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竜の魔女と混血の騎士  作者: 与瀬啓一
第2章~魔族国サバト~
23/81

23.幕引き

 ウィノラから「結界の解除が完了した」との知らせを聞いたシグルズは、彼女と共に急いでアンテロの屋敷に向かった。


 リンファが連れ去られてから実に二日と半日の時が過ぎていた。


 屋敷はウィノラが言った通り彼女の家よりさほど遠くない位置にあった。少し込み入った森の中、整地された場所にまるで潜むように建てられたその屋敷の前で、シグルズとウィノラは二人一緒に足を止め、互いの顔を見合った。


 理由はきっと共通しているだろう。門の両脇、そこには倒れ伏した門番と思しき人物の亡骸が横たわっていた。


 予想だにしない光景に、シグルズはウィノラに問いかける。


「……なぜ、門番が死んでいる? しかも――」


 首の無い状態で。


 二つの骸には、どういうわけか首から上がついていなかった。周囲を見回しても、その首はどこにも見当たらない。まるで当然首だけ消えてしまったかのような、そんな感じだった。


「……急ごう」


 ウィノラはシグルズの問いに答えず、門を開けて敷地に入った。「急ごう」と言った彼女の足は、まるで確かめるように慎重に地を踏んでいた。シグルズも、彼女の後に続いた。



 屋敷の中はもぬけの殻、というよりは、誰一人として息をしていなかった。皆が皆、まるで示し合わせていたかのように首の無い姿で息絶えていた。部屋の扉を一つ一つ開けて、リンファの姿を探す。


「遅かったな、竜狩りの騎士」


 突然、扉の向こうから声がした。聞き覚えのある声が、開け放っていない、つまりはまだ中の様子を確認していない部屋から聞こえた。


 シグルズはドアの取っ手に手を掛けて、扉を引いた。


「……リンファ」


 部屋の奥、佇む空色の髪の少女の姿があった。彼女の髪の毛は酷く乱れ、衣服はボロボロだった。


 その様子に、シグルズは焦るように彼女に駆け寄り、抱き寄せた。


「リンファ、遅れてすまない。怪我はないか? なにもされていないか?」


「落ち着け、竜狩り。リンファ(この子)は無事だ。多少心に傷は負っているが、問題はないだろう」


 その口調に、違和感を覚えた。「リンファ?」と確認するように、彼女を自分の胸から放してその瞳をもう一度見つめた。吸い込まれそうな青藍色の瞳、光はなく、そこには全てを吸い込むような虚空のようなものが広がっているように感じた。


 遅れてやって来たウィノラが、「ほう」と何かに頷いている。


「……そうか、外の様相も、全てあなたがやっていたのか。邪竜ファフニール」


 ウィノラはリンファの――いや、ファフニールの光のない瞳を見てそう言った。


「ファ……は……?」


 シグルズは、そんなウィノラの言葉に目を丸くし、もう一度眼前の少女に目を向けた。


 容姿は良く知るリンファの姿そのものだ。髪が乱れていたり、服が汚れていたりと多少の差異は有れど、紛れもなくリンファだ。


 しかし、ウィノラはリンファを見て、かの邪竜の名を口にした。


「よく分かっているな、魔女。全部私が殺した。魔族の王を目指した(わっぱ)も、ほれ、そこに転がっている」


 ファフニールと呼ばれた彼女が床の方を指さす。そこには、目を剥いて口を叫ぶように開いたアンテロの頭部が力なく転がっていた。


 もし、本当にこれを彼女がやってのけたというのなら、目の前の空色の髪の少女はリンファではなく、ウィノラの言う通り本当にファフニールだ。今のリンファは魔力炉を持たないし、聖剣フロティールも持たない。膂力も弱く、彼女がその身一つでアンテロに敵うとも思えない。


「本当に、ファフニールなのか」


「そうだと言っているだろう。リンファ(この子)の事情を鑑みれば、別段不思議なことではない」


 どうやら、本当らしかった。


 シグルズは無意識に、槍を握る手の力を強めた。


「待て、そう殺気立つな。私はリンファ(この子)に降りかかる難を滅しに訪れただけだ。なにも竜狩りと争いたいわけではない」


 ファフニールがシグルズを制するように言う。


 しかし、だ。


 シグルズにとってファフニールは畏怖の対象、既に騎士ではないにしろ、討伐目標であったことには違いない。それが目の前にいるともなれば、気の抜けた状態ではいられない。嫌でも脚は(すく)み、額を汗が覆い、手は不自然なまでに強く握り込まれる。


 そんなシグルズの様子に、ファフニールはため息を吐いた。


「そう怯えるのも仕方のないことか。では、私はこれで退散するとしよう。リンファ(この子)の安全は既に保障された。竜狩りよ、リンファ(この子)をしっかり守ってやってくれ。その子を一人にするではないぞ」


 そう言い残し、ファフニールは穏やかに目を閉じた。それと同時に、リンファの身体がまるで力が抜けたかのように、膝から崩れ落ちた。


「リンファ!!」


 シグルズは彼女の身体が床に落ちないよう抱える。ぐったりとした彼女の口からは、僅かな呼吸音が聞こえた。生きていることが確認でき、シグルズは心の中で胸を撫で下ろした。


「……帰るぞ、シグルズ。この屋敷にもう用はない」


「……ああ」


 ウィノラに言われ、シグルズはリンファを抱きかかえたまま、彼女の後を追った。


 リンファ誘拐事件は、シグルズにもウィノラにも分からない場所で、凪いだ泉のように静かに幕を閉じた。

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