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竜の魔女と混血の騎士  作者: 与瀬啓一
第1章~竜の守り人と混血の騎士~
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03.処遇①

 世界樹第五階層――〈アーガルズ〉、アーガルズ兵団本部。


 竜狩りの男――シグルズは、長く続く大理石でできた廊下で、それに負けないくらいの長く深いため息をついた。



 会議があった。


 場所はアーガルズ兵団本部に設けられた息のつまるような会議室。楕円の長大なテーブルを無機質で飾り気のない壁が囲む、会議のためだけの部屋。


 内容はもちろん、昨日話を聞きに行った〈竜の守り人〉の処遇についてである。


 長い長い会議であった。一つの議題に一時間も二時間も掛けて導き出した結論は〈保留〉の二文字。随分と退屈な時間である。もっと言えばシグルズが口を開いたのは最初だけ、守り人から引き出した情報にもならない情報だけだった。


 会議が長引いた理由も至って単純なもので、〈竜の守り人〉を生かすか殺すか。綺麗に二つに意見が割れたのだ。


 かたや「もともと殺すつもりだったのだから殺してしまえばいい。天界の者を討ち取ることで軍全体の士気も上がる。神々と本格的に争うのが少し早くなるだけだ」と。


 かたや「捕虜としてこちらで捕えて、神々との交渉材料に使う」と。


 シグルズはどちらの意見にも賛同することはなかった。


 こういった座ってお喋りする仕事は、シグルズのような一介の騎士に務まるものではない。努めようとも思っていないが。


 守り人を捕えたシグルズであっても、殺せと言われたら殺す、生かせと言われたら生かす、この二つの選択肢しかないのだ。


 そんな、自分の関わりようがない処遇相談会に次も出なければならないとなると、廊下より長いため息が出てしまうのは仕方のないことである。


「どうしたんですか? ため息なんかついて」


 横で紅葉色の髪が揺れる。黄金色の双眸がシグルズを見上げた。


「面倒な会議にまた出ないといけないと思うと、自然とため息が出るもんだ」


「そういうものなのですか?」


「そういうモンだ。エルマもあと二、三年したら分かるようになる」


 エルマはシグルズと同様に〈竜狩り騎士団〉に所属する、二つほど年下の十八歳の少女である。階級はシグルズの二つ下の三等騎士。つい先日までは一つしか違わなかったが、守り人を捕えた功績によってシグルズは一等騎士になっている。その上となると準高等騎士、高等騎士があるが、こればかりは簡単になれたものではない。


 そもそも、〈竜狩り騎士団〉はアーガルズ兵団内に組織された邪竜ファフニールを討伐するための新興組織だ。組織統治にあてがわれている準高等騎士、高等騎士は、世界樹第六階層〈妖精国アルヘーム〉や世界樹第四階層〈巨人国リートニア〉を支配下に置いた先の侵略戦争で名を上げた騎士たちである。


 守り人を捕えて一等騎士になったのならば、次の昇進のチャンスは正真正銘、邪竜ファフニールを討ち取ったときである。


 まあそんな話はいいとして。


「今は鍛錬の時間のはずだが」


 横を歩くエルマに尋ねる。


「そうなんですが、先輩への伝言を頼まれまして」


「伝言? 誰からだ?」


 するとエルマはポケットから折りたたまれた紙を取り出した。


「地下牢の見張りをする四等兵からです。なんでも、件の〈竜の守り人〉に関わることだとか」


 シグルズはそれを受け取り、広げる。


 少々ガサツな汚い字で伝言が書かれていた。恐らくエルマに伝言を頼んだ四等兵が書いたのだろう。


「……ふむ」


 目を通した。


「何が書いてあったんですか?」


 エルマに問われ、人に教えていいものだろうかと少し考える。こういう伝言はモノによっては機密事項になったりもするし、部外者への口外が発覚でもしたら首を斬られかねない。自身の倫理観が問われる事象ではあるが、この伝言はそれほど意味をなさない伝言であるとシグルズは判断した。


 広げた紙をエルマに見せ、読み上げろと言わんばかりに顎でその紙を指す。


 エルマは視線をシグルズの顔から紙に落とすと、書かれた文字をなぞるように丁寧に口を開いた。


『一等騎士シグルズ殿、四等兵のエヴィルであります。〈竜の守り人〉から伝言です。牢屋に来い、さもなくば暴れる、と。伝達は以上であります』


 読み上げると、シグルズを見上げて、「どういうことですか?」と疑問を口にする。


「俺にも分からん」


「〈竜の守り人〉ってすごく強いんですよね? 百二十七人もの竜狩り騎士を殺して……。その、先輩にお尋ねするのは失礼だと思うんですが、怖くはないんですか?」


 これって完全に目をつけられてますよねと、付け加えながらエルマは問う。


「怖くはないが、それは俺が自分の権能を使って彼女を無力化していることを確認してるからだ。そうでなかったら怖いさ。なんせ俺が対人訓練で一度も勝てなかった一等騎士……いや、殉職して高等騎士になったワビック殿も俺の横で殺された。権能を使わなければ勝てなかったさ。忌み嫌う能力に助けられたのは釈然としないが」


「権能って、例のお母様の……」


「ああ、魔女が必ず一つ持つ権能だ。守り人は魔法だと勘違いしているようだが、実際は違う。特定人物における固有技能にすぎん。もっとも、彼女と相対するまでは使う機会がなかったが」


 シグルズは混血だ。人間の父と魔女の母。外見は父親似ではあるが、中身は魔女や魔人と大差ない。魔法を扱うことができ、魔人や魔女が一人一つずつ持つ〈権能〉の力がある。


 〈竜の守り人〉は、体内から魔力炉が消失したことをシグルズの使った魔法によるものだと考えていた。しかしその考えは誤りで、これはシグルズの持つ権能――もっと言えば彼が自身の母親から引いた血に刻まれた力だった。シグルズの権能は至って単純なもので、他者から魔力炉を奪う、ただそれだけ。


 魔力炉は魔法を扱うための魔力を生成する他にも、炉を持つ本人が扱える魔法を記憶する役割も持つ。つまるところ、伝言どおりに〈竜の守り人〉が暴れたところで大して怖いことはないし、なんなら彼女が扱う魔法をシグルズは扱える。抑え込むことは容易だ。


「先輩はお強いですね」


 シグルズの言葉を聞いたエルマの感想はそんなものだった。


「混血だからと石を投げられれば、嫌でも心は強くなるさ」



 それじゃあ俺は地下牢に行くから鍛錬頑張れよと、シグルズはエルマに別れを告げる。彼女は「はい!」と明るく元気な返事をして中庭の方に駆けていく。


「エルマ」


 その小さな背中を、呼び止めた。紅葉色が振り返る。


「あー、なんだ。次の休日にでも、二人で飯に行かないか。毎日鍛錬ってのも良くない。適度な休息は大事だ。もちろん、無理強いはしない。既に予定があるなら――」


「行きます! 週末、楽しみにしてます!」


 満面の笑みでひらひらと手を振って、紅葉色の髪の少女は再び男に背を向けて去っていった。

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