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竜の魔女と混血の騎士  作者: 与瀬啓一
第2章~魔族国サバト~
19/81

19.罠

 目が覚めたシグルズは、隣にリンファがいないことにひどく動揺した。寝覚めは良くない方だが、この日は珍しく飛び起き、階段を駆け下りてウィノラに事情を説明した。「寝ている間にリンファが姿を消した」と。


 話に、ウィノラは難しい表情を浮かべた。


「アンテロの奴め、私が昨日結界の準備をしていると踏んで、昨晩の内に行動を起こしたか。本当だったら今日のうちにこの家に結界を張るつもりだったが。先手を打たれたか」


「リンファはどこにいる」


 詰めるようにシグルズは問う。


「焦るな。場所は恐らくバストロヴィーナ家の第三屋敷だ。ここからそう遠くはない」


 答えを聞き、シグルズは急いで部屋に戻ろうとする。自身の相棒である槍――バルムンクは二階の屋根裏部屋に置かれている。自意識過剰だが、自分はそれほど弱い人間ではないと、シグルズは自己評価している。アンテロの権能は〈獣慾の権能〉。簡単に言ってしまえば性欲が強いだけだ。戦闘向きじゃない。魔法戦となると分からないが、肉弾戦ではこちらに分があると踏んだのだ。そう判断したシグルズを、ウィノラが「待て」と止める。


「どこに行く」


「決まっている。準備をしてその屋敷とやらに攻め入るんだ。リンファを救い出す」


「待て、そう急くな」


「では、このままリンファを放っておけと?」


「そうは言っていない。この後助けに行くつもりだ。ただ、落ち着け、と言っているんだ。状況の整理と、下準備がしたい」


 その発言にシグルズは押し黙る。


 確かにその通りだ。戦う前の下準備は大事である。傍に居たはずの少女がいなくなって、少し焦ってしまっていたようだ。


「そうだな……」


 少し冷静になった頭で答える。一度深呼吸をしたシグルズに、ウィノラは頷き「まず初めに言いたいことがある」と切り出した。


「シグルズ、きみ一人ではアンテロには勝てん」


 きっぱりと、言い切った。その言い草に、異を唱えると言わんばかりに「理由は?」と問い返す。


「シグルズ、きみは寝込みを襲われたときに目を覚まして対処できるか?」


「ああ。アーガルズ騎士団に所属する騎士は皆、訓練している。出来ないやつはいない」


「では昨晩、なぜきみはアンテロがリンファを誘拐したことに気づかなかった?」


「……それほど俺よりも上手(うわて)ということか」


「そうだ。アンテロの権能――〈獣慾(じゅうよく)の権能〉はきみの母君のように戦闘向きじゃない。だが、それを補って余りある魔法の技術を持っている。おまけに奴は貴族の出だ。剣も多少なりと嗜んでいる。屋敷にはボディーガード替わりの手練れの魔人だっている。正面から突っ込んでどうこうできるものじゃない」


 確かに、一筋縄では行かなそうだ。単騎で突っ込むのは無謀に等しい。


「ではどうするんだ?」


「私の権能を使う」


 ウィノラは間髪入れずにシグルズの問いに答えた。


「私の権能は実に隠密向きでね。この力で何度か死線を抜けてきた」


「どんな権能だ?」


「見た方が早い」


 ウィノラは口元に人差し指をあてがい、不敵に笑った。程なくして、シグルズの目の前から溶けるように姿を消した。


 確かに、説明を聞くよりも分かりやすいだろう。隠密向きと彼女が豪語したのも頷ける。


「〈溶影(ようえい)の権能〉というらしい。見ての通り、姿が消える。それだけだ」


 ウィノラの説明に、シグルズは()したる感想を持たなかった。同じような魔法を知っているし、なんなら使った経験だってある。それならできるぞと言い、呪文を唱える。


隠れろ(ヒルデウ)


 恐らく、これで互いに互いの姿が見えない、なんともおかしな状況になっただろう。ウィノラの様子は窺えないが、「ふむ」と言葉を漏らしたあたり、シグルズの変化は見えているのだろう。彼女の続きの言葉を待つ。


「……きみがなぜ陰魔法を使えるのか分からなかったが、そうか、〈貪汚(たんお)の魔女〉シアナか。色々な人間から魔力炉を奪っていて分からなくなっていたが、彼女はもともと陰魔法を使う魔女だったな。先に言っておくが、魔法では私を欺くことはできんぞ」


 声と共にかつりかつりとヒールが床を踏み鳴らす音がする。ウィノラが近づいてきているのだろう。かつり、かつりと。そしていきなり、軽い衝撃音と共に額にかゆみを伴う痛みが走った。悲鳴を上げるほどではないが、詰めの感触が残る額を押さえる。


「見えているのか」


「もちろんだ。陰魔法は他者の精神に作用する魔法だ。別に、きみの姿が消えているわけじゃない。周りの者にとって消えているように見えるだけだ。精神力が強い者、特に魔族にはその手の魔法は効かんよ」


「権能は違うのか?」


「ああ、私の権能は他人の精神に作用しているわけじゃない。私自身を透明にしているんだ。だから精神の強さ云々に関わらず、私の姿は他人には見えない」


 なるほど確かに、どこかに忍び込むには使い勝手のいい権能だ。これであれば、アンテロの屋敷に囚われたリンファを救い出すことも容易だ。


「これで私自身の説明は終わりだ。乗り込む際はこの権能を使う。もちろん、これはきみに適用することも私の裁量で可能だ。あとは、そうだな。シグルズ、君が使える魔法を教えてほしい。恐らく陰魔法と水魔法だけだろうが。何ができるのかを把握しておきたい。アンテロとの戦闘に陥ったときには私が指示を出す」


 言われ、シグルズは思い当たる節を全てウィノラに伝えた。陰魔法が「隠れろ(ヒルデウ)」含めて三つ、水魔法が十数種類。


 聞くだけ聞いて、ウィノラは特別何かを伝える素振りは見せなかった。


「作戦など、突発的な実践では無意味だ。その時々の状況で戦術は切り替える。それぐらい柔軟に行かねばアンテロには勝てん。もちろん、戦わないに越したことはないがね」


 作戦について尋ねたシグルズに、ウィノラはそう言った。



「さて、準備も整った。アンテロの屋敷まではそう遠くない。今から行こうと思うが、心の準備はいいかね?」


 仮面越しに視線を向けるウィノラに、これまた仮面を着けたシグルズは頷き返す。


「それでは行こうか。我らが神を救いに」


 ウィノラがドアノブに触れる。


 そのときだった。ウィノラの動きがぴたりと止まる。まるで氷像になったかのように動かないウィノラに、「どうした」とシグルズは手を伸ばす。


「触れるな」


 彼女がドアノブを掴む手に触れようとした瞬間、静止の声が入る。そしてウィノラは上を向き、乾いた笑い声をあげた。


「……アンテロの奴め、姑息な真似をしおって。これは一枚喰わされたな。私が先にこの家を出ると踏んで、こんなものを……」


 シグルズは腕を引っ込め、眼差しを仮面越しにウィノラに向けて、「何が起きた」と問う。


 ウィノラは顔をこちらに向け、そしてドアノブを握った手に落とした。


(トラップ)だよ。私がドアノブを握ることが発動条件の。罠の内容は、私の四肢の固着と、この家の壁を這うように仕掛けられた〈不出の結界〉だ」

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