師団長程度だ。それ以外の兵士や騎士は基本的にその場所も、存在さえも知らされていない。位の低い者に任せるには、そこに収められている得物たちはあまりにも危険で物騒なものばかりだ。故に倉庫にわざわざ見張りを割かず、幾重もの厳重な錠前やらで雁字搦(がんじがら)めになるように保管されているのだ。


 もちろん、一等騎士であったシグルズは場所も知っているし鍵の場所、開け方までも知っている。


 おまけに今はファフニール討伐作戦の前夜だ。誰もがその旨を緊張と恐怖で打ち鳴らしている。誰も保管庫のことなど気に掛けちゃいない。


 ふと、牢の外に視線を向ける。人影は見えない。看守の巡回が来るまでは時間がありそうだった。


 今しかないと思った。


 シグルズは、静かに音を立てないように牢の扉を開けると、リンファに「行くぞ」と小さく声を掛けた。

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