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竜の魔女と混血の騎士  作者: 与瀬啓一
第2章~魔族国サバト~
13/81

13.魔族というもの

 光を全て吸い込みそうなほどの黒い髪、それとは対照的な輝かしい金色の瞳が、まるで宝石のようだった。歳は――幾つぐらいだろうか。母親の、シアナの旧知となると、自分にとっての親世代ぐらいだろうか、などと考える。となると、五十代かそこらだが、とてもではないが、シグルズにはその瞳に映る麗しい女性が半世紀の時を生きたほどの年月を重ねているようには見えなかった。


「……まずは初めましてだな、魔女ウィノラ。俺はシグルズ。世界樹第五階層〈アーガルズ〉の竜狩り騎士団に所属していた元騎士だ。こっちにいるのはリンファ。〈アーガルズ〉が、愚かしい人間が捕らえた〈竜の守り人〉だ」


 シグルズはウィノラに自分と自分の横に立つ空色の髪の少女の紹介をする。リンファは「どうも」とどこか不愛想げに小さく頭を下げた。


 紹介を受けた当のウィノラは、「ほう」と言って立ち上がり、リンファの前に歩み出た。腰を屈めてリンファの顔に自分の顔を寄せる。そしてその顔を、容姿を、視線で舐めまわした。


「……なによ」


「いや、本当にお嬢さんが〈竜の魔女〉なのかと思ってな」


「その呼び方は嫌いだわ。私を下賤な魔女と一緒にしないでくれる?」


「おや、これは失敬。しかしこの呼び方は魔族にとっては敬愛だよ。きみは私たち魔族にとっては神に等しい存在だ」


 リンファから離れると、ウィノラは「よっこいせ」と再び揺り椅子に腰かけた。


「説明はいらん。混血の男が、人間に囚われた我らが神を助け出してここに連れてきた。それだけ分かれば十分だ。おおかた、お前さんが我らが神に情を抱いたのだろう。母親によく似た優しい目をしている」


「信じるのか。彼女が〈竜の守り人〉であることを」


 シグルズが問うと、ウィノラは机に置かれた紙束を持ち上げ、煙草を一息吸う。白い煙を吐き出す。それが漂い、消えるのを見届けると「文献では」と口を開いた。


「文献では、〈竜の魔女〉――人間や妖精、巨人が〈竜の守り人〉と呼ぶ存在は青髪長髪の女性だとある。今私の目の前にいるのは女性というよりは少女だが、まあ外見の大部分は一致している。次いで〈竜の守り人〉は生物学上は魔族だ。体内に魔力炉を持ち、魔法と自身が持つ権能を操る。見たところ、魔力炉が見当たらんが、坊主に不釣り合いな魔力炉が中に入っている。母親から受け継いだ〈貪汚(たんお)の権能〉で奪ったんだろう。それだけ分かれば、彼女が〈竜の魔女〉……失礼、〈竜の守り人〉であることは合点が行くさ」


 ウィノラが微笑む。煙管を再び口にくわえると「それで」と続ける。


「ここに来た目的は亡命か?」


「ああ、しばらくここで世話になりたい」


 そう言ってシグルズは頭を下げた。ウィノラは「ふむ」と顎に手を当てる。


「別に、ここに匿うのは構わん。が、タダで匿うほど私も親切ではない」


「ケチね。魔族にとっての神様である私が助けを求めてるのよ。無償で匿うのが信仰心ではなくて?」


 リンファがムッとした表情で訴える。しかしウィノラは首を横に振った。


「たしかに、魔族は〈竜の守り人〉を信仰している。敬愛している。しかしその前に、我々はどうしようもないほどにクソ野郎な連中だ。目の前に金の匂いがすれば食いつくし、自身の欲のために他人を殺すし自分すら殺せる。そういう狂った連中だ。相手が自分たちにとっての神であろうとそこは変わらん。それに、我々魔族が信仰しているのは〈リンファ〉という個人ではなく、〈竜の守り人〉という概念、偶像だ」


「分からないわね。その偶像が今、あなたの目の前にいるのよ?」


「偶像、手の届かない存在だから信じられるのさ。少なくとも、存在しない相手は自分を裏切らないからな。そこに〈いる〉というだけで、その信仰心は揺らぐ。私の目の前にいるのはリンファと名乗った魔族に近しいただの少女だ」


「信じるものがあると大変ね」


「私から言わせてもらえば、何も信じていないきみの方こそ不遇だと思うがね」


 まるで嘲るように、ウィノラはリンファに視線を送った。


 憤りの意を示すかに思えたリンファだったが、シグルズの目に映ったのは「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らすだけの彼女だった。そっぽを向き、長い髪を払う。


「まあ、いいわ。魔女の戯言なんて大した意味をなさないもの。それで、タダでは泊めてくれないのでしょう? なにか対価を求めているのではなくて?」


 最後にため息を吐き出すリンファにウィノラは頷く。


「きみたちは、この国――世界樹第三階層〈魔族国サバト〉で最も軽いものが何か分かるか?」


「軽いもの?」


 シグルズが問う。


 ウィノラが無言で頷く。


「何かのなぞかけかしら」


 依然としてむくれた表情のリンファは視線だけをウィノラに送ってみせる。


「答え合わせの代わりに、君たちから得られる対価の相場を提示しよう。まずはシグルズ、きみからだが……」


 ウィノラは立ち上がると、シグルズにずい、と歩み寄る。迫るように寄ってくる彼女に、シグルズは一歩後ずさる。


「……その錆色の髪はこの辺りでは見んな。母親のシアナは緑の髪だった。つまりその髪はきみの父親のものだろう? 実に珍しい。対価はそれと……腕と脚が一本ずつだな。その槍も置いて行ってくれると助かる」


「……ちょっと待ってくれ」


 シグルズは「次はリンファ、きみだ」と視線を外すウィノラを制し、呼び止めた。


「今、なんと言った?」


「槍も置いて行ってくれと言ったが……」


「その前だ。対価が腕? 脚? 馬鹿な話をするな」


「何も馬鹿な話はしちゃいない。本気も本気さ。腕の一本や脚の一本が捥げたところで人間は死なん」


 唖然とするシグルズから視線を外すと、ウィノラは真っ直ぐにリンファの青藍色の瞳を見つめる。


「……なによ。私からは何を奪おうっていうのよ」


「きみ、年は幾つだ」


「……三百五十年は生きているわ」


「となると、人間や魔族で換算したら十七歳かそこらか。ちょうどいい年ごろじゃないか」


 ウィノラはまるで舐めるように手をリンファの衣服に潜り込ませ、腹から首にかけてを優しく、それでいて這うように触った。


「ひゃっ!?」


「なんだ、可愛い反応をするじゃあないか。その若い体で金を稼いで来てくれ。なに、君のような貧相な体が好みの魔人もいるさ」


 ウィノラがにたりと嗤う。


「……っ! ふざけないで!!」


「ふざけちゃいない。ここ〈魔族国サバト〉で一番軽いのは命だ。何よりも軽く、何よりも価値がつく。それが当たり前の世界だ。昨日まで清らかだった娘が翌朝には穢れて蕩けた顔をしている。昨日まで隣にいた奴の首が道端に転がっている。昨日まで隣にいた奴の腕が店先で売られている。そういう国だ。そういう国に、お前たちはいるんだ」


 リンファはウィノラから逃げるようにシグルズの後ろに隠れた。服の裾をぎゅっと握りしめる。シグルズも、そんなリンファを守るように右手を斜め下に突き出す。


「……どうやら、頼る相手を間違えたようだ。帰らせてもらう」


 リンファの手を握り、ウィノラに背を向ける。


「それは別に構わんが、どこか逃げる当てがあるのか」


「ない。が、ここにいたところで惨い目に遭うのならばどこでも変わりはないだろう?」


「そう早まるなよ若人。私はきみたちに求める対価を提示したんじゃない。『きみたちから得られる対価の相場』を示したんだ。ちょっとした冗句(ジョーク)ってやつさ。驚かせたようで悪かったね」


 そう言ってウィノラは笑っていた。しかしシグルズやリンファにとっては全く笑えない冗談だし、彼女が魔女である以上、そういう考え方を持っている可能性を切り捨てられない。


 改めて自分がいる場所が危険な場所なのだと、シグルズは再確認した。


 じっ、と睨みを利かせるシグルズに、ウィノラの笑いは少しずつぎこちなくなり、果てにはどこか申し訳なさそうに後頭部を掻いていた。


「あー、いや、そこまで警戒しなくていい。ただ、この国ではそれが当たり前だから危機感を持ってくれたまえ、と思っての発言だった。軽率に怖がらせてしまったことは申し訳ない。私はそういう血生臭い魔族のやり方は好かん。だからまあ、安心してくれ」


「信じられるか? お前は魔女だ」


「きみの母親も魔女さ。あの優しい女ですら魔女なのさ。そいつが、何かあったときは私を訪ねろときみに伝えたのだろう? それだけで信用に足ると思うのだが」


「シグルズ……?」と不安そうにリンファが見上げる。シグルズはそんなリンファの手を握り、「分かった、あなたを信じよう」とウィノラに伝える。


「きみの信用が得られて嬉しいよ。ただ、匿う対価は貰うよ。さすがに、女の子に体を売ってこいだとか、手足を捥いで金にするとかそういう事はやらんが」


「なにをさせるつもりだ?」


 シグルズが問うと、ウィノラはにぃ、と口角を上げる。


「なに、簡単なことさ。ただの私のお手伝いだ」

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