静かな住処
火華は小洒落たバーに居た。知り合いが経営する所でひっそりと佇んでおり、ネットなどには情報が無いという面白い所である。未成年でもOKな所だが流石にお酒などは出してくれないため、仕方なくカウンターに置かれたミルクを飲む。
「火華ちゃん。来てくれるのは嬉しいけど、珈琲とか飲めるようになってくれよ……ミルクそれタダなんだぞ売り物じゃないんだから」
「いいじゃん1杯くらい。どうせいつもお客はわたしぐらいでしょ?」
「まぁそれはそうなんだが……」
店のマスターが苦い顔で笑う。ネット社会のこの時代に、ネットやらなんやらで検索も出来ない知名度もない店とか正直終わりだと思う。火華は失礼な事を考えながらカウンターに突っ伏す。
からんからんと、扉の開く音がした。珍しいこともあるもんだなと思いつつ、顔を上げた火華はカウンターに顔を埋め直して、心の中で大声で叫んだ。
『なんでわたしの憩いの場に知り合いが来るのよ……』
店に入って来たのはラズとヨウだった。2人とも火華に気づく様子はなく、2つ隣のカウンターに座る。
「中々雰囲気いいね……人はあんまり居ないみたいだけど」
「たまにはこういう所もいいねぇ」
ラズくんが私に気づいたようでマスターを呼び止める。
「あ、すみませんマスター?僕の隣の人大丈夫ですか?」
すかさず手でマスターに中指を立てて合図を送る……ラズくんがマスターって呼び慣れてないのいいな?なにかに目覚めるかもしれない。
「あ〜……そっちの人はちょっと酔ってるだけだから大丈夫ですよ」
ラズは納得したようにわたしから目を離し、ヨウと談笑し始めた。そう言えばラズくんは珈琲とか飲めるのかな?ヨウさんは飲めそうなイメージあるけど……気になってチラッと顔を上げると、ラズくんと目が合った。目が合ってしまった。
「ほらやっぱり女の子だっただろ?」
「流石、ヨウくん」
恋人同士かコイツらは……いや、名前呼びくらいでそんな早とちりな勘違いはいけないよな……というかどうやら、わたしだってバレてないみたいだし、ラズくんは何を飲んでるのかな〜
カウンターに置かれたグラスの中にはカラフルな液体が入っていた。あれ?あれって割と高いお酒じゃない?おいクソマスター未成年2人に何してんだ……
「このジュース美味しいねぇ」
「確かに甘くて美味しいな」
あ〜……お酒じゃなかったわ…あれは確か、マスターの趣味のよく分からない果物のジュースだわ…ってわたしも飲んだことないのに!後でぶん殴ろ……マスター。
「というかどこかで見たことあるんだよね〜」
「……火華ちゃん?いやでも髪の色とかちが」
「あ、そうだ!火華ちゃん!!」
やばバレた。席が離れていたのに隣がラズだったのが幸い(?)して身構えることが出来た。汗がやばい。わたしの。
ラズが席から遠慮なく飛びついてくる。あれ?一応話した事ないよね?あれ??勘違い???
困惑したわたしを他所に、ラズはそのままぎゅっと抱き締めてきた。人の鼓動。懐かしいし安心する……けど!!!恥ずかしい!!!離してくれ!!!と、そんな思いが伝わったのか、ラズは背に回した手を開き、隣に座った。
「あ、ごめんね?びっくりしたよね?」
「え、あぁ、その……は、初めまして……」
「綺麗な尾だね髪がいつもと違うねこういう所くるんだね」
「ラズ……ちょっと引いてない?火華ちゃん」
「火華ちゃん引いてないよね……?もっかいぎゅってしてもいい?」
抱き締められるのは嬉しいけど、そうじゃなくて…その
「そ、その…あんまり話したことないと思うんですけど……な、なんでわたしのこと…」
「僕は同じクラスなんだし、知ってるに決まってるじゃん!それにヨウくんの友達でしょ?なら僕とも友達!」
「まぁオレとは友達だな。それにしても、髪とか尾とか手入れしてあると可愛くなるな」
「か、かわ……かわ…かわ…」
可愛くとか想像しただけで無理無理絶対無理目立ちたくないし、人の目を集めたくないから絶対嫌だ。テンパっているわたしを見てヨウは笑っている。この人絶対悪意あるでしょ!!
「楽しそうに口説くね〜ヨウくん」
「そうかな〜?」
「とっても楽しそうだよ」
まぁ確かにわたしから見ても、楽しそうだと思う……遊ばれてるし、口説かれてるのわたしだけど………なんで?
「わ、わたしは……かえりま」
「え?!……火華ちゃん別に帰らなくてもいいんだよ?」
「う、う……うん…」
火華は帰るタイミングを完全に逃していると分かり、力なくうなだれるとグズグズと文句を言い始めた。ラズはヨウと談笑を続けている。
「ヨウくん火華ちゃんに似合いそうなアクセサリーとかないの?」
「火華ちゃんに似合いそうなアクセサリー……ね。火華ちゃん。今度一緒に出掛けるかい?」
「絶対嫌ですよヨウさんとなんて……怖いですし…」
「ヨウくんいい人だよ?優しいし」
ヨウさんと反対にラズくんは優しそうな柔らかい雰囲気で凄い好きな感じ。とは言え、優しそうなだけで優しくない人も今まで沢山見てきた火華は無駄に疑い深く、どうにも距離を詰められない。
「ところで、火華ちゃんなんで緑髪なんだ?」
「火華ちゃんって緑髪でも可愛いねぇ……」
「オレは赤髪の方が好きだな。髪の綺麗な尾が映えるし」
今のわたしは黄緑色に近い緑の髪をしている。緑髪なら尾と色が同化するため、普段から出掛ける時はこの髪色なのだが……まぁそんな事は知らない2人はわたしの髪に関しての話をにこやかにしている。
「で、結局火華ちゃんの髪はなんで緑なの?オレ気になるな〜?」
「え、あ、あっと……髪の色を変えれば尾も見えないし……羽人って目立たないから…出掛ける時はいつもこの色なの」
「なるほど〜でも、やっぱり赤髪の方が綺麗な尾が見えるし、赤の方がいいと思うよ?」
「ヨウくんは火華ちゃんの話聞いてた?まぁ僕も赤髪の方がいいと思うけど、緑もすごい似合ってるよね」
目立ちたくないけど……この2人と遊ぶ時とかなら…いやラズくんと遊ぶ時なら赤でもいいかな?ヨウさんはなんか赤にしてきたら調子に乗りそうだから……うん。
何となく話が途切れた瞬間を狙って火華が口を開く。
「あ、あの……わたし、帰るので……あとはおふたりで」
「またね火華ちゃん」
「今度僕とデートしようね!」
「あ……えっと、是非?」
火華はそう返事をし、2人のワイワイとした絡みを横目に帰路に着く。さて、とりあえず、ここ以外の静かなとこ探さなきゃなぁ……あの2人が毎日来るとは思わないけど、あの2人以外がいっぱい来るのは嫌だからなぁ……