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竜の魔女と混血の騎士  作者: 与瀬啓一
第2章~魔族国サバト~
25/81

25.シグルズの過去

 リンファの背を見送ったシグルズは、ため息とともに左の方を向いた。そこにあるのはウィノラの作業台やら揺り椅子やら。


「盗み聞きか」


「そんなつもりはないが、出るに出られなくてな」


 その声と共に、ウィノラが机の下から姿を現した。


「なぜそんなところに隠れているんだ」


「リンファが下りて来たときに反射的に隠れてしまってな」


「別に隠れることはないだろう」


「隠れてしまったのだから仕方がない。それに私は私できみに話がある。今の状況は実にちょうどいい」


 ウィノラはそう言いながら歩み寄り、リンファの座っていた椅子に座った。


(ぬく)いな」


「気持ちの悪いことを言うんじゃない」


 彼女の言動にため息を吐く。


「それで、話とは何だ」


 シグルズは真っ直ぐにウィノラの目を見つめる。蝋燭の灯火を反射する彼女の金色の瞳が僅かに輝く。


「――〈神の禁忌〉を全部言ってみろ」


「〈異種族同士での交配を禁ずる〉、〈翼をもつことを禁ずる〉、〈世界樹を枯らす行為を禁ずる〉。それがどうした?」


 シグルズは言われた通り〈神の禁忌〉を三つ挙げた。〈神の禁忌〉、世界樹を作ったという三神である地神フェンル、空神ヘイル、竜神ヨルムントの三柱が世界樹に住まう全ての種族に課した決め事だ。人間はそのうちの一つ、〈翼をもつことを禁ずる〉を破った。それに加え、シグルズの両親は〈異種族同士での交配を禁ずる〉という禁忌に触れてしまっている。


「禁忌を破った者には神の天罰が下る。人間と神々が争っているという〈人神大戦〉……だったか。それも天罰なのだろう。神々が種族を丸々滅ぼそうとする。これを天罰と言わずなんというか。

 そしてきみだ。人間と魔女の〈混血〉。私がきみに話したいこと、聞きたいことはきみがなぜ生きているかだ。きみの母親は――〈貪汚(たんお)の魔女〉シアナはきみに何を施した?」


 金の双眸が、真っ直ぐに見つめてくる。


「……あなたは、俺の母についてどこまで知っている?」


「言ったはずだ。シアナが〈魔族国サバト〉を出てからは連絡を取っていないと。いや、取りようがないと言う方が正しいか。だから私としては、生きているのか死んでいるのかもよく分からない。まあ、死んでいるだろうが。そうだろう? シグルズ」


 シグルズは頷き、何かを決心したかのように短く息を吐く。


「少しだけ、昔話をするがいいか」


「構わん。聞かせてくれ。きみの過去を、シアナの最期の話を」


 シグルズは金の双眸を見つめる。ウィノラのその視線は、まるでシグルズを見ていないように思えた。そのもっと奥を覗き込もうとしているかのようだった。


 シグルズは自分の母親のことを詳しく人に話したことはない。後輩であったエルマに対しても、ともに育った兄のような存在であるバロックに対しても、詳しいことを話さなかった。彼ら彼女らに話したのは自身が〈混血〉であることと、それにより両親が死んだこと。それだけだ。


 だからなのだろう。シグルズは開口一番、まるで自分自身に確かめるかのように「母は優しかった、と思う」となんとも曖昧な表現をした。


「……いや、優しかった。父も母も、愛情を持って俺に接してくれていた。家庭は貧しかった。だが、確かにその時間は幸せだった」


 シグルズはその瞳の奥に、過去の情景を思い浮かべる。血を流し倒れた母親、無残な姿へと変わってしまった父親、感情のない優しい笑みを見せる白髪白眼の一人の男。そしてそれを一つ一つ思い出すかのように、ポツリポツリとウィノラに対して口から零し始めた。脳裏に焼き付いて消えない、凄惨な過去の残像を。



§



 シグルズはその幼き日々を、猟師である父の小屋で過ごした。人里から離れ、お世辞にも贅沢な暮らしとは言えない生活だったが、シグルズはその時間を確かに幸せだと感じていた。


 そんなある日のことだ。


 父は猟に出掛け、風通しの良い小屋で母親と留守番をしていた。良く晴れた日だった。そんな二人の元に、人が尋ねてきた。ノックすれば壊れそうだと判断したのだろう、「ごめんください」とわざわざ声を掛けてきた。男の声だった。


「誰かしら」


 シグルズと手遊びをするその手を止め、母親は扉の方に首を向ける。「どなた?」と扉の向こうにいる人物へ声を掛ける。「通りすがりの旅人です。荷物が川に流されてしまって。しばらく泊めていただけませんか」と扉の向こうの男は言った。


 母親は優しかった。「まあ、それは大変」と言いながら、緑色の髪を揺らして立ち上がった。扉を開ける。


 外に居たのは予想通り男だった。白い髪に白い肌。にっこりと笑って細まった瞳が開かれ、覗いたのはこれまた白い瞳だった。その様相に、幼いシグルズは得も言われぬ恐怖心を抱いた。


「……お母さん」


 言葉にできない不安に駆られ、そう母親に呼びかけるか細い声は、男の「初めまして」の一言で掻き消された。


「扉を開けてくれてありがとう、ちょうど困っていたんです」


「大変だったわね。狭い家だけど、上がってちょうだい」


 母親はそう言って名も知らぬ男を家に上げた。男は脚の折れかけたテーブルを挟んで、シグルズと母親の反対側に座る。シグルズは母親の背に咄嗟に隠れた。「こら、失礼でしょ」と聞こえたが無視した。じっと、男の白い瞳を見つめていた。


「すいません、人見知りなんです」


「構いませんよ。子どもは好きです。あなたたちは二人でこの家に?」


「いえ、主人と合わせて三人で。主人は今出掛けていて、私たちは留守番中なんですよ」


「おや、それは残念です。ちょうど土産になりそうなものを一つ持っていたのですが……」


「土産?」


 男はどこからか、布に包まれた丸いものを取り出す。


「少し重いモノなんですがね」


 両手で持つそれを「よいしょ」という掛け声と共に机に置いた。


「開けてご覧ください」


 男は母親に袋を開けるよう促した。なんだろうと母親は訝し気な顔をしながらも、固く結ばれた布の端を解いた。解いた瞬間、咄嗟に包み直した。ちらりと母親が視線をシグルズに送る。


「おや、息子さんにお見せしないのですか? とっても喜ばれると思うのですが」


 男が微笑む。そんな男を母親は睨みつけていた。


「……名前を聞いていなかったわね。あなた、何者?」


 尋ねると男は立ち上がり、胸に手を当てて丁寧にお辞儀をした。


「申し遅れました。私は竜神ヨルムントです。貴女の命を頂戴するために参りました。〈貪汚(たんお)の魔女〉シアナ・ブラッド」


 シグルズの目の前を一瞬、眩い光が包む。目を瞑る。トスッ、と軽くも鈍い音が鼓膜を叩く。目を開ける。


「お母……さん?」


 ギラリと光る剣先が、母親の――シアナの背から突き出し、赤い糸を床へと垂らしていた。瞬く間に張りつけの床板は水溜まりのように赤い血で覆われた。


「シグ……ルズ――逃げな……さい」


 シアナが言葉とともにシグルズに振り返る。しかしシグルズの足は恐怖のせいか、棒のように固まっていた。動かなかった。床にしりもちをつき、広がって来る血溜まりから腕だけで後ずさるだけだった。


「ご主人はとても脆かったです。人間ですからね。簡単に首が()げました。神々(私たち)は人間を神に似せて作りました。神というのは不安定で不確かな存在。その特性が模倣品である人間に現れたのでしょうね。しかし魔族は違います。まだまだ立っていられますね? 魔女シアナ」


「ふっ……ざけないで……!」


 シアナは男の――竜神ヨルムントの胸ぐらを掴むと自らへ引き寄せた。


「お前の魔力炉も……奪ってやる!」


「無駄ですよ。いくら七罪(しちざい)の魔族の一人と言えど、神から魔力炉は奪えません。そこにあるのは〝無〟です。神など単なる概念でしかない。貴女は死にます。禁忌を犯した貴女の魂は世界樹第八階層の〈聖域〉には逝けませんが――世界樹第二階層〈死者の国ブラハ〉に逝かせてあげます。先に旅立たれたご主人が待っておいでですよ」


 ヨルムントはニコニコとした表情(かお)でそう言いながら、手に握る剣を捻じるようにしてシアナの腹部にさらに深く、ねじ込ませた。


「ご安心ください。息子さんには一切手を出しません。殺しません。世界樹に誓って」


「う……そよ……」


「どう思われるかは貴女のご自由ですが、そろそろ命が途絶える頃でしょう? 息子さんに伝えておくことがあれば今のうちに」


 ヨルムントがシアナの腹からするりと剣を引き抜く。まるで床に引っ張られたかのように、シアナは自らが溢した血の海に倒れた。


「おっ、お母さん……! お母さん!!」


 シグルズは自らを愛し、育ててくれた母親の身体を揺すった。揺すったってどうにもならないことぐらい、シグルズにも分かっていた。


「……戸棚の二番目の……引き出しに、あなた宛ての手紙があるわ、シグルズ。――あなたを生んでしまって、ごめんね。こんなお別れになって、ごめんね。……愛して、いるわ」


 そう言い残して、動かなくなった。


 その眠ったかのような顔を、シグルズは見つめていた。穏やかだった。あまりにも穏やかで、何かの拍子に起き上がるんじゃないかと、そう思うほどだった。


 シグルズは泣かなかった。いや、泣かなかったというと語弊がある。悲しいし泣きたかったが、それをグッと堪えた。「何があっても泣くな」と言っていた父親の顔を思い出した。


 顔を上げる。


 視界には白髪の男の顔が映っていた。ニコニコと笑っていて、酷く不気味に感じた。


「どうして、お母さんとお父さんは殺されたんですか」


 シグルズの問いに男は回答を示さなかった。理由はお前が一番分かっているだろうと言わんばかりに、嗤った顔から、細めた目の隙間から、その白い瞳が訴えかけていた。


「俺が――〈混血〉だからですか」


 それを言うと男はようやく反応を見せた。シグルズと同じ目線までしゃがみ、「そうだよ」と答える。


「きみのお父さんとお母さんはやっちゃいけない事をしたんだ。それで天罰が下った。それだけの話だよ。本当は、生まれてしまった忌子であるきみも殺さなきゃいけないんだけどね。厄介な守護竜サマとの制約で、混血の子どもは殺せないんだ。だからきみの命は見逃さざるを得ない。殺してしまえば、今度は僕が消されてしまうからね」


 回答を得たシグルズは、再び視線を横たわっている母親に移した。そして机の上にある布に包まれた丸いものを見つめた。


 どちらも、大切な人だったものだ。母親と男の会話から、布の中身が父親の頭であることは容易に想像がついた。また、「泣くな」と言う父親の顔が浮かんだ。そんな父親も、もうこの世にいない。


「俺はこれから、どうやって生きて行けばいいんですか」


 別に、男に問うつもりはなかった。自問するかのようにそう呟いた。


「安心すると言い、忌子よ。きみを助けてくれる人を予め呼んでおいたんだ。今日あった出来事を話すか話さないかはきみ次第だが、きっと助けてくれる、優しい人間だ。ここで野垂れ死なれては、それはそれで僕が消されてしまうから。そろそろ僕は第九階層に帰るよ。さようなら、新しい復讐者。きみが来るのを楽しみに待っているよ」


 言いたいことを言って、男は消えていった。まるでそこには誰もいなかったかのように、静寂が小屋を包む。その直後だった。


 今にも壊れそうな扉を激しく叩く音が聞こえた。


「すいません、アーガルズ兵団です。ここらで残忍な強盗が出るという話を聞きまして、この辺りを警戒しておりまして――激しい物音がしましたが、どなたかいらっしゃいますか?」


 男の声だった。幼いシグルズは改めて誰もいなくなってしまった部屋を見渡した。机に置かれた布に包まれた父親の頭、自分の目の前で息を引き取った母親。涙を堪えた。悲しいのを我慢した。涙を堪えた。目頭が熱くなった。涙を堪えた。涙を――堪えた。


「……助けて、下さい」


 嗚咽が漏れた。涙が頬を伝った。扉が開いた音は、自分の大きすぎる泣き声で掻き消されて聞こえなかった。



§



「そこで俺を拾ったのが、バロック騎士団長閣下だ。そこからは――言わなくても分かるだろう」


 部屋の蝋燭が揺れるとともに、シグルズとウィノラの影も揺れた。一通り過去を打ち明けたシグルズは、一つ呼吸を入れた。


「これが俺の過去、母親の最期だ。俺はあのとき、母親が嫌いになった。魔女である母親が、俺に謝らざるを得なかった母親が、心の底から嫌になった。魔女じゃなければ、こんなことにはならなかっただろうにと何度も思った。俺もこんな悲しい思いをしなくて良かったとも。あの幸せな空間で俺は成長して、父と同じように猟師になっていただろうと。そんな夢を、何度も思い描いていた。そうだ、ただの……夢でしかなかったんだ」


 ウィノラは反応を見せない。じっとシグルズを見つめているだけだった。


「バロック閣下には全部を話した。竜神ヨルムントが天罰を下しにきて両親を殺したこと、自分自身が忌子であることも。閣下は子どもがそんな嘘を吐かないと判断したのか、はたまた家の中の様子を見て真実だと判断したのかは分からない。ただ、俺の話に耳を傾け、信じてくれた。本当に優しい人だった。『生まれた子どもに罪はない』と何度も聞かされた。そんな大切な人にも背を向けて、俺は今ここにいる」


 言葉にし、改めて大切な人の顔を思い浮かべる。バロック閣下やラウラサー兵団長、大切な後輩のエルマ。その全てを切り捨てて、〈竜の守り人〉であるリンファを選んだ自分は果たして正しいのだろうかとも思う。ただ、あのままの状況を見逃すことができなかったのもまた事実だ。


「俺が生きていられるのは、母親が俺に何か施したからじゃない。全部竜神ヨルムントの気まぐれだ。母さんが遺してくれたのは、引き出しに入っていた手紙と、魔女ウィノラ――あなたのことだけだ。きっと、天罰で自分たちがいつか死ぬことを知っていたんだろう。そのときが来たら、俺だけを逃がすつもりだったのかもしれない。あなたの問いへの答えはこれで全部だ。〈貪汚(たんお)の魔女〉シアナはただの母親だった。魔女として俺に接したことはなかった」


 ウィノラは「そうか」と頷き、口元を緩めた。


「魔女らしくない優しいやつだと思っていたが、そうか、最期まで優しいやつだったのか」


 満足げに、と言うのは少し語弊があるかもしれない。しかしウィノラの表情は、どこか満たされているかのように見えた。まるで、長年心に溜まっていた重いモノがするりと抜け落ち、軽くなったかのような――。


「仇を、取りに行くのか」


 ウィノラの問いにシグルズは頷くでも否定するでもなく「先にやらないといけないことがある」と答えた。


「もともとアーガルズ兵団に入ったのも、そこで竜狩りの騎士になったのも、確かに竜神ヨルムントを討つためだった。リンファと戦ったのもその過程でしかないはずだった。彼女を捕えたとき、また復讐に近づいたと思った。だが彼女と言葉を交わし、アーガルズ国王の声を聞き、悪とは何かを考えるようになった。

 竜神ヨルムントはもともと悪性を抱えているわけじゃない。〈神の禁忌〉に従って、侵犯者に罰を下しただけだ。だが、アーガルズ国王は違う。己の私欲のために、言葉を交わせる相手を〝飼う〟という。アーガルズがまだ統一されていない昔には、奴隷制度があったらしいが、それと同じことをやろうとしているように見えた。王の圧政は、いずれ命を減らす独裁に変わる。もしかしたらすでにそうなのかもしれないが。だとしたら、誰かがそれを止めなければならない」


「つまり、アーガルズの王を討つのだな」


 シグルズが無言で頷く。


 するとウィノラは立ち上がり、戸棚の方へと歩み寄りながら口を開いた。


「アーガルズ国王は〈混血〉という話だったな」


「ああ」


 ウィノラは開いた引き出しを漁りながら「シアナは……」と突拍子もなく話を始めた。


「シアナは掴みどころのない奴だった。単純な奴だったが、その本心は絶対に顕わにしない奴だった。()()の製作を頼まれたときも、なぜそんなものを頼むのか、てんで分からなかった」


 ウィノラが戸棚の引き出しからあるものを取り出す。布に包まれた細長いものだった。大きさは、ちょうど手首から中指の先までぐらいだろうか。小さいものだった。


 それをシグルズの目の前に静かに置いた。


「これはシアナが私に製作を頼んだ、〈忌殺しの剣〉だ。刃に掘られた溝に混血にだけ効く毒が塗ってある。きっときみを助けるだろう。

シアナがこれを私に頼んだとき、彼女は私にアーガルズへ行くことなど伝えていなかった。だからなぜこんなものを作らされたのか分からなかったが、きっと彼女は初め、人間を愛してしまうことを恐れたのだろう」


「……なぜそれをあなたが持っている? 俺の母がアーガルズに行くために作らせたのだろう?」


「それは私にも分からんさ。ここに残っているのは、彼女がこの剣を置いていったという事実だけだ。結局彼女が考えていることは、最後まで私には理解できなかった。どうして彼女は、この剣を置いて行ったのだろうな。しかしまあ、きっと、私の目の前にいるシグルズ・ブラッドという一人の男がその問いの答えなのだろう」



 その後ウィノラは「夜も深いからもう寝なさい」と、二階の屋根裏部屋へ戻るようにシグルズに促した。それに従い、シグルズも例の剣を片手に部屋に戻った。室内は真っ暗で、リンファの小さな寝息だけが空気を震わせていた。


 気持ちよさげに眠っている彼女には申し訳ないと思いながら、手燭に明かりを灯す。荷物から丁寧に折りたたまれた紙を取り出す。紙は端々が破れ、折り目など今にも千切れてしまいそうだった。それを優しく丁寧な手つきで開いた。


 母が遺した、大切な手紙だ。久しぶりに目を通したくなったのだ。


 ほんの数行の短い手紙だ。何度も何度も読んだ文面だった。暗記するほどに読んだ文章だった。自分の記憶の片隅にある母親のシアナと、ウィノラの話していた掴みどころのない〈貪汚(たんお)の魔女〉シアナ。その二つが重なり合った今、良く見知ったこの手紙は自分の目にはどう映るのだろうと、知りたくなった。


 結果はいつもと変わらなかった。


「……どうしても、零れ落ちるんだな」


 そう言って笑みを浮かべる。頬を伝った雫はまた一つ手紙に新しい染みを作っただけだった。



『親愛なるシグルズへ

 あなたを独りぼっちにしてしまってごめんなさい。あなたが頼れる人物と、その人の居場所を別の紙に書いて一緒の封筒に入れておきます。

 お母さんもお父さんも、口下手で上手な文章は書けないけど、あなたと過ごした時間はとても幸せでした。

生まれてきてくれて、ありがとう。

 愛を込めて、シアナ・ブラッド、ハイエット・ブラッドより』

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