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後悔の再開

「ちょっと!聞いてる!?」

水川にデコピンをされて俺はようやく意識を戻した。目の前の徳田も困惑した様子だった。それもそうだろう。子どもの頃とはいえ、告白をフった相手に再開するなんて思ってもなかっただろう。中学校では、同じクラスにならなかったこと、俺がいじめに遭っていたこともあって一度も会話を交わしたこともなかった。軽く三年は話していないだろう。俺は気にしないように麺を啜っていた。

「でもさぁ、忘れるなんてひどいなぁ。」

水川は俺を覗き込みながらそう言った。そういえば、まだ釈明していなかったな。

「違うんだ。忘れていたわけじゃないんだ。」

「じゃあ、なんだって言うのよ!」

「いや、その。」

俺はどもってしまった。

「つーこちゃん、いいの。別に。」

徳田はさも気にしていませんというように冷たく言った。まぁ、そうだろう。分かってはいた。彼女はやはり俺のことが嫌いなのだろう。それでも、俺は心のどこかで嬉しく思っていた。俺たちは幼稚園の頃からいつも一緒だった。特に、徳田は家の近所ということもあり、あの頃は毎日のように遊んでいた。その後も、水川と徳田は二人で盛り上がっていた。会えなかった一年を埋めるように、たくさん喋っていた。俺はただそれを聞いていることしかできなかった。


机の前で俺はただ座っていた。机の上には勉強のノートや参考書が開いたままになっていた。あれから昼食も食べ終わりそれぞれ解散した。水川と徳田は講義の始まる教室に各々、移動し、俺は帰るために駅に向かった。水川は相変わらず元気にしていたが、徳田は一度も俺と目を合わせることはなかった。俺も声をかけるタイミングを完全に失っていた。いや、そのタイミングはいくらでも在ったのかもしれない。しかし、見つけることはできなかった。家に帰る途中も、帰ってから勉強をしていても、俺は久々に会った彼女のことを忘れずにはいられなかった。

もう四時半か。

俺は気晴らしに買い物がてら散歩に出ることにした。今、住んでいる家は紛れもない実家なのだが、実質、一人暮らしの状態である。父さんは海外赴任していて帰ってくるのは来年の夏ごろになるらしい。母さんも父さんについて一緒に旅立ってしまった。父さんは本当に母さんがいないと典型的なダメ人間になってしまう。それを危惧してのことだ。いつものスーパーで今日の夕飯の食材を買った。

今日は、おでんにするか。

夕飯はできるだけインスタントを避けたりしているが、母さんのような料理もできるはずもないので、こういった簡単にできるものを考えがちである。それにしても、鍋物の凡庸の高さよ。春夏秋冬、朝昼晩、どこでも何かしらのアレンジがきくのだ。俺が気分よくスーパーから出ると、見知った顔の女性と出会った。

「あら、久しぶりじゃない!智大君!」

「え、あ、お久しぶりです。」

この人は、徳田みほりのお母さんではないか。

「ん?それ、今日の夕飯?」

「え?あぁ。そうです。おでんにでも、と。」

「おでん?いいじゃない!あ、そうだ!今日、うちで一緒に食べない?」

「一緒にですか?」

「そうよ~。久しぶりに会ったことだしね!」

断る俺におばさんは無理やりスーパーに入店させた。これじゃ足りないからと、また買い物をすることになった。

「そういえば、どこかに引っ越したんですか?ここ一年ほど見かけませんでしたけど。」

「違うわよ~。ただ、みほりがね、受験に失敗しちゃったからね。気晴らしにおばあちゃんの家で勉強をすることにしたのよ。それで、私たちも一緒についてったってわけ。」

「そうだったんですね。」

「でも、今年はあの子の第一志望に受かったから、戻ってきたのよ。それにしてもすごいじゃない!智大君は。」

「いえいえ。それくらいしかできませんでしたから。」

「いいえ。あなたは頑張ったわ。その、心配してたのよ。あなたのお母さん、康恵からも聞いてたから。」

「あぁ。そのことですか。」

「ごめんなさいね。あまり、いい思い出じゃないでしょう。」

「まぁ、そうですね。でも、いじめもそんなに気にしていませんでしたし。」

「強いのね。智大君は。」

おばさんは俺の母さんと子どもの頃からの友人だった。それはそれは仲が良く、大人になっても近所で生活していたのが何よりの証拠だろう。おばさんと世間話をしていると、すぐに家に着いてしまった。

やはり、今からでも断るべきだろうか。

しかし、優柔不断な俺は背中を押されて、数年ぶりに彼女の家に入ることになってしまった。おばさんと一緒におでんの準備を始めた。といっても、そんなに難しいことは一つもなかったのだが。そうこうしていると、玄関から物音が聞こえた。おばさんもそれに気づいた。

「お帰りなさい!」

「ただいま~。」

みほりだ。俺はどんな顔で会えばいいのか分からず、キッチンでコンロの上にセットされた鍋を眺めていた。耳に入ってこない二人の笑い声を聞きながら、俺はこのなんとも言えない場違い感に困惑していた。手を洗い終えたのか、次第に二人の声が近づいてきた。

「それでさぁ、その時つーこちゃんなんて言ったと…。」

彼女と目が合った。

「よ、よう。」

彼女は踵を返し、玄関へと走っていった。

「ちょっと、どうしたのよ?」

明らかにおばさんも困惑していた。

「なんで立林がいるのよ!」

「なんでって…。」

「もういい!今日はつーこちゃんの家に行くから!」

嵐のように去ってしまった彼女におばさんはため息をついていた。俺は何も言えずに、ただ鍋の具材がコトコトと煮立ち動くのを見ることしかできなかった。

互いの家に行き来する当たり前であった関係を壊してしまったあの頃の俺の行動に再び後悔を覚えた。


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